学校の帰り道、魔術士『宮本千織』に襲われたシヲリだが、ルシャによって一命をとりとめた。
◆
焦点が定まらず、思考が覚束ない。
まだ2時間は寝足りない証拠だ。
……なんだか、最近はこればかり言っているような気がする。
それでも学校に向かうため、電車に乗る。
乗ろうとして、固まる。
「………………。」
「………………。」
固まって、考える。
「………………………………………。」
「………………………………………。」
考えて,足を引く。
すれば、
『ドアが閉まります。ご注意下さい』
そう、アナウンスが鳴るものだから、僕は隣の車両に乗り込んだ。
「なんで車両変えたんですか、先輩。」
乗り込んだら、隣の車両からおっかない後輩が追いかけてきた。
◆
改札を出てすぐの横断歩道が、タイミング悪く赤になったから止まる。
「怪我は、もう大丈夫なの?」
一見、どこも怪我はないように見えるものの、制服の下から包帯が垣間見えた。
「……やっぱり、先輩は変です。」
「ただ心配しただけなのに……。」
謂れのない悪口に、肩を落として、青に変わった横断歩道を歩く。
朝日がでたばかりの通学路。
いつも通り、あたりにまだ人気は少なく、昨日雨が降ったからか、心なしか空気が湿っている。
「普通、自分を殺そうとした人間を、心配なんかしません。」
「そうなんだ。」
「はい。」
「まぁ、今は多様性の時代だから。それに、君が僕を殺したいようには見えなかったしね、やっぱり心配することにするよ。」
なにせ、文字どおり吹き飛ばされるほど殴られていたから、あの惨状を見て信頼をするなという方が無理だ。
それが、可愛い学校の後輩なら尚更。
しかしそれが宮本さんは気に入らないらしく
「……そういうところです。」
嫌なものを見る目で、僕を見ていた。
◇
それから、どこかぎこちがない間をそのままに僕らは校門をくぐった。
それもそうだ。
殺そうとした人と殺されかけた人。
まともでいろという方が土台無理な話だ。
「では……、昨日は、すみませんでした。」
僕は2年だから3階だが、彼女は2階のため、階段の踊り場で宮本さんがぺこりと、頭を下げて、背を向ける。
静かな声が耳を掠めた。
どうしてからその背中はいつもより小さく見えて、
その時、どうしてか嫌な予感がしたんだ。
そしてその予感は、最近よく当たる。だから、
「宮本さん!」
呼びかけに応じて彼女は足を止める。
「また、放課後ね。」
「え、あ、その……は、はい。また。」
目を丸めてこちら見る宮本さんを見て、僕は少しだけ安心して教室に向かった。
◆
チラリと机の下でスマホを見る。
……2020年12月23日、木曜日。
学校も明日で終わり、となればルシャと朝から過ごすことになるわけで、
……どこいうかな。
……何しようかな
そんなことばかり考えている自分に、呆れて笑いがでる。
冬休みを明日に控えた、退屈な授業はゆっくり流れていく。
教師も教師でどこか適当で、生徒は勿論形だけ整え、とうにもぬけの殻である。
そんな気だるい空気の中、ふと、あの夜のことを思い出す。
ルシャと出会った、夜のこと。
彼女と交わした契約――願いの交換。
彼女の願いはただ1つ、
『私を楽しませて。』
頭を抱える。
本当に意味不明すぎる。
簡単そうに見えて、あまりに難しい願い。
「はぁ……。」
目的も不明、達成手段も不明、おまけに達成したかどうかも彼女による主観ときた。
これでは、契約の果たしようがない。
それに加えて、さらにたちが悪いのは
……ひゅう、と。
そんな考えを遮るように、開けた窓から冷たい空気が差し込んだので、窓を閉めた。
◆
「と、いうわけなんだよね。だから宮本さん、今年の終わりまで、僕を殺そうとするのやめてくれないだろうか?」
なんてことを考えていた、放課後の図書室。
僕はそう、宮本さんに打ち明けることにした。
素直に、明快に、そしてあまりに情けなく僕は『どうか見逃してほしい』と伝えることにしたのだ。
「……………。」
「ダメかな?」
情けなく、宮本さんを盗み見る僕に対し、宮本さんは目を丸めるだけ。
この半年間、あまり情緒が豊かな子ではないと思っていたから、こうしてみるとあんがいわかりやすくて可愛いな、なんて場違いな感想を自重する。
「ふふ、やっぱり先輩は変わりものです。」
「そんなことはない、僕は普通さ。」
「普通な人は、自分のことを普通とはいいません。」
それなら、普通でいるためには、自分をどう自称すれば良いのだろうか。
そんな屁理屈は喉元で飲みこむ。
「少なくとも、君よりは普通だよ。魔術士だの、殺しだの、ルールだの、上だの、そんな単語が出てくるような世界に、僕はいない。」
「でも、私たちの世界では、それが普通です。」
「………それを言われると、僕にはもう打つてがないな。」
そんなこと分かっている。
普通なんてものは、極めて相対的なものでしかないのだと。
100人いれば100個の普通があるのだと、そんなこのは分かっている。
だから、押し付けてはいけない。
自分が普通だと思っていることを人に押し付けることは、ただの略奪となんら変わらない。
だから、住み分けている。だから、グループがあり、組織があり、国があり,世界がある。
無闇に立ち入ってはいけない、それだけのこと。
ただ、
「踏み込んだのは、僕の方か。」
「……そうですね。言いづらいですが。」
読んでいた本を止めて、大きくため息をつく。
そうなのだ、あの夜、その普通を逸脱したのは僕な方だ。
それが今更、どのつら下げて、関わるなと言っているのか。そんなことは百も承知だったにも関わらず、見て見ぬ振りをして、気づかないふりをして、何もないことを夢見ていたのは僕の責任だ。
だけど、それでも僕は頼むしか他がない。
そんな情けない僕に、宮本さんはペンを置いて僕を見た。
「条件があります。」
「僕の嫌いな言葉だ。」
それと約束。
最近は、契約という言葉も僕の嫌いな言葉辞書に追加されたっけか。
「条件があります。」
「はい。」
有無を言わさぬ静さんの言葉。
それはそうだ、この場において僕に立場などない。
緩やかに流れる図書室の時間。
今日も今日とて、人は誰もおらず、今日に限ってはそれが妙に恨めがましい。
「先輩をつけ回してる、あの女と関係を絶ってください。」
そんな中、あくまで真剣な顔つきで、文字通り有無を言わさぬ形で、宮本さんはそう言った。
その条件に対して僕は
――すぐに答えることが、出来なかった。
自分でもびっくりした。
この後にも及んで、まだ迷うのかと。
そして
「せんぱ――」
「なんでそれを、貴方に決められなければいけないのかしら?」
それは、限られた選択肢の中でもっとも最悪な選択であったということは、どうやらもう後悔しても遅い。
◆
どうも藍間です。おはようございます。
この度は、5日目を読んで下さりありがとうございます。
気まずそうにしている宮本さん、だけどシヲリ君に優しくしてもらえてまんざらでもないけど、その優しさに付け込んでいる自分に嫌気がさしている宮本さん、可愛いですね。
閑話休題。
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