ルシャとの契約のために、遊園地に赴いたシヲリは特に何事もなくその一日を過ごし終えた。
4日目
◆
その少女のことは、知っていた。
出会う時より、ずっと前から。
だって、彼女は
「ーーそ、ーーてね。……シヲリ。」
夢で揺られていたから。
◆
微睡の中、起きたことを自覚する。
……もう、朝か。
この感覚だと、いつも通りの5時程度だろう。
手足をわずかに動かして、体に血が回るのを待つ。
低血圧だからか、朝は苦手だ。
体は重いし、頭も働かない。
それでも、動かなかれば始まらないので、まだ浅く眠っている体をなんとか動かそうと、目を開ける。
「あら、おはようシヲリ。」
喉が引き攣った。
視界いっぱいの美しい少女。
しかし朝一番、いないはずの人間が、自分に覆い被さっていればそれはただの恐怖でしかなく……
「……………ヘァっ」
「ん?どうかし?」
「きゃあああああああああああああ!!!」
近所迷惑上等のきんきり声が部屋中に響き渡ることとなった。
――ごちん。
鈍い音共に、強烈な痛みが頭部に走る。
「っっいったぁぁぁ!?!?何するのよしをり!?」
「あ、ごめん……じゃない!?なんで僕が謝らなきゃいけないんだ!?」
反射的に出てしまった謝罪をすぐさま取りげる。
すぐに自分は悪くないことに気がついたからだ。
「あ、謝りなさいよ普通に!?人の頭に思いっきり頭突きしといて謝らないのは人としてどうなのよ!?」
「まてまてまて!そもそもここは僕の家なんだが!?どう考えても不法侵入したルシャが悪いだろう!?!?」
昨日は恐らく僕が鍵をかけ忘れたのだろうと思って見逃したが、昨夜は確実に鍵をしめたのを覚えている。
どうやって入ったかは知らないが、これで僕がとやかく言われる筋合いは絶対にない。
と。
そこまで考えて、眩暈に僕は布団に再度倒れ込む。
「〜〜はぁ。もう、こんなに朝から叫んだのは初めてだよ。」
「え、ほんと?」
右手で瞼を覆う中、喜色の含んだ声音でルシャの声が鼓膜を打つ。
「なんで嬉しそうなんだよお前は……。」
「いや、その、別に?」
指の隙間からルシャを除けば、どう考えても嬉しそうである。
最早隠す気はないだろと言えるレベルの柔らかい笑顔。
こういうところが、よくないのだろう。
何故だか知らないが、この少女の笑顔を見ると、全てがどうでも良く見えてしまう。
「はぁ。」
まだ起きて何分経っただろうか。
思わず、大きなため息をひとつ吐く。
「それで?結局どうやって入ってきたんだ?鍵は閉まってだろう?」
「えぇ、閉まってたわね。」
当たり前にそう吐くルシャに、呆れがでる。
一ミリも悪いと思ってないあたり、タチが悪い。
「あのな、一応人の家の鍵を盗む行為は犯罪ってのは知ってるか?」
「えぇ、勿論。盗むのは良くないわ。」
ぴくぴくと、瞼が引き攣る。
心なしか頭痛もする。
「ていうか、いつの間に合鍵見つけたんだよ。」
確か下駄箱の上だったかにあったはずだ、物色していたことにも気づかなかったし、持ち出していたことも全くわからかなかった。
「……?」
「まぁ、いいや。どうせこれからも来るんだろうし、それは渡しておくよ。」
言って、自分で少し驚いた。
上体を起こそうとすれば、ルシャもいそいそとどいてくれる。
寝起きで凝り固まっている背筋を伸ばす。
ルシャは依然として僕を見続けているものだから、居心地が悪い。しかし、僕はその意味をすぐに知ることになった。
「シヲリ、私鍵なんて盗んでんないわよ?」
「はい?じゃあ、どうやってはいってきたんだよ。」
そういうと、ルシャは静かにベランダの方指さす。
それにつられて、僕もベランダを見て……そして、本日二度目の絶句をした
ベランダの窓。鍵付近が綺麗に三角に切り取られていた。
本当にちょうど、女の子の手なら入れそうなくらいの穴が。
「もっと悪いわばかぁぁぁぁあああああああああああああ!!!」
そして、本日二度目の絶叫が、朝の住宅アパートに響き渡ることになった。
◆
「むぅ、そんなに怒ることないじゃない。シヲリは狭量なのね。」
食卓に、お皿を並べている横でそうルシャが愚痴る。
「あのな、自分の家の窓に穴開けて、挙句不法侵入されて怒らないやついたとしたら、そいつは器が広いんじゃなくて、頭がおかしいだけだ。」
「じゃあ、どっちにしたって許してくれていいじゃない。」
「僕を頭がおかしいやつって言いたいのか?」
ルシャの分の朝ご飯を片手に、ねめつけると
「冗談よ。」
というものだから。僕は、ため息をはいて、ルシャの分もおく。
「それじゃあ、いただきます。」
「いただきま~す。」
納豆に、みそ汁。
簡素だが朝なんてこんなものでいいだろう。
あまり食べすぎると、昼間眠くなるし、かといって食べないのも体力が持たないし、まったくもって朝ご飯という存在は難儀なものだと思う。
「それで?今日はどこへ行くの?」
「どこにって、どういうことだよ。」
お茶をすすりながら、ルシャはいう。
「どういうことも何も、今日は私と何をしてくれるのって言ってるの、契約のことよ。」
忘れたわけないでしょう?と。
時間にしたら3秒ほど、時間が流れる。
「え、あぁ、いや今日は無理だぞ?」
「む、無理ってどういうことよ!?」
「いやいや、無理なものは無理だ!?僕はまだ学生だし、夕方はバイトだってある。」
しかし、そうはいってもルシャは満足しておらず、それから、数度意味のないやり取りが繰り返された。
「そんな……私には、時間がないのに。」
聞こえるか、聞こえないかの声。
いや、彼女にとっては、聞こえないつもりで呟いたのだろう。呟いたのかもわからないほどの小さな声。
――ズキ、と心が痛む。
それは、ずるいと思う。
「夜。」
「へ?」
「夜なら、空いているし、その時間にじゃあ、2人でここら辺あるくんじゃあ、ダメ、だろうか?」
後頭部を乱雑にかきながら、僕はそう提案する。
なんだかこういうと、僕がデートに誘っているみたいで、少しだけ気恥ずかしい。
「ここら辺を歩く?」
「あぁ、そう散歩、的な?バイト終わった手からだと、8時には帰ってこれるだろうし、まだお店も空いてるし、ついでにご飯でも食べにいくとかどう?」
「…………。」
「だめ、かな?」
うつむいているルシャ。
これで無理だったら、最悪バイト休むか、なんて思っていたが、どうやら
「ふふ、仕方がないわね。それで許してあげるわ。」
姫様は、その提案に満足されたらしく、ほっと胸をなでおろした。
◆
「それじゃあ、行ってきまーす。」
「ん、いってらっしゃーい。」
玄関口。
扉に手をかける僕と、それを見送るルシャ。
なんとも奇妙な状況になってしまったが
『それなら、私ここで待ってるわ。』
というので、仕方なく許可をすることにした。
一応合鍵を持たせたので、大丈夫だとは思うが、自分のいない自分の家に女の子がいるという状況はどうにもなれない。
「シヲリ!」
「ん?」
「早く帰ってくるのよ?」
「……うん。善処はするよ。」
しかし、存外悪くないと思ってしまうのは、やはり僕が甘すぎるだろうか。
◆
どうも藍間です。おはようございます。
4日目を読んでいただきありがとうございます。いよいよ物語が進み始めてきましたね。
ルシャからのモーニングコール、私も受けたいです。
閑話休題。
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