蒼雪の魔術姫   作:藍間道逸

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◆前回までのあらすじ
 ルシャとの約束を守るために、急ぎ足で帰路につくシヲリだが、その途中で魔術士に襲われてしまう。
 そしてその魔術士は、なんと宮本千織であった。
 なんで、どうして、という混乱もあったがそれを無駄と判断したシヲリは彼女に背を向けて逃げ出すも、すぐに追いつかれてしまう。


第2章 4日目「亀裂」 結節「怒りの理由」

 

 荒れる呼吸を、懸命に整える。

 今なら大槌(おおつち)で叩けそうなほどに熱された身体に、冬の夜風は何とも心地の良いものだった。

 ぎちぎちと足は依然(いぜん)として悲鳴を上げて、心臓は早鐘(はやがね)をうち一向に収まる気配を見せない。

 

 ……だというのに季節のせいか、それともこうして背中に感じるひんやりとした地面のおかげか。

 はたまた。

 この薄気味悪い体験のおかげか、汗は不思議とでないものなんだな、と少し的外れなことを考えてみる。

 

「――、――――、――、。」

 

 血のような赤い瞳が僕をとらえる。

 もはや逃げる体力も、気力も残っていない。

 まぁ、もとより逃げられるなどとも思っていなかったが。

 相手はどうやら魔術士らしく、こちとらただの一般人。

 何かの奇跡でも起きない限り僕が逃げ切ることなどなかっただろう。

 

「はぁ、はぁ、はぁ……」

「これが、最後です先輩。」

 

 小さな口が、わずかに動く。

 有無を言わせない強く、低い口調。

 どうやら本気でヤる気満々らしい。

 

「難しい話ではありません。この問いには答えがあるんです。だから、どうか、どうかお願いします先輩。

 ……私に、あの白銀の場所を教えてください。」

 

 白銀。

 宮本さんの目的は、恐らくというか確実にルシャなのだろう。

 ならば僕に用は無いはずで、ここでルシャを差し出せば僕の命は助かるかもしれない。

 

 それでも、やはりどう考えても僕はどうやらその選択をしたくないらしく。

 そんなどうしようもない自分に少し嫌気がさす。

 自分の命より大切にするものなんて、無いはずなのに。

 

「本当、変だよね。実のところ僕にも分からない。」

「何を……」

 

 笑う。嗤う。わらう。

 そんな自分がおかしくて、面白くて思わず声が出る。

 つい、漏れる独り言。

 命だけではなく、今までも守り(すが)りついてきた日常に戻れるのにどうしてそれを放棄するのかが、それが本当に分からない。

 

 自分でも、分からない。

 意味が分からない、理解ができない。

 僕でも僕の行動は許容できない、僕のこの選択は衝動にも近いナニカだった。

 そんなもの、僕にはないはずだったのに。

 

「ただ、彼女――ルシャは時々寂しそうな顔をするんだ、本当にたまにだけど。」

 

 強いて言えば、そんな理由。

 そんな理由で僕は納得できるだろうか、そう自分に尋ねて、思いのほか快諾している自分にやはり嫌気がさす。

 

「何があったのか知らないけどさ、彼女がこの街に来て、僕と出会って、この街を回りたいと言ったんだよ。

 僕はその選択に干渉はしないよ、だって彼女の選択だから」

 

 宮本さんは相変わらず冷たくそこに佇むだけ。

 一体、何をもって僕は彼女の選択に、人生に口出しできようか。

 そんなもの誰にだってできるはずがないし、また選んだのならば誰にも邪魔されるべきでない。

 

 ……あぁ、そうか。

 そこで自分の中の回答に気付いて、すこし気持ちが和らぐ。

 

「ま、だからと言って別に僕は彼女の味方なわけでもない。

 言っただろう?彼女の選択に口を出すつもりはない。それは宮本さんだって同じさ。

 勝手に探す分にはどうぞ勝手に。だからどうしてもというのなら彼女……ルシャに直接交渉しに行ってくれ。」

 

 どうにもしゃべりすぎた。

 これを最後に僕は目を閉じる。

 どうぞ、もう話すことなどないと言わんばかりに。

 

「僕の口から、彼女の居場所を言うことはない。」

 

 あぁ、まったく。

 本当に、馬鹿馬鹿しい。

 

 ぎぎ、と不細工な音が耳に届く。

 今手に持った凶器を振りかぶってでもいるのだろうか、そう思うと怖くて仕方がない。

 どうせならいっそ痛みもなく気付く間もなく恐怖すらなく殺してほしいものだと思うがそれはまぁ、無理な話だろう。

 僕はせめてもの抵抗に、と柔らかく笑って見せた。

 

 ――これでいい、と。

 

 ぎゅっとつぶりたくなる瞼を必死にこらえて叫びたくなる気持ちを懸命に押し殺す。

 ここで無様に命乞いしたら、大げさに怖がってしまっては、なんだか負けた気がしたから。

 これはせめてもの抵抗。

 

 ――あ~あ。

 と、走馬灯のようなものが脳内で流れる。

 

 もっとうまく立ち回れなかっただろうか。

 どう行動するのが正解だったのが、何処で僕は選択を間違えてしまったのか。

 後悔はある。

 反省もある。

 やり直せるのならやり直したい過去など何個だって書き出せる。

 

 しかしそれでもこれでよかったかな、と思える程度の人生ではあった。

 苦節17年。

 なんとも短い人生ではあった。

 記憶がないから実感としては本当に5年くらいでがあるが、それなりに思い出すことの多い人生だとも思うが、こうして最後に思い出したのは、奇しくも15日に出会った少女だった。

 あぁ、どうか彼女が幸せに。

 出会って2週間で何を、とも思うが、祈るくらいはあの高慢な彼女も許してはくれるだろう。

 

 ……ヒュン。

 わずかに、風を切る音が聞こえる。

 して、僕こと黒上シヲリの人生はこうもあっけなく幕を下ろしたのであった。

 

 

 両手を意味もなく開閉する。

 エピローグのようなものを永遠と脳内で流してみてはいるものの一向に冷たい刃が首を通る感触が僕を襲うことはなかった。

 1秒、2秒、3秒。

 ゆっくりと心の中で数を数えてみるもやはり、何も起こらず、僕の意識はこうして健康に続いている。

 

 さらに強く両手を握る。

 痛みが掌に走り、冷たい夜風は汗を冷やして、体は今にも震えそうだ。

 

「……?」

 

 鼻をすする。

 まさか「あれ?」と目を開けた瞬間にざっくり、みたいな猟奇的で残酷で最低最悪な趣味でもお持ちなのだろうか。

 なんて。

 どこか既視感のある感想を抱く。

 

 それがキスであるのならばなんとも胸熱な展開だがそれは残念ながらないだろうし、相手は魔術士である。

 さすがの僕もそこまで人肌に飢えていない。

 それにしても殺すなら鮮やかに殺してほしいものである。

 そんな性格の悪いサプライズは願ってもない。

 しかしいくら待てどもやはりこうして意識は続いているわけで、僕は恐る恐る目を開けてみようか

 

 ――なんて。

 

 こうしている間にも、僕の意識が途中で両断されることはない。

 勿論痛みにのたうち回ることも、叫ぶ要素すらない。

 そんな空虚な時間も終わる。

 

 ……砂が擦れる音がする。

 

 じゃりじゃり、と砂を蹴る音が僕の耳に届く。

 いよいよか、と思ったところで、

 

「シヲリ?あなたはいつまでそうしているつもりなのかしら?」

 

 随分と見知った声が鼓膜を叩いた。

 薄く目をあけると、月明かりに反射されて神々しさすら感じてしまいそうな少女が視界に入り込む。

 

「……ルシャ?」

「こんばんは、シヲリ。今夜は良い夜ね。」

 

 ここに居るはずのない少女の姿に、僕は驚いて目を開いた。

 

 

 そこに居たのは凶器を振りかぶった宮本さんではなく、凄惨(せいさん)に笑みを深めたルシャの姿だった。

 どうしてだろうか。

 

 ――からからに、喉は乾いたまま。

 

 窮地(きゅうち)に一生を得た、という状況にも関わらず、同時に僕はルシャにどうしようもない恐怖を感じた。

 

「え、あぁ、うん、こんばんは?」

「……で?貴方はそこで何をしているの?」

 

 顕著(けんちょ)に伝わってくるほど、底冷えするルシャの声。

 (くら)鈍色(にびいろ)の瞳が僕を映す。

 

「え、あぁ、えっと、なんだろう?」

「ふぅ~ん、そ。私とのデートはすっぽかしておいて彼女と夜の追いかけっこ?随分といいご身分ね、シヲリ。」

 

 ルシャは笑っている。

 だというのに、指先はかたかたと震えて、服はじっとり嫌な汗で濡れる。

 先ほどまで宮本さんに追いかけられた恐怖がまるで前菜と思えるほどで。

 

 その少女はどうしようもなく、何かに起こっているのは確実であった。

 ルシャがこちらに近付いて、ゆっくりと僕の頬に触れる。

 その仕草に触れられた感覚にぞくりと背中が震える。

 

「え、あ、ルシャ?」

「どうしたのよ、シヲリ。そんな汗かいて。嫌な夢でも見た?」

 

 ゆっくりとした所作で眼鏡を外される。

 そう笑う少女は傍から見れば聖母のようにも映るのだろうか、ただ眼鏡を外してみる彼女は僕には死神が笑いかけてきているようにしか見なかった。

 ただ、分かるのはここから先、僕は選択を間違えればおそらく死ぬのだろうということ。

 不味いのは僕にどうして彼女がここまで怒りを抱いているのかが分からないということだ。

 

「え、っと、その、何をそんなに怒って、らっしゃる、のでしょう?」

「……怒ってる?私が?……そう。私、怒ってるのね。」

 

 ふわりと笑うルシャ。

 しかしそれも一瞬だけ。刹那後には表情は見事に抜け落ちており、虚空越しにこちらを見つめているルシャの瞳。

 

「いや、ほらデート?をすっぽかしたのは悪いけど僕には僕で用事があったんだ。」

 

 黙るも地獄。

 しかし、喋るも煉獄(れんごく)

 言外に、仕方なくない?と首をすくめるも。必死で弁解するも少女の様子は当然直る気配はない。

 

「へぇ、そう。」

 

 どころがたんぱくの言葉が返ってくるのみ。

 かひゅ、と思わず喉が鳴る。

 全く興味ないまである。

 目に見えて、ルシャの機嫌が悪くなっていく。

 

 ――ふわり。

 頬を振れていたルシャの手が僕の首元を優しくなでる。

 

 その弱弱しくもしっかりとした、指筋(ゆびすじ)に固唾を飲む。

 構図としては僕が馬乗りにされている状態で念願のシチュエーションだというのにまったくもって喜ばしくないのはなぜか。

 

 心臓の音が妙に耳につく。

 まるで心臓を優しく包まれているような感覚で、それが生殺与奪の権利を握られているということだと気づくのに、そう時間はかからなかった。

 

 背筋の震えは止まらない。

 首に当てられた手に力がこもる。

 

「ねぇ、シヲリ。」

 

 徐々に締まっていく首。

 必然、呼吸は難しくなり僕はわずかにせき込む。

 今となってもどうしてルシャがここまで怒っているのかが分からない。分からないから謝りようもない。

 

「……エホッ。る、しゃ?あの、苦しいん、だけど。」

「そりゃあそうでしょうね。人間首を絞められれば大抵は苦しいわ。」

 

 あっけらんと彼女は言うが言いたいのは決してそう言うことではない。

 それは彼女も分かっているらしく

 

「でも、いいんじゃないかしら?」

 

 と言葉を続ける。

 

「いいって、何が。」

「だってあなた、さっきまで死のうとしていたわよね?」

 

 光を(とも)していない瞳が僕を捉えて逃がさない。

 首は絞められたままで血液が上手く循環していないのか、若干視界がふらふらと彷徨(さまよ)い始める。

 ぎちぎちと、首はしまっていく。

 

「答えないのね、シヲリ。」

 

 ルシャが呟く。

 

「別に、死のうとしていた、わけじゃ。」

「でも、貴方諦めていたじゃない。ねぇ。どうしてかしら?」

 

 ねぇ、ねぇ、と。

 能面を張り付けたような無表情が、僕の視界を覆いつくす。

 

「可笑しいわよね。

 えぇ、絶対可笑しい。私の時は抵抗したくせに、どうしてアイツの時は、あぁもあっさり死を受け入れてるのよ。」

 

 僕はただ黙ってそれを聞き届ける。

 というか、脳に酸素が行き届いていないのか、思考が覚束ない。

 

 ただ、手はルシャの手に添えて何とか引きはがせないかと力をこめるも、まるで空間に固定されてしまったみたいに動かない。

 視界がぼやける。

 手をどけろ、と手を叩く。

 

「……今度は、抵抗するのね。」

 

 それがさらに彼女の逆鱗を撫でてしまったらしく、ルシャはもはや隠すこともなくその激情を露わにする。

 

「アイツがいいなら、私もいいじゃない。」

 

 不味い、いよいよ、意識が怪しくなってきた。

 喉から漏れる音は掠れて声にならない。

 

「おかしい、おかしいわよ。

 だってあなたが私を生かしたんじゃない。

 あなたが私から死を奪ったのにも関わらず、どうしてそのあなたがそんなにも簡単にそれを受け入れてるの?」

 

 おかしい、おかしいわよ、わかる?

 とまるで壊れたレコーダーみたいに僕の目の前で繰り返す。

 確かに、彼女のいうことは最もだった。

 

 顎をあげる。

 彼女の顔は文字通り目と鼻の先。

 

「――ね?それなら私があなたを殺しても構わないでしょう?」

 

 それは、その言葉はとても甘美に誘うように僕の耳に届いた。

 状況が状況、人が人なら受け入れてしまいそうなほどの蠱惑的(こわくてき)な声。

 かすんできた視界の真ん中でルシャは恍惚(こうこつ)な表情を浮かべて怪しく微笑んでいた。

 そして僕は――あらん限りの力で彼女を引っ叩いた。

 

 

 突然の衝撃にルシャは目を丸め。

 ペシ、というなんとも間の抜けた音が響く。

 

「いたぁ!!?」

 

 まさか叩かれると思ってなかったのかルシャは両手で頭を押さえて驚いている。

 おかげでようやく気道が確保されて僕は求めるように呼吸を繰り返す。

 

「い、痛いじゃないシヲリ!?何するのよ急に!!!」

 

 ルシャをどかしてみっともなく四つん這いになって荒く呼吸を繰り返す僕の頭の上で、ルシャが皆目意味の分からないことを叫んでいる。

 

「何するのよ急に、だぁ!?それは完全にこっちのセリフだバカ!命からがら宮本さんから逃げ続けて、それでも無理かと思って死を覚悟したらルシャが来てて、助かったと思ったらお前にいきなり首を絞められ、挙句の果てに殺してもいい?いいわけねぇってんだよだぁほう!!」

 

 一思いに吐ききった言葉に、ぜぇはぁと体は酸素を求めて荒く呼吸を繰り返す。

 あまりの理不尽に狂いそうになる思考をそのままにルシャにぶつける。

 勿論。

 話し合いが交じることがあるわけがなく平行線に進み続け、一体どれほど謎の、そして意味のない口論続いたのち、

 

「でもだって、シヲリが」

「でも、だって!?今後に及んででもだって!?勘違いしてごめんなさいだろうがそこはバカルシャがぁ!」

「でも、でもシヲリだって悪いじゃなない!なんで私がここまで怒られなきゃいけない分け!?」

 

 なんて意味の分からないことを言いだして少し涙ぐむものだから

 

「うっ」

 

 と、こちらとしてもバツが悪くなる。

 一体全体どうして、この状況において自分が罪悪感を抱かなけらば行けないのか、本当に解せない。

 全くもって、本当に。女の涙が許されるのなら、男の暴力も許されてしまうと思うんだ僕。

 

 ……まぁ、勿論そんなことはしないし、第一暴力の押し付け合いにおいても完全に僕は敗退しているわけだが。

 

「……はぁ。もう、分かった。じゃあ僕も謝る、それで今回のことは無しにしよう。ほら、なんか行きたいところがあるって言ってたじゃないか、そこに行こうぜ」

 

 そう言ってルシャの頭を撫でようと思って咄嗟に手を引っ込める。

 出会って2週間の女の子に触れるなど僕としてはありえないしできるはずもないのだがあまりにも自然に出たせいで変な挙動をしてしまった。

 不思議そうにこちらを見るルシャに

 

「なんでもない」

 

 といい、当てがなくなってしまった右手で僕は自分の服に着いた砂利やらを払う。

 

「ていうか、」

 

 その最中、ふと、体を硬直させる。

 あまりの状況の変化にフリーズしたままだったが、ようやく頭が追い付いてきた。

 

「お前、宮本さんをどうした?」

 

 先ほどまで僕を追っていた張本人は、目を開けた時にはルシャに入れ替わっていた。じゃあ、その張本人はいったいその一瞬でどこへ……

 

「え?あぁ、あれ?」

 

 ……と、そこまで考えたところでルシャが茂みの奥を指さす。

 そこで僕は一も二もなく宮本さんのところへ駆け出した。

 

 




 どうも藍間です。こんばんは。
 第4日目、これにて終了です。ここまで読んで下さり本当にありがとうございます。
 いいですね。私も、叶うことならルシャに殺されたいです。
 
 閑話休題。
 もしこの物語が『面白い』『続きが気になる』と思っていただけましたら、何卒、評価もしくは感想、はたまたその両方を頂けると、私、とっても嬉しいです。
 

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