蒼雪の魔術姫   作:藍間道逸

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◆前回までのあらすじ
 宮本千織と、なんでもない1日を過ごしたシヲリは、その意図が分からず困惑するが、気づけば夕暮れ、彼女と二人帰路につく。


第2章 7日目「選択肢」 下節「朱色は混じりて、やがて赤に」

 

「……もう、日落ちですか。」

 

 一通り、店を見回った僕らは現在、帰り道を2人歩いていた。

 

「そうだね。まだ5時なのに、こう見るともうすっかり冬だな、とも思う。」

「前まではまだ明るかったのに、時間が流れるのは早いですね。」

「うん、今日もあっという間だったし。」

 

 恐らく会社終わりの人たちも丁度駅を利用するのだろう、辺りはすっかりと人に溢れていて、僕らはちょうどお互い聞こえる程度に、少し離れてしまえば雑音に消されてしまう程度の音量で喋る。

 

「……流石に少し、疲れましたね。」

「まぁ、結構回ったからね。でも意外だ、こういう買い物、女の子は体力が無限ってきいてたから、ちゃんと疲れるんだね。」

「そりゃ、女の子だって人間ですからね。というかそれ、どこ情報ですか」

 

「イギリスの童謡だった気がする。」

「へぇ〜そこではそんなこと言ってたんですか??」

「うん。その本によると、女の子はお砂糖とスパイスと、あと素敵な何かでできているらしいよ?」

 

「男の子は?」

「ボロ切れやカタツムリ、それと子犬のしっぽだってさ、」

 

 そう言うと宮本さんは、

「ふふ、」

 と、少しだけ笑った。

 

「先輩らしいですね。」

「悪口?」

「いーえ?ただ、やっぱりちょっと変わってるなって」

「やっぱり悪口だ。」

 

 悪戯っ子のように笑う宮本さんに、僕は少しムッとする。

 

「そんなことはありません。変わってるという言葉が悪口だなんて、偏見が過ぎますよ?」

「それを言われたら僕には何も言うことができないんだけどさ、何回も言っているだろう、僕は普通でありたいんだ。

 だから、僕にとってはやはりそれは悪口ではないだろうか?」

 

 僕の屁理屈に、宮本さんは少しだけ宙を見る。

 

「じゃあ普通ってなんでしょう?」

「それは……」

 

 ……それは、なんだろう。

 当たり前に自分ルールにしてきたことなのに上手く言葉が出ない。

 

「変わってると言うなら、どこかに平均値がなければ行けません。

 その平均値から大きく外れているとしたら、それは変わっている、と言うことなんでしょう。

 でも、その平均値ってどこにあるんでしょう?」

 

 改札をくぐり、電車を待つ僕らの前を快速が通っていく。

 

「今日はやけに、難しいことを言うね。」

「答えられないんですか?」

 

 ピロン、ピロン、といつの間にか電車が来ていて扉が開く。

 数多もの人が出入りする中、どうしてか僕には静さんがハイライトされていた。

 

「乗りましょうか、先輩」

 

 そう言われて、僕は初めて足を動かす。

 つい考え込んでしまったみたいだ。

 

「そう言えば先輩、この後何か用事、ありますか?」

 

 走る電車の中、隣に座る静さん。

 帰りの電車帰宅ラッシュと重なって席は満員だ。だからか僕に少しだけ顔を寄せて、小さな声で僕にとう。

 

「用事?………まぁ、あるっちゃあるけど、ないっちゃないって感じかな。」

「そうですか、なら大丈夫ですね。」

 

 思考がどうしてか、少しだけぼんやりとしている。

 頭の中で反芻されるのは先ほどと"普通ってなんですか?"という宮本さんの問い。

 

「え、大丈夫って何が?」

「先輩も疲れてないですか?」

「まぁ、そうだね。確かに少し疲労感はあるけどーー」

「それなら帰りに一件だけ、寄っていきませんか?最後にコーヒーだけ飲んで帰りましょう。」

 

 ドクン、と心臓が跳ねる。

 確かに今日は、というか今日も予定はない、けれど頭にはルシャの顔がどうしてもチラついた。

 宮本さんと、ルシャ。

 僕の答えはーー

 

「いや、僕は今日はここで帰ることにーー」

 

 するよ、とそう言いかけたところで静さんの手が僕の手に触れる。

 

「こんなこと私に言わせないでください。貴方に言いたいことがあるんです。」

 

 何度だって言おう。

 この時の僕に一体、行くという選択以外にどれだけの選択肢があっただろうか。

 

 それが、一体どうして

 

「すみません先輩。やっぱりもう一件は寄れなさそうです。」

 

 どうしてこんなことになったのか。

 目の前に居るのはフードを被った怪しげな人形。

 静さんは、僕を庇うように前に立つ。

 

 ……ギチギチと不快な音が耳を障る。

 

 日常と異常。

 それが今、交わった瞬間だった。

 

 

 2つの白い弧閃が目の前で幾重も繰り返される。

 交わる際に散らばる火花は、暗闇の中でも鮮やかに、

 

「…………」

「ーーっ。」

 

 無機物は、ただ淡々とその狂気を振るい、かたや宮本さんの方はあまり余裕がなさそうに見える。

 人形が狂気を振るい、宮本さんがそれをいなす。

 幾度も繰り返される剣戟に、僕はただただ傍観していることしか許されない。

 しかし、傍観者だからこそ分かることもある。

 見れば分かることがあった。

 

「………?」

 

 こんなことに言うのも何だが、それは、あのよる僕を襲った時の宮本さんの方が何倍も怖くて、何十倍も綺麗だったということだ。

 

「宮本さん」

「先輩……っ、すみません、後にしていただけますか?」

 

 だから、彼女の美しさを阻害しているものを取り払ってあげることにした。

 その迷いを、消してあげればあの人形なんて相手にすらならないはずだから。

 だって彼女は

 

「違うんだ、宮本さん。」

「何が!?!?」

 

 ……僕はわかりやすいように、静さんが間違えないようにゆっくりとそれに指をさす。

 

「ソレ、人間じゃないよ?」

 

 きっと誤解している。

 壊れたオモチャなんて、壊してしまってもなにも思うことなんて、ないのに。

 

 

 そう告げた後、ソレが両断されるまでの速度はほんと、瞬き程度の時間しかなかった。

 

「それを、早く言ってください。」

「大分、早い方だとは思ったけど。」

 

 ……ガン、と硬い何かが落ちる音。

 

 本来であれば予想される血飛沫などは流れず、しかしその断面図は気色の悪いことに人間を真似されているので思わず目を背ける。

 

「僕が言うのも何だけど、よく迷わず切ったね?」

「え、だって先輩が人間じゃないって言うから。」

 

 ま、まぁ、それはそうなんだが、僕が言いたいことはそう言うことじゃない。

 よく、瞬間まで躊躇っていた行為をただの言葉一つで勘違いだったとすぐに断定できるな、ということだったのだが、言うだけ無駄だと口を閉ざす。

 

「それに、先輩も先輩ですよ。よく、これが人形だって分かりましたね。」

 

 時間にしたらたった数分程度の非日常。

 それは大きな変化なはずなのに、どうしてか酷く僕は落ち着いていて、その事実が僕には受け入れ難かった。

 

「うん、まぁそれは見ればね。」

 

 そんな一幕。

 唐突にして突然だったその非日常。

 

「先輩!!!!?避けて!?!?」

 

 僕を見る静さんの瞳孔が開く。

 その瞳に映るのは僕と、もう一体の人形。

 反射にも近い何かで、僕は宮本さんの方に転がる。

 

 わらわら。

 わらわらと、人形が一体、もう一体。

 数えるのも馬鹿馬鹿しくなるほどの数。

 

「先輩、逃げて下さい」

「うん。本当、逃げたいのは山々何だけど、どうやって逃げようね?」

 

 静さんと背中合わせになる。

 わらわら、わらわらと。

 思わず生理的嫌悪を抱いてしまいそうな数を前に、僕はただため息を吐く他なかった。

 

「先輩この状況を打開できる何かいい案ってありますか?」

「僕にあると思う?僕は一般人なんだ、人形の上手な壊し方すらしらないよ。」

「ですよね。」

 

 人は絶体絶命になった時、帰って冷静になれるものなんだな、なんて感想を抱いているが、それは静さんも同じなようだった。

 1人、頑張って2人ならどうにかならないまでもないかも知らないが、この数は考えるまでもなく無理だ。

 そう、思っていた。

 しかしつい先日ルシャに怒られたばかりなので、生を簡単に放棄はできない。

 何とも八方塞がりの現状。

 

 そんな状況だから、僕は静さんの気が狂ってしまったのだとそう錯覚した。

 

 ……彼女は、自分の持つ刀の先を肩に押し当てて、そのまま指先までなぞった。

 

 今度は僕が目を見開く番だった。

 

「宮本さん、何を……」

「ごめんなさい、先輩。」

 

 血が、細く白い腕を通って指先に集中する。

 

「何を謝ってーー」

「無理なことは承知しています。だけどどうか」

 

 粘性の高い液体は、そのまま重力に逆らって地面に落ちる、ことはなくそのまま艶やかな凶器となって、彼女の手に握られた。

 

「どうか、こんな私を見ないでください。」

 

 

 そこからは、ただの一方的な蹂躙だった。

 透明度の高い真っ赤な刀剣は闇に溶けるようにするすると。

 あっという間に、そこには瓦礫の山が出来上がった。

 

「はぁ、はぁ、一体私は何体壊せばいいんでしょうか。」 

 

 無駄なく、驕りなく、まるで舞うように容赦なく相手を切り刻む少女。

 しかし、その顔にも疲労が浮かぶ。

 

 切って、切って、切って、切って。

 その数が20に届こうかというとき。

 ゆらり、彼女が僕の方を見る。

 彼女の瞳は紅く綺麗に僕を映して、ゆらり、ふらりと僕による。

 

「宮本……さん?」

 

 大丈夫。

 問題ない。

 何も間違いなんて起きやしない。

 そう心では唱えているのに、僕の脳みそはけたたましく警鐘を鳴らしている。

 

 そして、その距離が腕一本分を切ったとき、その鮮やかな刀剣は僕の身体を通って、後ろの人形の動きを止めた。

 

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ。」

 

 ……がしゃん。

 音を立てて人形は崩れる。

 

 全てが終わったこの場で、僕はただ宮本さんを映す。

 宮本さんは冬とは思えない、玉のような汗をかいている。

 呼吸は荒く、焦点がうまく定まっていない。

 

「宮本さん、だいじょーー」

「ち、近寄らないでください。」

 

 そこまでの疲労かと、労りに近づいた途端僕は彼女に突き飛ばされる。

 

「はぁ、はぁ、今、私に近づかないでください。」

「宮本ん、大丈夫?」

 

 緊迫した声。

 その声とは不釣り合いに上がった口角。

 その表情の名前を僕は見つけられず、困惑する。

 

「大丈夫、大丈夫ですから、少し、待っててください。」

 

 宮本さんは、そういう時数度、深呼吸を繰り返す。

 すれば、彼女が纏っていた怖気のようなものが消えていって、いつもの宮本さんらしくなる。

 

「……っ、……ふう。はい、もう大丈夫です。」

「あ、うん。その、大丈夫?」

 

 柔らかく微笑む宮本さんに、ようやく僕は一歩彼女による。

 

「引きましたか?」

「まさか、感謝こそあれど恨むことはないよ。」

「やっぱり、先輩は変わってます。」

 

 その言葉に返す言葉をこの時の僕は持ち合わせてはいなかった。

 

「これで、分かったでしょう先輩。これ以上、彼女に付き添っていれば、先輩はもっと危険な目に遭います。

 だから」

 

 だから、

 そう言って彼女は僕をまっすぐに見つめる。

 

「先輩はもう、彼女には合わないでください。」

 

 それが、その日宮本さんが僕に告げた最後の言葉だった。

 




 どうも藍間です。こんばんは。
 これにて、7日目も終了になります。
 戦闘が終わった後宮本さんが、シヲリ君を突き飛ばした理由を考えると、どうにも涎が止まりません。

 閑話休題。
 もしこの物語が『面白い』『続きが気になる』と思っていただけましたら、是非評価や感想の方をよろしくお願いします。
 この藍間が泣いて喜びます。

 それといつも、アンケートにご協力くださっているあなた。ありがとうございます。本当に、感謝しています。

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