15日の夜。ケガを直したものの姿をくらましていたルシャと5日後の20日再開を果たしたシヲリ。
驚きはしつつも、疑問の方が多い中ルシャと話し、あの夜交わした契約が自分の勘違いだったと知る。
彼女と交わした契約は願いの交換で、願いを言ったのは自分の方であった。
◆
……懐かしい、夢を見た。
いつまでも浸かっていたいぬるま湯を止め、顔を上げる。
タオルで水気を拭き取りながら、後頭部をかきむしり、今日の1日をなんとなく頭の中でシミュレートする。
「……はぁ。」
2度寝をしたせいか、今だに頭がうまく働かない。
そして、これからのことを思うと思わずため息まで出る始末だ。
時刻は、既に8時を回っている。
後30分もすればHRが始まるだろうに、僕はいまだに家にいる。
あの後、かなり悩んだが結局行くことにしたのだ。
ドライヤーで軽く髪の毛を整えて、歯ブラシを口に突っ込み、身なりもついでに整えていく。
「遊園地って、どうやって行くんだろ。」
起きてからというもの、そればかり。
体裁上いやいやと振る舞っているもの、そういうことを考えるあたり本当は楽しみにもしているのだろうか、と考えるとなんだか少し恥ずかしくて考えるのをやめる。
「よし。まぁ、変じゃないだろう。」
飾り気もなければ、色気もない服。
決しておしゃれとは言えないが、まぁ、ダサくはないであろうスタイル。
まぁ僕らしいと言えば僕らしいか。
「…….自分で言うことじゃないか。」
見ても容姿が変わるはずもなく、すぐさま洗面台の電気を消して、残りの時間はリビングで潰すことにした。
開演は10時と書かれているし、ここからだったら電車で1時間もあればつくだろうと思い、コーヒーでも飲んでいくことにした。
「おはようシヲリ。」
「ん。おはよう。」
キッチンに入り、冷蔵庫からボトルのコーヒーを1本。
机に座り、グラスに注ぐ。
ドリッパー等,手間をかけた方が美味しいのは確かだが、手間と美味しさを天秤にかけて後者に傾くことはまぁ、僕の場合はなかった。
「もう準備は終わったの?」
「まぁ、そうだね。でも時間もまだあるし、朝食は食べていこうかなって。」
「そ。なら私の分もお願い。」
「うん、了解。」
言われずとも、目玉焼きの数を倍にして火にかける。
2個はいいが、4個となるとフライパンの隙間がなくなり上手に焼けるかが不安だ。
「その間、この本読んでてもいい?」
「うん、勿論だけど、どの……」
本?と、いいかけて止まる。
あまりに当たり前に流れた時間。その違和感に今更ながら気づき、顔を上げる。
思わず、視界が揺れた。
「な、なんで君がここに。」
驚いた、なんてもんじゃない。
ここまで突飛だと最早人は、かえって冷静になれるらしい。
視線の先。
そこには、恐ろしいほどに白い少女。
僕にチケットを押し付けた張本人。
代名詞を探せば言葉は尽きないが、詰まるところ件の少女が、文字通り自然に、こちらに本の表紙を見せる形で椅子に腰掛けていた。
「なんでって、そりゃあそうだけど、今更ね。」
「いやまぁ、、そりゃあそうなんだけど。……っていやいや待て待て話の論点をすり替えるな、どうして、と僕は聞いてるんだよ!?」
意味不明な現状に、朝から大きな声を出させられて少し頭がくらつく。
それでも、料理する手を止めない自分の律儀さにほとほと呆れがでながらも、出来上がった目玉焼きを焼いておいたトーストにのせた。
「わぁ〜、美味しそうね。食べていいかしら?」
テーブルに盛り付けたお皿と、コーヒーを乗せ、僕も少女の対面に座る。
不思議だ。というか、奇妙だ。
この現状を素直に受け入れている自分はさらに、だが。
「うん。」
「そ。じゃあありがたくいただくわ!」
小さく手を合わせて、彼女はその小さな口で美味しそうにトーストを頬張った。
そして、それを牛乳で流し込む。
出会った時は酷く現実離れした印象を抱いたものだが、こうしてみると小動物のようにしか見えず、少し微笑ましい。
ふむ。
どうしてか、否定的な感情は出てこない。
頭ではこのおかしな状況の説明を求めていながら、ここは居心地が良く、どうにも怒る気にならず、受け入れてしまっている自分がいる。
「それで?」
「それで?」
マグカップに口をつけながら、首傾げる彼女。
「すっとぼけるんじゃない。君はどうして、ここにきたんだと聞いてるじゃないかさっきから。」
それでも、彼女が不法侵入したことが変わるわけではなく、我に返って問い直す。
危ない。危うく流されかけた。
しかし、そう言うと彼女は少し、唇を尖らせて僕を見た。
「どうしてどうしてって、シヲリはあった時からそればっかりね。私があなたに会いに来るのに、そんなに理由が必要かしら?」
「必要に決まってるじゃないか?僕と君は元来の幼馴染なわけでも、友情を育んだ親友でも、苦楽を共にしたパートナーなわけでもないんだ。ならそこに理由や動機はあって当然じゃないか。というかそもそも……」
そう言った仲でも理由は言ってないだけで存在はしている、と言いかけたところで、
……じゅ、
と左手に強烈な刺激が伝わる。
「あっっっつ!?!?」
その刺激に、思わず僕は手を引っ込める。
「お、おま、今何した!?!?」
見れば、少女の華奢な指が、先まで僕の手があったところにある。
彼女が何かしたのは火を見るより明らかだ。だが、何をしたかはわからない。
見るところ彼女は何を持っていないように見えたからだ。
目を白黒とさせて、左手を押さえる僕に、どこかムカついた様子の彼女。
「何って、ちょっとムカついたからシヲリの左手を炙っただけよ。」
こうやってね、と。
人差し指に何やら光源のようなものを集めて見せる少女。
恐らく、魔術と呼ばれるものなのだろう。
なるほど、そういえばそうだった。
と、理性的な自分が内心で納得する。
「ちょ、ちょっとムカついて人の左手炙るなよ!?」
「だってシヲリ、なんかうるさいし。とーーーっても面倒くさいもの。」
「ぼ、暴力はダメだ。人には言語がある、話し合いをしよう。」
「話し合いなんて、そんな横暴な。ここは穏便に暴力でいきましょう?」
あまりの暴論に、思わず絶句する。
結局のところ僕は暴力と、暴力染みた論理に敗退して、項垂れるしかなかった。
「……暇だったのよ。」
しばらくの沈黙。
諦めて、というか少しだけ拗ねて朝食を済ませてしまうことにした僕の耳に、ぼそっと聞こえた少女の声。
「え?」
「だから、暇だったの。この場所、入れるの10時からなんでしょう?それまで1人で居るのも暇だったから、シヲリの家に来たの。ただそれだけ。これで満足?」
伏し目がちにつぶやくものだから、上手く感情は読み取れないが、彼女はそう、どこか投げやりでつぶやいた。
「じゃあ何か?君は遊園地行くまでの時間が楽しみで待ちきれないから、わざわざ僕の家に不法侵入したってことか?」
「何よ、悪い?」
「そりゃあ、良いか悪いかで言われたら悪いけど……」
しかし、彼女が言いたいのはそう言うことではないのだろう。
現に僕も、別にいいかと、思っている節もある。
現実と、彼女に抱いていた漠然としたイメージ。
それが結構ギャップがあって、それが、少しだけおかしくて笑ってしまう。
「何笑ってるのよ。」
「いいや、以外と、なんだろう人間臭いところもあるんだな、と思ってさ。」
「それはそうよ、私人間をやめた覚えはないわ。シヲリは私を何だと思ってるのよ。
そりゃあ。
我儘なお姫様。
無茶苦茶で、理不尽な女。
そう、喉元まで出かかっていた言葉は、コーヒーと共に流し込んだ。
「……まぁ、いっか。君を見てると、なんだかどうでも良いことのように思えてきた。」
だから、そう結論づけてトーストの最後の一口を放り込む。
「な,なんだよそんな目で見て、まだ何かあるのか?」
「……君じゃないわ。」
そんな僕をジト目で見つめる彼女はそう訳のわからないことをまた言う。
「はい?」
「だから、君じゃないわ。私にはルシャ=ルシアーデ。という名前があるの。」
そう言って彼女は不機嫌に腕を組む。
「君だとか、お前だとか、言われている側からするととーっても不快なんだけど。」
「そういう、ものなのか。」
「えぇ、そういうものよ。」
だから、わかるわね?と言外にそう伝える少女。
「ルシアーデ、さん?」
「ルシャよ。」
「別にどっちでもいいんじゃ。」
「ルシャのがいいわ。」
「ルシャ、さん。」
「ため口で話しているのに、敬称はどう考えてもおかしいわ。」
ああだ、こうだといちゃもんばかりの彼女。否、もとい
「……ルシャ。」
ぼそり。
そう僕がつぶやけば、ルシャは少しだけ瞳孔が開いたかと思えば、ふわり、花が咲くように笑って見える。
「えぇ。」
一瞬、時が止まった。
そう、思えてしまうほど、ルシャの笑った顔があまりに綺麗で、思わず見ほれた。
「そうと決まれば、早くいきましょう!」
やることは終わったと、言わんばかりに席を立ち、ルシャは僕をせかす。
僕も僕で、どこか落ち着かない気分ながらも、流されるがままに玄関を出る。
「ほら、もう少し早く歩きなさい、シヲリ。」
「ちょっと待ってくれルシャ。急いでも、電車の時間は変わらないんだから、ゆっくり行こうよ。」
急く彼女に、追いかける僕。
何が楽しいのか、ルシャはついぞ楽し気に笑っている。
「ふふふ、それもそうね。それじゃあ、ちょっと回り道でもしていきましょ。」
嫌味だろうか。
空は、本当に呆れるくらいの雲一つない青が広がっていた。
◆
どうも藍間です。おはようございます。
三日目を読み始めていただきありがとうございます。
今回は、ルシャとの日常、即ち非日常回でした。
閑話休題。
もしもルシャが可愛いと思っていただけました、どうぞ彼女のために小説の評価、感想の方を頂ければ彼女もきっと、ご満喫な笑顔を見せてくれると思うので、どうぞ、よろしくお願いいたします。
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