蒼雪の魔術姫   作:藍間道逸

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◆前回までのあらすじ
 8日目。シヲリはルシャに「契約を終わらせましょう」と告げられる。
 そしてシヲリは9日目を迎える。


第3章 9日目、10日目、11日目。
第3章 9日目「衝突。」 起節「学校見学」


 

「ごめん、待たせた。」

 

 夜の駅のホーム。

 電車を降りた先で、既に待っていたルシャの元へと走る。

 

「別にいいわよ。時間は残っているから。」

「っ、ふぅ。それで、今日は一体どこに行こうってんだ?それも、こんな時間に。」

 

 時刻は、夜の8時を回ったころ。

 あまりに見覚えのある景色を前に、僕はルシャに問う。

 

「あなたの通う学校よ。」

 

 集合場所を、ここに設定された時点で薄々感じてはいたものの、やはり思った通りの目的地にため息が零れる。

 

「どうして学校なんか。」

「別に、大した意味はないわ。ただ、あなたが毎日通う学校というものを一度見学させてもらおうかなぁって」

「見学ったって、この時間にか?それに僕はただの一生徒だぞ?そんな許可なんて……」

 

 降りない。

 そう言いかけたところで、ルシャはポケットからじゃら、と金属片を出して僕に見せた。

 

「……呆れた。君は本当に無茶苦茶するな。そもそもどうやってそんなもの。」

「乙女の秘密を散策するのは無粋よ?」

「そんなものが、乙女の秘密であってたまるか。」

 

 そうは言うものの。

 彼女はそれ以上、何かを語るつもりはないらしく、鼻歌交じりに歩き出してしまった。

 その後ろをのうのうと僕はついていく。

 

「それで?契約を果たすって、どうやって果たすんだ?」

「それは、また後で教えてあげるわ。」

「なんで、そこで渋るんだよ。」

「いっても言わないでも結果は変わらないもの。それなら、まずは思う存分楽しもうかなって。」

 

 それはいつかどこかで、聞いた言葉。

 そうして僕たちは、談笑をまじりえながら校舎へと侵入……じゃあ聞こえは悪いか。

 しかし、こんな夜に誰もいない学校に入るというのはどこか背徳感を覚えてしまう。

 ともかく、僕たちは校内を見学することにした。

 

「ここは?」

「ここは体育館だな。運動とか、集会と化するところだ。」

 

「この机がいっぱい並んでいるところが教室?」

「あぁ、ここは一年生のクラスだけどな。」

「随分たくさんあるのね。」

「まぁ、私立だからな。一学年だけでも10はいかないけど、くらいはあるぞ。」

 

「ここは、音楽教室?」

「あぁ。」

「ふぅーん。ねぇ、シヲリ何か一曲弾いて見せてよ。」

「無茶言うな。そんなのできるわけないだろう。」

「ちぇ、つまらないの。」

 

 たっぷり1時間くらいだろうか。

 一つ一つ鍵を消費していくように一つずつ、ルシャは丁寧に見て回った。

 楽しそうにも、羨ましそうにも、見えた。

 一階ずつ、ゆっくりと。

 味わうように隅々まで。

 そして最後、屋上を残したところで、ルシャはようやく足をとめた。

 

「さ、行きましょうか。これでさいご。」

「行くって、屋上にか?これでさいごってどういう……」

 

 振り返って僕を見る。

 その瞳に映る感情の名前を、僕は知らなかった。

 そして、階段を登り切った先、屋上へと続く扉の鍵を開けて、外に出る。

 冷たい風が僕たちの体を通る。

 

 顔をしかめるほどの風に、彼女の長く流麗な白銀色の髪がなびく。

 こちらを見つめる石灰色の瞳は不気味に細められ、口元はいびつに笑っていた。

 

「そんなの決まってるじゃない。契約を、果たしに行くの。」

 

 この時、僕はようやく思い出した。僕と彼女の関係性を、彼女が魔術士であり、普通とは異なる世界に住む人間なのだということを。

 

 

 冬の冷気が肌を撫でる。

 あまりにも見慣れているはずのその校舎は、ただ夜、というだけで随分と雰囲気が変わるんだな、とこの時初めて知った。

 

「契約って、お願い事云々の話だよな?わざわざ、ここじゃないとだめなのか?」

「えぇ、そうよ。まぁ、別に他の所でよかったのだけれど、バランスとか、都合とかそういうのを色々考えるとここが丁度良かったのよ。」

「はぁ、まぁよくわからないけど。怒られたらどう責任取るんだよ、それで退学はないにしても停学とかになったらさすがの僕でも笑えないぞ。」

「その点は大丈夫よ、人払いは済ませてあるし、証拠にここに来るまで人、いなかったでしょう?」

 

 言われて思い出せば確かに、駅から学校に来るまでの間、1人の人間も見ていない。

 悠然と前を歩いていくルシャの後ろを、恐る恐るついていく。

 

「そんなこともできるのか、魔術って。なんでもありじゃないか」

「まぁ、それなりの準備と用意をそろえればね。でも、なんでもありではないわ、魔術は確かに便利ではあるけど、万能ではないもの。」

「ふぅ~ん。なんだかよく分からないが、そういう物なんだな。」

 

 ルシャも、ここで話しても説明できないと知ってか、うなずくだけで話を流す。

 夜風は冷たく、4階建ての校舎ということもあって、高さもそれなりにある屋上では風も強く身を思わず竦ませる。

 

「なぁ、そろそろいいだろ?説明してくれ、僕は一体、何をすればいいんだ。」

「えぇ、そうね。もういいわ。」

 

 ルシャは鉄柵まで歩いていき、背を預けてこちらに見る。

 

 ――ゾッ、と恐怖が僕の背筋を撫でる。

 

 およそ温度の感じられない瞳が、僕を映す。

 今まで気づくことは無かったが今日はどうやら新月らしい。星が浮かぶ夜空をバックにルシャの姿はとても映えた。

 彼女は結ったままにしてあった、髪をゆっくりと解く。

 星は彼女を照らし、白銀色の髪を反射していて、星明りをバックにたたずむ彼女の鈍色の瞳が、妖しく光っているようにも見える。

 

 ――どうしてか、怖い、とそう思った。

 

 じっとりと、握る手のひらが汗に濡れている。

 僕の緊張を読み取ったのか、彼女は凄惨に笑って見せた。

 

「さて。ゲームを始めましょうか。――シヲリ。」

 

 嫌な予感は、加速する。

 選択の時は、また再び。

 

 

「ゲームをしましょう、シヲリ。」

 

 ルシャはそう、高らかに宣言した。

 楽しそうに、誘うように、けれども逃がさないように明確に僕に向けてそう言った。

 星が瞬き、黒を塗りつぶした夜空に、ルシャという存在はとても絵になっていて、奇麗だけど、今はそれがどうしようもなく不気味だった。

 

「ゲーム?何を言っているんだ、君は。」

「ここ最近、というかあの日貴方にあってから、考えていたわ。あなたに、何を求めようか、何をしてもらおうか、どうしてやろうかって、ずっと、ずっとよ?」

 

 本当に、ずっと、と。

 笑みを深めながらしゃべる彼女はしかし、怨嗟を紡いでいるようにも見える。

 

「でも、やっぱりなかったわ。ごめんなさい。だからゲームにすることにしたの。本当に私が望むことは、あなたは決して叶えてはくれないから。」

 

 彼女は自分の髪の毛を10センチほど一房だけ切る。

 ルシャは柵から背を離し、僕を見る。

 

「ここには、あらかじめ結界を張っておいたの。これならだれの邪魔は入らないし、ゲームが終るまで私たちが出ることもできない。――そして、このゲームが終れば私と貴方の契約を解消できるわ。」

 

 彼女が一歩、こっちによる。どうしてか僕は一歩下がる。

 そうして、僕の横を過ぎて、彼女は中庭に向けて自分の髪の毛の束を放り投げる。軽くて細いはずの髪の毛は散らばりながらも、しかし不自然に自由落下を開始した。

 

「そんなことできたなら、最初からやればよかったじゃないか。」

「契約に契約を重ねるのは相応のリスクが伴うのよ、貴方がどうしてもというから、今回はこの手を使っただけで本来はやりたくないのよ。」

 

 彼女の髪の毛が全て中庭に落ちた頃、地面が赤く発行しているのが遠目でもわかる。複雑で、幾何的でどこか規則的にみえるその紋様。

 

「ゲームの内容を、説明するわ。

 内容は至って簡単、誰かが死ねばそれで終わり。

 でも、それだとあまりに不公平でしょ?だから、私にはいろいろと制約がかかっているし、それにこれもあげるわ。」

 

 ルシャはコートの内側から包丁程度のサイズの刀を僕へと投げる。

 くるくる、と綺麗な放物線を描いてとんでくるそれの柄を握ってキャッチする。

 

「これは?」

「魔術士殺し。私も詳しくは知らないけど、魔力で出来たものならだいたいなんでも切れる、大分昔からあるらしい骨董品よ。あ、刃には触らない方がいいわよ、たっぷり毒をぬってあるから。毒っていっても、解毒の方だけどね。」

 

 鞘を抜いて、刃に触れようとする僕をルシャが止める。

 

「解毒?」

「そう、解毒。毒はこっち」

 

 そう言ってルシャはカプセル錠のそれを僕に見せる。

 

「なんでわざわざそんなことを、それで?この刀で僕はお前を殺せばいいのか?」

 

 そう言い放つ僕に、彼女は呆れたように笑い飛ばす。

 

「勿論、それでもいいわ。――でも、どうせ貴方は私を殺そうとはしないでしょ?」

 

 その問いに、僕は答えない。

 

「ま、そんなところだとは思ったわ。だから、こうしたの。」

 

 彼女はパチン、と指を鳴らせば見知った人物が、目の前に現れた。

 その人物に、僕は現象よりも前に、目を見開くことになる。

 意識がないのか、大きな目は今は瞑られている。

 見るところ傷はないが、全身の筋肉が弛緩していてぐったりとしていて、特徴のある綺麗な黒髪が風になびいている。

 

「どうして宮本さんが、ここに。」

「私の後をつけてたから、鬱陶しかったのと、ついでに便利だからそのまま利用させてもらうことにしたの。」

 

 そして、僕はルシャの言っていることの意味を理解する。

 

「お前。」

 

 彼女は、言っていた。

 誰かが死んだら、終わり、と。

 それはつまり、僕とルシャ以外に誰かがいるということだ。

 この時、僕は確かにはじめて彼女に殺意を抱いた。

 

「その子は関係ないだろう?解放しろ、これは僕とお前の問題だ。」

 

 努めて冷静に、言葉を選ぶ。

 宮本さんはが寝苦しそうに、目を瞑っているだけで、今自分がどういう状況であるかはわからないらしい。しかしそれは今となってはどうでもよかった。

 僕はこの時、初めて後悔した。

 彼女がどういう意図でかは知らないが、宮本さんを攫ったのは確実に僕のせいだからだ。

 

「ふぅ~ん。やっぱり、この子、貴方の大切な人なのね、良かったわ、そうでなければ意味がないもの。」

 

 ルシャは僕を煽るように言葉を紡ぐ。

 そして。

 ルシャは懐から取り出した薬を自分の口に含み

 

「おま、何を――やめろ!?」

 

 そして、激昂する僕にむざむざと、見せつけるように宮本さんに薬を飲ました。

 

「ん。」

 

 苦しそうな声と共に。

 こくり、と僅かに喉が鳴る。

 

 痛いほどの静寂が場を満たす。

 こんな状況だというのに、以外にも僕は冷静だった。

 そんな僕に、彼女は笑みを浮かべて、こちらに振り向く。

 

「もう一度言うわ。勝負の内容は、私が貴方を殺せば私の勝ち。でも同じ内容だと、あまりに不公平だから」

 

 そう言って、ルシャは屋上から飛び降りる。

 あまりに馬鹿げた行いに、思わず僕はそちらに駆け寄ると、中庭のところでルシャが丁寧にヒナタさんを寝かしていた。

 

「その刀に塗られてるの、解毒とはいっても2つで1つのものなのよ。片方では劇毒だけど、二つが揃うと相殺しあうっていうね。」

「何がいいたい!」

「だからね、貴方の勝利条件はその刀でこの子を傷つけて解毒するか、私を傷つけて、毒殺するか。2つに1つよ。」

 

 僕と彼女の距離は実に目測12、3メートルといったところで、風も強い。

 

「でも、勘違いしないでよ?貴方がこの子の所まで辿り着くことはないわ、そんなこと私がさせない。私を殺す前に、この子を助けられるとは思わないことね。」

「どうして、ここまでする。」

 

 僕は、声を張り上げる。

 魔術も何も使えない僕は、そうでもしないと彼女に正しく声を届けることはできない。

 

「殺す理由が、必要なんでしょ?」

 

 遠くでそう告げるルシャに、僕は思わず歯を食いしばる。

 それはいつの日か、確かに僕が彼女に言った事だった。

 だから、彼女は宮本さんを用意した。

 故にこれは、僕の責任だ。

 

「何度も言うけど、私はあなたに、この子を解毒させるつもりはないわ。そうさせるくらいなら私が貴方を殺す方がよほどいいもの。安心してシヲリ、もし貴方が死ねば、この子は助けてあげる。」

 

 だから、と彼女は興奮したように笑みを深める。

 

「――私は本気であなたを殺しに行くわ。だからあなたも、本気で私を殺しに来て。」

 

 どこか恍惚ささえ浮かべているようにさえ見えるルシャに、僕はどこで違えてしまったのか、考える。

 彼女と過ごした時間は、少なくとも確かにあった。

 もう少し話し合っていれば、もし僕が気付いていたら、なんて今となっては意味のないたらればが、僕の頭を占拠する。

 

「……、……。」

 

 しかし、もう賽は投げられてしまった。

 こうなってはもう、腹を括るしかない。これは僕のわがままで始まってしまった殺し合いだ。

 最悪の場合、僕が死ぬことになっても、宮本さんだけは助けなければいけない。

 

「もう一度、確認してもいいか。」

「えぇ、どうぞ。」

 

 ルールに齟齬があってはいけないからさいごに彼女に確認はとる。

 契約の際はそれで、かなり詐欺られたから、今回もしっかり確認をとらなければいけない。

 

「えぇ、そうね。それでいいわ。」

 

 すべてのルールが確認し終わった後、彼女はそれを承諾した。

 そして、ゲームは始まった。

 彼女はこれを殺し合いだと思っているらしいが、こちとら鼻からそんな気はない、せいぜいあがかせてもらう。

 彼女は一階の中庭から中へ、このままじっとしていれば10分程度で屋上につくことだろう。あの感じでは話し合いはもうできない。故に僕はなんとか彼女を避けて中庭まで行かなければいけない。

 あまりのストレスに後頭部を掻きむしれば、少しすっきりした気がする。

 目を閉じて、大きく深呼吸をして、気持ちを落ち着ける。そして扉を前に僕は、両頬を叩いて気合を入れる。

 

「大丈夫、このゲーム。僕にも勝機はある。」

 

 そして、ドアノブに手をかけ、僕は屋内へと入っていった。

 

 

 




 どうも藍間です。こんばんは。
 9日目も手に取って頂き、ありがとうございます。
 もしこの物語が『面白い』『続きが気になる』と思っていただけましたら、評価や感想の方を頂けると、藍間がよろこびます。

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