12月25日、シヲリは宮本千織と1日を過ごす。
なんでもない1日を過ごしたシヲリと千織であったが、最後シヲリは千織にルシャにはもう会うな、と忠告を受ける。
◆
2020年12月26日。
世間は濃縮されたように、色鮮やかに、音豊かに、情報という情報で溢れかえっていた。
がたん、ごとん。
と、周期的に正しく揺れる電車の中。
「で?昨日はあの女と何をしてたのよ。」
僕は、昨日の件について、ルシャに問い詰められていた。
昨日。
本屋に行って、服を見て。
訳のわからない人形に襲われて、宮本さんに助けられて、それで……
「別に、特に何もしてないよ。ただ、少し街を回りながら話をしただけ。」
「だから、その話の内容を、私を聞いているのだけれど。」
ピリ。
と、空気がひりついた気がした。
それは、僕たちの間ではなく、この車両を巻き込んで。
ぐるりと辺りを見渡せば皆、気まずそうに目を逸らしている。
僕は、浮気をした彼氏か何かか?
そう心中で呟くも、話が余計にややこしくなるだけだから、やめた。
それに
ーー彼女と会うのは、もうやめて下さい。
未だに結論をはっきり出さず、後少しだからと、惰性に身を任せている僕も、間違いなく悪いだろう。
そして、それを言わないのはもっと。
「貴方、その頬の傷、どうしたの?」
「こ、こけたんだ。」
「ふぅ〜ん。よほどこけた場所が悪かったんでしょうね、こんな綺麗な切り傷がつくなんて。」
冷や汗が背中を伝う。
嘘はついてない。
こけたのは本当だし。この傷がこけた時についた傷なんて誰も言ってないのだから。
リラックス効果のあるはずの電車の揺れも、今となっては気まずさ以外のなんでもない。
だからと言って、本当のことを口にするわけにもいかない。
口にしたは最後。
壮絶なる2人の戦いに挟まれ、僕は身も心も灰すら残らないであろうことは容易に想像できたから。
ーーでないと、先輩。もう、戻れなくなりますよ。
後輩の言葉が耳をついて離れない。
結局僕は昨日も、そして今日も答えを出せないままに1日を過ごしている。
どうすればいいか。
何が正解か。
わかっているはずなのに、どうして僕は。
ここ数日考え続けている意味のない問い。
それを3度ほど繰り返していれば、いつの間にか、目的の場所のアナウンスと共に、扉が開いた。
◇
どことなく甘い空気が流れる街並み。
それらをさらに通り過ぎ、電車を乗り換え、懐かしさを覚え始めた頃。
僕たちが来たのは
「本当に、こんな所で良かったのか?」
どういうわけか水平線まで続く、海辺であった。
体を通る潮風は酷く冷たく、見える景色はどこか昏い。
そんな真冬の海。
しかし彼女は、そこまで気にしてないようでむしろどこか楽しそうに見えた。
「えぇ、ここが良かったのよ。」
「はぁ、でも今の時期は君はどうか分からないけど、少なくとも僕はぜったい泳げないぞ?」
嫌な予感がして、先手を打つも、どうやら今回に限り的外れだったらしい。
ルシャは、訝しげに目を細めた後ため息をついた。
「何を言ってるのよ、流石の私もこんな真冬の海が危険なことくらいは知っているわ。」
基本的に無茶苦茶しだす本人に言われては解せないところもあるが、確かに偏見を抱いたのはこちらが先なので、大人しく黙る。
「じゃあなんで。」
「みてみたかったのよ。」
「見てみたかった?海を?」
そうね、とルシャは言う。
「見たことが、無かったから。一度みてみたかったの。ただ、それだけ。」
その瞳には何を映しているのか。
何を思っているのか、この時の僕にはよく理解することが出来なかった。
身を凍らせるほどの潮風が、体を通る。
その言葉の真意がいかなるものかというのは、僕には想像もつかなかったけれど、その哀しい顔は彼女には似合わないと思った。
だから
「ならもっと近くまで寄ってみよう。」
ふと、気付けばそんなことを口にしていた。
「珍しいわね。シヲリがそんなこと言うだなんて。」
「そうだね。僕もそう思う。」
「じゃあ気が変わらないうちにいきましょうか」
そう言って、彼女は僕の手を引いて砂浜の上を歩いていく。
「それじゃ、ちょっと持っててちょうだい。」
「は、おいちょ、何してるんだよ。」
かと思えば、靴を脱いで靴下まで脱ぎ始めるものだから僕は慌てて投げられたそれらをキャッチする。
「ちょ、ルシャ!入らないって言ったばっかじゃないか」
「足元だけよ!ほら、シヲリも早く。」
「早くって僕もいくのか……!?」
「言うこと、聞いてくれるんでしょう?」
その言い方は、ずるい。
退路を塞がれた僕は渋々足の防具を脱いで、ルシャの後ろをついていく。
「きゃぁぁぁ、つめたぁぁ!?」
「そりゃあそうだ、真冬の海なんて何度だt………うわぁぁぁあああああああ!?!?」
唐突にかけられた水に、心臓が跳ねる。
「お、おまおま、お前何すんだ!?バカだろ!?」
「あはははははははは!………わ、海水って本当にしょっぱいのね。」
本当に楽しそうに笑うルシャ。
その顔を見れば、なんだか全てがどうでも良く思えてきて、僕も釣られて笑う。
そんな1日。
水温にもすっかり慣れて、足首まで2人で海に浸かっている中、彼女はゆっくりと僕を見た。
微笑を浮かべた、その表情に思わずどキリと、心臓が高鳴る。
真冬の海をバックに立つルシャは、それでも絵になっていた。
「いいわね、海。」
「そうか?まぁでも確かに夏にしかきたことなかったから気づかなかったけど、冬の海もいいものだとはちょっと思うかも、冷たくて、綺麗で……」
「「とても静かで」」
その言葉は、2人揃った。
ルシャはいうと思ったと、悪戯っ子のように口に手を当てて笑っている。
「こうしてみると、健全な意味で死にたくなるわね。」
「なんだよ、健全な意味でって、死ぬのと健全は対義語じゃないか。」
ふと顔を上げれば、彼女は呆と水平線を眺めているだけだった。
「そうかしら?」
「そうじゃないのか?」
「どうかしらね。」
「なんだよそれ。」
やがて、海は見飽きたのか、ルシャはそのまま砂浜に座って僕を見上げる。
「あはは。いえ、別に深い意味はないわ。」
潮風が僕らの体を通って、海は青というよりは白く、だからかひどく冷たそうに見える。
「ねぇ、シヲリ。生きているって、どういうことだと思う?」
そんな中、ルシャは唐突に突拍子もない質問を僕にした。
「どういうことってのは、難しい質問じゃないか?」
「それもそうね。なら、言い方を変えるわ」
そういって、彼女はその鈍色の瞳に僕を映す。
真っすぐなその視線に、僕は思わずごくりと生唾を飲む。
「生きていることに意味ってあると思う?」
波の音と、風の音。
そんな場所で、彼女の言葉はよく僕の耳に届いた。
「――どう、なんだろうな。僕にはちょっとわからないや。考えたこともないかも。」
生きることの意味。
そんな大層で立派なことなど考えたことなどなかった。
言って、少し後悔した。正直ともいえるがこの回答は逃げだったかな、と。
しかし、そんなことも気にせず彼女は
「そっか。」
とだけ簡素に答えて。ほほ笑んだ。
ルシャはおもむろに立ち上がり、少しだけ海に近づいた。
本当指先が海につかるくらいの所まで近づいたとき、僕はどうしてか一抹の不安のようななにかを覚えた。
「私はね、シヲリ。生きることには意味があると思うの。……いいえ、違うわね。意味があるからこそ、生きている、のほうが近いかしら。」
「それはどうだろう。だって人生を歩むだけの理由なんて、僕にあると思う?」
生きる意味。
もしそんなものがあるとすれば、僕は今生きているのだろうか?
そんな疑問が頭よぎる。
「あるわよきっと、まだ知らないだけでそれはきっとある。
それは先天的な本能かもしれないし、後から得た理由かもしれないし、途中で決めた目的や目標なのかもしれない。……はたまた生まれながらに決まっていたものの可能性だってある。」
独白のように、けれど告白のように。
そう話しながら彼女はその場でくるりと半回転して僕を見る。
「なんだっていいの。大きさなんて関係ない、大事なのはその理由があるから生きているのだという事実。
だから、人はその理由なくしては生きてはいけないと、私は思うの。だってでないと人生なんて非効率で非合理的で意味のない退屈なものになってしまうでしょう?」
彼女はそう言って右手を僕に差し出した。
何事かと、僕も重たい腰を上げてその手をとる。
意味があるから生きている。
彼女の意見は確かに的を射ているともいえるし、反論も否定もしようがない。そうであったならばどれだけいいだろうかとも、僕も思う。
だけど。
だけど、それはなんとも素敵でつまらない……、
なんて考えていたからだろう、僕は唐突にひかれる右手に対応ができず、そのまま海へと落下する。
ばしゃん、と大きな水しぶきをあげて僕はルシャの上に覆いかぶさる。
不覚ながらもドキ、と胸がはねた。
水に濡れた彼女の姿が、海に揺蕩う白銀色の髪があまりりにも艶やかで、綺麗だったから。
水は、怖ろしいほどに冷たかったけど、僕の頬に触れる彼女の左手の方が冷たく感じて、そんなもの気にはならなかった。
「だから、私は生きた証が欲しいの。私という存在がこの世界にいたのだという実感が欲しくなってしまったの。」
「君は、何を。」
ふふ、と彼女は妖艶に口角をあげた。
「ねぇ、シヲリ。」
「……何?」
その笑みに僕は逆らうことができない。
最初の方はただ怖かったからだった気がする、けれど今は――
「もう十分楽しんだわ。……だから、もう、終わらせましょうか。」
◆
どうも藍間です。おはようございます。
物語はいよいよ佳境に。
最後までお付き合いいただけたら、幸いです。
閑話休題。
もしこの物語が『面白い』『続きが気になる』と思っていただけましたら、是非評価や感想の方をよろしくお願いします。
藍間が大変喜びます。
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