蒼雪の魔術姫   作:藍間道逸

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◆前回までのあらすじ
 いつもと変わらない日常を送っていたシヲリは、放課後宮本千織と図書室で過ごした後、バイトへと向かった。


第2章 4日目「亀裂」 転節「浸食」

◆

 

 ……はぁ、はぁ。

 

 改札を抜けて、帰り道。ぽつぽつと雨が降る中、小走りで駆けていく。

 走る理由はまだ小雨だから、というのもあるが

 

「やっばい。もうすぐ10時か。」

 

 なにより、予定より時間が押してしまっていることだ。

 ルシャ、怒ってるかなぁ、まぁ怒ってるよなぁ、なんて思考ばかりが頭を駆け回る。

 

 ――ソっと、嫌な予感が背筋を撫でる。

 だから、気づけなかった。

 辺りは既に暗く、静かで、自分の荒れた息だけが響くほどに

 

「静か過ぎないか?」

 

 ふと、足を止める。

 じゃり、じゃりと、それでも足音は止まることはない。

 視界の先、夜と同化してしまいそうなコートを被った人影。

 脳が、警鐘を鳴らす。

 黒染めのコートは風に揺られてゆっくりと剥がれる。

 

「え?」

 

 この時、僕は思い出した。

 あまりに普通に時間が流れていくものだから忘れていた。

 ……いや、それは言い訳か。

 僕はきっとこの時まで意識したいようにしてたんだ。

 

「宮本……さん?」

「こんばんは、先輩。」

 

 僕が関わっている異常を。

 僕が抱えていふ非日常を。

 あの時既に、朱は既に僕に触れていたというのに。

 

◆

 

「宮本……さん?」

 

 雨が降る夜の中。

 綺麗な黒髪のポニーテール。

 よく目立つ赤みがかかった瞳。

 雰囲気は違えど、まちがえるはずもない後輩の姿が目の前に。

 

「こんばんは、先輩。」

 

 いつもであれば、奇遇だね、だとかこんばんは、とか何気ない会話をすることができただろう。

 そう、いつもであれば。

 そうしたいのは山々なんだが、彼女の纏う、嫌な雰囲気がそうはさせてくれない。

 

「単刀直入に言います。彼女の居場所を教えてください先輩。」

「ごめん、何を言ってるか分からないや。」

「ハグらかさないでください。今ならまだ間に合いますから。」

 

 一歩、幽鬼の如くこちらににじりよる。

 混乱、困惑、そして懇願。

 情緒がぐちゃぐちゃな顔だ。

 そちらからきたくせに、どうして当の本人がこんな顔をしているのか。

 

「大丈夫ですから。」

「だから何が」

「先輩は、何も知らないんです。何も関わってない、先輩は悪くありません」

 

 無理に作った笑顔。

 それがあまりに恐ろしくて、僕は一歩後ずさる。

 

「だから、何も聞かずに彼女の居場所だけ、教えて下さい。それだけで、先輩は助かりますから。」

 

 気づけば、僕と宮本さんの距離は腕一本分もない。

 互いに手を伸ばせば、届く距離。

 

「ね?先輩」

 

 僕も別に、頭が悪いわけではない。

 ここまで来て、彼女が何を言いたいかわからないわけではない。

 

 選択を間違えば、殺される。

 

 そう思わせられるほどの気迫。

 宮本さんのいう彼女、そして今の状況を省みて、何が起こってるのか分からないと言えるほど、僕は自覚がないわけでわはなかった。

 自分と、彼女。

 天秤にかけられた今、ここが瀬戸際だ。どちらを選ぶべきかなんて、十二分に理解している

 

「すまない。僕には君が何を言ってるのか、分からないな。」

 

 それでも僕は、とてもじゃないが、自分を待ってくれいるだろう人をここで差し出すことは、出来なかった。

 

◆

 

 

 刹那の静寂。

 視界には驚いたように眼を丸める宮本さんの顔。

 

「そう……、ですか。」

 

 悲しそうな、それでいて残念そうな声。

 僕には宮本さんの現状が分からない。

 だからもしかして、と会話を試みてみようと思うが……それは叶わない選択肢らしい。

 一陣の風が目先を掠める。

 

「……っ!?」

 

 咄嗟に鞄を盾にするも、その切れ味にバックが両断されるだけ。

 がらがらと、中身が地面に散らばり落ちる。

 

「本気、なのか。」

「選んでください、先輩。彼女の居場所を教えるか、ここで私に殺されるか。選択肢は2つに1つです。」

 

 夜に溶け込んでしまいそうな色の刀を、彼女は両手でしっかり握っている。

 

 ……ざぁざぁ、と雨は勢いを強めている。

 

 目の前の彼女はしっかり正眼に僕を映す。

 

 そんな彼女を前にして僕は――

 

 ――背を向けて逃げ出した。

 

◆

 

 なるべく死角に入るようにと、住宅街を縦横無尽に走り回る。。

 

「はぁ、はぁ、ぜぇ、……っはぁ、はぁ。」

 

 いきなり走り出したものだから呼吸が全く落ち着かない。

 足も、川を踏んできたものだから足先、が凍るほどに冷たい。

 それでも止めたら死という実感がいやでも足を動かしてくれる。

 甘かった、完全に。

 

 太ももが千切れそうなほど痛い。

 心臓もこのまま破裂してしまうんではないかと思うほどで全身の血液という血液が沸騰しているように熱い。

 曲がって、曲がって、さらに曲がって、なるべく直進を走らないように道を縫っていく。

 にもかかわらず体の中心はどうしようもなく冷たくて。

 

 感覚的に分かった。

 あぁ、これが恐怖なんだと。

 それでも、人混みの多いところに逃げ出さなかった自分を少し褒めてやりたい。

 

 ――ドタドタ。

 どれだけ走っても、いくら走っても、足跡はぴったり後ろをついて離れない。

 

『彼女の居場所を教えてください。』

 

 きっとここで、それを叫べば僕はこの恐怖から解放されるのだろう。

 そんな考えが脳裏を掠める。

 それでもいいんじゃないか、とも。

 

 別に英雄になりたいわけでも、正義の味方にあこがれているわけでもないが、ただ仮に死ぬのなら自分1人が死ぬべきだ、とそう感じただけだ。

 あとどれくらい持つだろう、もしかしたら誰か助けてくれないかな、なんて思いながら命を削って走っていたが、どうやらそれも、終わりらしい。

 

「ガッ……っ痛ぅ。」

 

 公園に捨てられていたゴミに足をとられて、派手にこける。

 全力で走っていた体は、2、3回転した後に制止し、僕は痛みに呻(うめ)きながらも仰向けに寝転がる。

 

 走りだして10分くらいだろうか、根性がないとか死ぬ気が足りないとか言われるかもしれないが普段動かない引きこもりが全速力で走ったのだ、むしろ持った方だと思う。

 もう、立つ気力は残っていない。

 

 地面をこする音が聞こえる。

 不必要な恐怖心に駆られて視線を移せば、少女が僕を見下ろしている。

 

「どうして君が、そんな顔をしているんだ?」

「……何を言っているんですか。」

「……そっか。」

 

 ――ぎー、ぎー。

 風に揺られてブランコが鳴く。

 

 住宅街から離れた、一体誰が来るんだという小さな公園。

 どうやら、残念ながら、まことにながら僕は僕自身の死の場所をこんなちんけな場所に設定したらしい。

 

◆

 




 どうも藍間です。こんばんは。
 四日目転節、読んでいただきありがとうございます。
 バイト帰りに襲われてしまったシヲリ君、かわいそうですね。

 閑話休題。
 もしこの物語が『面白い』『続きが気になる』と思っていただけましたらぜひ評価や感想をお願いします。
 筆者の物語執筆スピードがあがります。それとやる気も。

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