蒼雪の魔術姫   作:藍間道逸

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◆前回までのあらすじ
 放課後、15日の夜のことを思い出していたシヲリはその帰り道ルシャ=ルシアーデと再会した。


第2章 2日目「再会」 結節「契約。」

 

「どう?嬉しい?」

「なんで、君がここに。」

 

 あまりの光景に、思考が現状に追いつかない。

 夕暮れ時。

 通い慣れた高校に居る、あまりに非現実的な存在。

 

「なんでも何も、約束したじゃない。忘れたの?」

 そういうと彼女は、少し不機嫌そうに眉を顰める。

「私はただ、その約束を果たしてもらいにきただけよ。」

 自身と対極にある黒色のドレスを見に纏う少女。

 

 ……カツ、カツ。

 少女がこちらに歩いてくる。

 

 揺れる白銀色の髪に、真っ直ぐにこちらを映す鈍色の瞳。

 ……忘れたの、だって?

 忘れるなんて、馬鹿馬鹿しい。

 忘れもしない。

 やはり、夢なんかでは決して無かった。

 

「というか、いつまでそこに居るつもり?早く降りてきなさい。」

 

 それはいつしかの仕返しか、腰に手を当て彼女はにんまり笑った。

 

「それとも、人を見下ろすことに快楽を覚えるタイプなのかしら?あまり、感心しない趣味ね。」

 

 突如として現れた少女に急かされ、僕は階段を降りて彼女の前までいく。

 校舎の玄関口

 誰かに見られるのではと、気が気ではななかったが、幸い人の気配はない。

 

 ――ゴクリ。

 

 思わず生唾を飲む。

 正面に立つと、より少女の美しさが際立ってどこか、落ち着かない。

 彼女は、僕を見て、心なしか少し笑った気がした。

 

「久しぶりね、シヲリ。」

 

 久しぶり、という表現が正しいかは知らないが、確かにはじめまして、と言うにはあまりに彼女は近かった。

 自分の名前を呼ばれて、記憶をたぐる。

 彼女は、確か、

 

「とりあえず、場所を変えようか――ルシャ。」

 

 そう、自身のことを言っていたはずだ。

 あの夜。

 15日、朱色の夜に。

 

 

 それから、奇妙な感覚と共にルシャと電車を乗ること5分。

 乗り換えの駅から、さらに徒歩5分の所にある珈琲屋で2人で席につく。

 

「……じゃあ、私紅茶で。」

「ホットかアイスか、どうなさいますか?」

「ホットかアイス?」

 

 困った目で僕を見るルシャ。

 

「冷たい紅茶か、暖かい紅茶がどっちがいい?って聞いてるんだ。」

 一体何に困っているのか分からず、取り敢えず店員の意図を再度伝えてみるが、

「紅茶に冷たいのなんてあるの?」

 

 予想外のところで詰まってることをルシャの言葉で気づき絶句する。

 

「ある……よ?少なくとも、このお店には。」

 

 結果。

 あまりに純粋な疑問に、自分の常識が違うのかもしれないと言う錯覚に陥り、なぜか自身がなくなってしまう。

 

「そ。じゃあ私、アイスティーで。」

「そちらのお客様は?」

「あ、僕はアイスコーヒーで。」

 

 それだけ聞くと、店員さんは踵を返してどこかへといってしまった。

 

「君は一体どんな暮らしをしてきたんだ?」

「……どうしてよ。」

 

 ムッとした顔で、こちらを見るルシャ。

「いやだって、さっき電車でもーー」

 そう言って先の光景を思い出す。

 

 先ほど、電車に乗る前。

 改札前で呆然と立ち尽くすルシャは

 

「どうしよう。これ、私を入れてくれないの」

 

 そういって改札を指さしていた。

 電車に揺られている際聞いたが、どうやら電車に乗るのは初めてのことだったらしい。

 

「仕方ないじゃない。乗っことないものは乗ったことないんだの。シヲリ、自分の経験したことが、常識だと思うのはやめた方がいいわよ?」

 

 しまいには、そんなグゥの音も出ないことを言われ、僕は黙るしか選択がなかった。

 否。

 

「ぐぅ。」

 

 どこが解せなかったので、グゥの音だけは出しておいた。

 

 

 して。

 少し話していれば飲みものも届き、ルシャは涼しい目をして紅茶に口をつける。

 

「あ、おいしい。」

 

 わずかに目を開いて、ボソリと呟くルシャ。

 

「………………………。」

「………………………。」

 

 落ち着かない空気の中、僕は彼女を見る。

 いや、落ち着いないのは僕だけか、彼女は楽しげな表情で、店内を見渡していた。

 静寂が満ちる、僕たちの間で先に口火を切ったのは意外にも僕の方であった。

 正直聞きたいことは山ほどあるが、大事なことはそんなに多くはなかった。

 

「それで?君はどうして、今になってまた僕の前に現れたんだ?」

 

 純粋な疑問。

 あの夜、怪我を負っていた彼女を助け、彼女はすぐに行方をくらませた。

 一夜の過ち。

 泡沫の夢のような出来事。

 別に恩をうった意識はないし、ましてや罪の意識もない、あの夜だけの関係。

 お互い、あの夜のことは忘れて、それぞれの日常に戻るのだ。

 だけどそれでいい。彼女もきっとそのつもりだ。

 そう、思っていたのだが。

 

「あなた、それ、本気で言ってるの?」

 

 しかし、それはどうやら僕の勘違いだったらしい。

 少しの寒気。

 鋭利な彼女の双眼に、怒気が含まれているのが分かる。

 

「ねぇ。」

「はい。」

「あなた、それ本気で言っているの?と聞いてるの。」

「……。」

 

 どうして僕はこうも、女性を怒らせるのが得意なのだろうか。

 さらに悪いのは、何故彼女が怒っているのかが分からないと言うことだ。

 幸い、ここでその理由を問うのは怒りをさらに助長させるだけというのは過去から学び済みである。

 

 だからと言って、代わりの対策を見つけているわけではなく。

 刹那の沈黙。

 しかし、時間をかけてはまずいと言うことは分かるので、

 

「約束……だよな。」

 

 僕は彼女が求めているだろう答えを言うことにした。

 約束。

 そうだ。僕らはあの夜約束を交わした。

 彼女が僕に会いに来るとしたら、それくらいしか理由は思い当たらない。

 

「よかったわ。もしこれ以上すっとぼけるつもりなら、どうしてやろうかと思った。」

 

 そしてそれは正解だったらしく、彼女は機嫌を直して少し柔らかく微笑んだ。

 

「……ちなみに、ずっとボケてた場合どうなってたんだ?」

「あまりレディに聞くことじゃないわ。」

「物騒すぎるだろ。」

「シヲリが悪いわ。」

「すみません。」

「分かればいいのよ。」

 

 どうやら機嫌を直したどころが、僕は一命を今の一問でとりとめいたらしい。

 良かったと、ホッと息を吐くのと同時に解せぬとは思ったが、それは胸の奥に押し留めることにした。

 

 して、僕はあの夜を。

 あの夜に、彼女とした約束を思い出す。約束というにはあまりに曖昧で、しかし重たいものを。

 事実。

 彼女はそれを,契約、と呼んでいた。

 

「願いの交換、だっけか。」

 

 内容は確か、等価となる願いの交換。

 なら彼女はきっと、その願いを交換しにきてくれたのだろう。

 

「でも、そんなのわざわざいいのに。」

「どういうこと?」

「別に僕は、君を助けたことを、何とも思ってないってこと。なんなら、それを対価に君は、僕を見逃してくれたんじゃないのか?」

 

 あの夜。

 "現場"を見た僕は、彼女に殺されかけた。

 そんな彼女は僕にいった。

 僕の手を、持って静かにつぶやいた。

 

 ――死にたくない?それなら、このまま私を殺して。大丈夫。気にしなくても、このままでも、いずれ私は死ぬわ。

 

 意味不明な理論。

 理解不能な感情。

 彼女は本気だった。それは理解った。

 だけど、僕が彼女を殺すことはできなかった。

 だから、彼女を助けることにした。

 怪我を負った彼女を。

 

 これはその話なのだとそう思った。

 助けをもらった彼女は、助けた僕に何か恩を返しにきたのだと。

 鶴の恩返しならぬ、雪女の恩返し。

 そう、僕は早とちりをした。

 

「何を言っているのよシヲリは。」

「え?」

 

 疑問に小首を傾げる少女。

 分かっていなかった。この話はそんな素敵なお話ではないのだと。

 

「あの夜、願いを受け入れたのは私の方よ?」

 

 シン。

 静まり返る、店内。

 いや、静かなのは元からで、僕がそう勝手に解釈しただけだろう。

 それくらい、彼女の言葉は、うまく脳に入っていかなかった。

 

「え?」

 

 そんな店内。

 僕の、間の抜けた、まるで阿呆のような一音はよく響いた。

 

 

 フリーズした脳内をすぐに再起動する。

 なんとか理解はできたが、認めがたい事実に僕は恐る恐る言葉を選んでいく。

 

「え、でもあの夜僕は間違いなく君を助けたよな?」

「……私、一言も助けてなんて言ってないわ。」

 

 精一杯絞り出した僕の言葉は、いともたやすく両断されて。

 

 ――あぁ、なるほど。

 

 一体何が、鶴の恩返しならぬ雪女の恩返し、だ。

 これはそんな素敵なお話ではなく、どうやら恩を仇で返しにきた、クソッタレなお話しらしい。

 

 ……いや。

 そもそも、恩という言葉自体怪しい。非常に納得はいかないが、この事件は全て僕の勘違いなのだから。

 

 少しだけ、から回る思考。

 一つ正解のようなものは頭にあるが、それが正しいなんて信じたくなくて、そうであってほしくなくて。

 彼女の言葉を、僕は数秒頭に抱えて整理した。

 

「つまり、あれだ。無茶苦茶に簡単に言ってしまうと、

 君は僕の"助けさせてくれ"という願いを叶えてくれて、契約は願いの交換だから、僕は君に対価となる願いを叶えなければならないと、そう言っているのか?」

 

 眉間を押さえて、話す僕に彼女は無慈悲に

 

「そうね。」

 

 だけと呟く。

 全く、人の善意を疑いたくなるような出来事だが、今回の場合は状況が状況、人が人なだけに100%僕が悪いのがよけいタチが悪い。

 釈然としない現状に僕は椅子にもたれかかり、天井を仰ぐ。

 

「なる、ほど、ね。ところで、この首のあざみたいなのはその契約に関係したりする?」

 

 数日前、気づいた時にはできていた首のあざを彼女に見せる。

 すると彼女は髪をめくって、首を見せてくれた。

 そこには全く同じ紋様のあざが刻まれていた。

 

「そうね。果たして貰わないと困るから、悪いけど勝手に契約させてもらったわ。」

「勝手に契約って、」

 

 詳細は知らないが、恐らく魔術と呼ばれるものなんだろう。

 僕はその存在だけは知っていた。

 だから、その言葉だけは理解は出来ないが納得はできた。

 

「その契約って破棄はできないのか?」

「破棄したいの?」

 

 真っ直ぐに僕を見つめる鈍色の瞳。

 息を呑んで、首を横に振る。

 

「いや、仮の話だよ。契約というからには内容があるだろう?規約とかも、一応確認しとこうかなって、義務教育で習うんだよそういうの。」

「ふぅ〜ん、よく分からないけどそういうものなのね。なら答えておくと、破棄は出来るわよ、勿論契約というからにはペナルティがつくけど。」

「ペナルティ?」

「罰みたいなものよ。」

 

 つまり、だ。

 その罰さえ受ければ契約を破棄できるということだろう。

 正直そっちもありだ、何せ今回彼女が叶えたのは命に関しての願いだ、その等価となる願いなんて僕には叶えられる気がしないし、元より嫌である。

 そう思って、僕は一縷の望みをかけて彼女に聞いた

 

「へぇ、その罰ってのは?」

「死ね。」

 

 あまりに簡潔な単語に、僕の耳を素通りしてしまった。

 本日何度目かの脳のフリーズ。

 どうやら、今日の脳みそはあまり使い物にならないらしい。

 それでも、ここですべてを投げ出すわけにはいかず、サブ電源を入れる。

 

「ん?」

「死よ、死。」

「し?」

「えぇ、死」

「Shiって、シ?死?deathの死?」

「そうよ、他になんの死があるのよ。」

 

 何度聞き返えしても、その答えが変わることはなく、愕然とする。

 

「おま、は?たがだが契約のペナルティに死を入れたのか?え?破ったらどっちかが死ぬってことだよな?」

「どっちかがじゃないわね。」

「え?もう決まってるのか?僕?君?」

「両方ね。」

 

 この時の僕に、硬直する以外の選択肢が用意されているなら、是非教えて欲しい。

 

「もぉー!シヲリの分からずやね!何度言ったらわかるのよ!

 契約の内容は願いの交換。貴方には2週間以内に私の願いを叶えてもらうわ!

 破ったらどっちも死ぬから破棄はできない、これ以上に何か確認することはある?」

 

 痺れを切らして、声を大にするルシャ。

 確認すること?

 そんなものただ一つだけ残されているだろう。

 

「お前、頭大丈夫か?」

 

 その言葉は、すっかりと客が居なくなっていた店内に、大変よく響いた。

 

「お客様、ラストオーダーの時間になります。」

 

 

 規則正しく揺れる体。

 帰りの電車の中。

 別れ際に貰ったチケットを呆と見つめる。

 

「テーマパーク……。」

 

 そこには楽しそうに手を挙げるマスコットと、最近開園したらしいテーマパークの名前が。

 日付は、しっかりと『8月21日』と書かれている。

 

 ……ということで、明日ここにいくわよ!

 

 そういって渡されたチケット。

 あまりの勢いに押されてもらってしまったが、はて、どうしようか。

 

「どうしよう、と言っても選択肢がそう多いわけでもないけど。」

 

 僕に与えられた選択肢は、素直に行くか、無かったことにするか、くらいである。

 事実、明日は普通に学校があるし、バイトもある。

 連絡しようにも彼女の連絡先など知らないし、そもそも連絡できるものを持っているかも不明である。

 なんなら持っていない可能性のが高いまである。

 さて、どうしようか。

 

 そして。

 少し、迷ったが明日は行くことに決めた。

 特に意味はないし、理由はない。

 

 ……もし来なかったら、その時は。

 

 ぶるり、想像だけで体が震える。

 そう、理由なんてない。決して、後が怖いからなんて、そんな情けない理由ではないのだ。

 

「一体、どうしてこんなことになったんだっけか……。」

 

 ちらりと横を向けば、がっくしと項垂れるなんとも情けない男がガラスに映っていたのは、言うまでもあるまい。

 

 




 どうも藍間です。こんばんは。
 二日目はこれにて終了です。ここまで読んでいただきありがとうございます。
 今話は少し文字数が多くなってしまいました。だいたい2000~3000文字くらいで書きたいなぁと思っているのですが、上手くいかないものですね。

 閑話休題。
 もしこの物語が『面白い』『続きが気になる』と思っていただけましたら、感想や評価を頂ける、私、大変嬉しいです。
 どれくらい嬉しいかというと、平日だと思って起きたら休日だった朝くらい、嬉しいです。なので良ければお願いします。

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