藍間道逸(あいまどういつ)です。
気軽に藍間と呼んでください。
尚、この作品は処女作になります。楽しんでいただければ幸いです。
それでは。
第1章 1日目「朱色の出会い」 起節「黒上シヲリという少年。」
◆
ツンとした、消毒液の匂い。
「……ん」
目を開ければ、清潔感のあるカーテンに僕は囲われていた。
正確にいえば、囲っているのは僕が絶賛寝ているベッドだが。
「えっと」
気だるい体に重たい頭。
一体全体、どうして自分はここで寝ているのかと思考を巡らせるも答えは出ない。
故に、仕方なく上体を起こす。
包むような温もりが、僕を二度寝へと誘ってくるがそうは言ってられない。
「……っ」
凝り固まった首を回すせばごきごきと、小気味のいい音が鳴る。
そして1度、大きく息を吐いてからカーテンに手をかけた。
「お。」
開けるとすぐ、しゃがれた声が耳に入った。
声の主を探して視線を振れば、奥の方からよく見知った人物が和かな表情をして現れた。
「おはよう黒上くん。体の方はもう大丈夫?」
そこでようやく、ここがどこだかを確認した。
ベッドの下を見れば僕の荷物一式が綺麗にカゴに入っている。
その内の着替えに手をかけ、僕はベッドを降りた。
「はい。すみませんいつも」
「いいんだよ。それが私の仕事だからね」
相変わらず、どこか薄気味悪い笑顔を崩さない先生。
着替えるのは面倒臭かったので、体操服の上からワイシャツに手を通しながら傍目に先生を映す。
年は、50代くらいだろうか?
すらりと長い手足に、僕を見下ろせる程度の身長。
しかし、痩せ細っていると言うわけではなく服の上からでも分かるほど、体はしっかりとして少し威圧感すら感じる。
そんな、どこか幸が薄そうな顔をした男は今日もここ、保健室で暇を持て余していたらしい。
「それで、どうやって僕はここにきたんでしたっけ?」
「覚えてないのかい?」
「不甲斐ないながら」
確か、昼食を食べて……。
とそこまでは覚えてるものの、どうにもそこから先の記憶が曖昧だ。
「黒上くん。5限体育だったろ?」
「……えぇ、はい」
とは言いつつも、体育の時の記憶はない。
ただ自分が体操服を着ていることと、時間帯から恐らくそうなんだろうな、と思っただけ。
「それでいつもの、だね。」
いつもの、とは貧血のことだ。
僕は元々、そう体が強い方ではない。
それに加えて、今日は今朝からどうにも調子が良く無かったのでそれが災いしたんだろう。
「誰かが運んでくれたんですか?」
ズボンを履いて、ベルトを締める。
もし、倒れた僕を運んでくれた人がいたなら悪いことをしたな、とは思ったが、それは杞憂に終わった。
どうやら、僕はちゃんと自分の足で来ていたらしい。
「そりゃあもう怖かったんだから、無言で入ってきたかと思えば急にベッドに横になるんだもん」
「それは、なんというか、すいません」
「いやいや、全然いいんだ。何度でも言うけどそれが僕の仕事だからね」
それは、なんとも大変なお仕事で。
そんな感想は胸の内にとどめ、最後にブレザーを羽織り、ネクタイを締める。
「それに、最近は黒上くんもあまり来てくれなかったからね。私も寂しかったから、ちょうどよかったよ」
「保健室の先生とは思えない言葉ですね。先生は僕に、体調を崩せと?」
「まさか。勿論、冗談半分さ」
「半分も本気なら十分ですね」
「相変わらず、捻くれているねぇ」
それは、どこの基準から見てですか。
という、主張はその形容の助長にしかならない気がしてやめた。
そんな、色のない言葉のキャッチボールをしていれば着替えも終わり、カバンを肩にかける。
そして、ポケットからスマホを出して目を見開く。
「もう、16時半ですか」
「うん。ちょうど帰りのホームルームの時間だね。どうする?行く?」
「……いや、今から行っても挨拶をするだけですし、余計な会話が生まれるだけなのでやめときます」
きっと、僕がそう言うことを見越していたのだろう。
先生は僕の分の椅子をひいて、2つコーヒーをデスクに置く。
「それなら、帰り際クラスメートにあっても面倒だろう。コーヒーでも飲んでいくかい?」
どこまでも見透かしたような行動。
なんだか負けたような気がするが、折角の好意を無碍にするのも、と下手な言い訳を立てて、カバンを下ろす。
「それじゃあ、お言葉に甘えて」
「うんうん。勿論、お菓子もあるよ」
「…………」
「どうしたの?お菓子嫌いだっけ?」
「いえ……いや、お菓子は嫌いなんですけど、並んでいるのが数少ない食べられるものだったので少し驚いて」
先生が持ってきたバケット中には、おあつらえ向きに僕が食べるものばかり。
じっと先生を見つめてみるも、帰ってくるのは柔和な笑みのみで、それがかえって少し怖かったのは内緒にしておいた。
◇
そうして結局そこから30分ほど、僕は保健室で先生と話した。
その頃には、貰ったコーヒーも空になっていてキリよく僕は腰をあげる。
「ごちそうさまです」
「もういくのかい?」
耳をすませば、響く笑い声も足音ももうすっかり消え失せている。
デスクに置かれている時計は、午後5時を過ぎたところで、もうこの時間ならば校舎に残っている生徒はほとんどいないことだろうと、首を縦に振る。
「そうかい。それなら、私も行くとするかな」
「先生も?」
よっこいしょ、というおじさん臭い声と共に腰を上げる先生。
「うん。もともと今日は午後休をとっていたからね」
「午後休?」
「そ。もうすぐ、娘の命日でね」
そう言って、先生は卓上のカレンダーに指を当てる。
そこには確かに、小さく丸が書かれていた。
聞いたことはあった。
確か、先生が若い頃に亡くされてしまったんだっけか。
しかしそれなら、と頭を下げる。
「うん?あぁ、いいんだいいんだ。そんな大したことじゃないからね」
「大したことですよ。すみません、そんな大事な時に」
その頭の上に、先生の手が置かれる。
重くて、大きい。
だけれどどこか、悲しい手だ。
「大丈夫。それに、黒上くんは孫息子みたいなものだからさ」
頭を上げれば、先生は依然として笑っていて、これ以上は野暮かと僕も笑う。
「いいんですか?先生が特定の生徒に肩入れして」
「何を言う。僕にとっては、生徒皆が子どもみたいなものだよ」
そう言って、先生は白衣からコートに着替え荷物を持つ。
そして、室内の電気を落とし僕らは2人保健室を出た。
「先生は、嘘が下手ですね」
廊下は予定通り、静まり返っていて鍵をかける音がよく響いた。
聞こえなかったのか、聞こえてない方が都合が良いのか、僕のこの言葉に反応が返ってくることはなかった。
「黒上くん。体調はもう大丈夫かい?私ももうこのまま帰るだけだから、よければ家まで送っていくよ?」
「いや、大丈夫ですよ。かれこれ2時間近く寝ていたわけですし、もうすっかりです」
「そうかい?それなら気をつけて帰るんだよ。最近は何かと物騒だからね」
「はい、先生もお気をつけて。」
「じゃあ、私は職員室に行かないとだから、ここで」
「はい、さようなら」
それを最後に、先生は鍵をポケットに入れて踵を返す。
僕も僕で、反対方向……正面玄関の方へと足を動かした。
◆
先までの保健室とは打って変わり、廊下は酷く冷え込んでいた。
季節はもう、冬の入口もとおに過ぎた12月も中旬。
「……さむ」
当たり前といえば、当たり前なのだがこの芯にくるような寒さには少し嫌気がさす。
それに加えて、窓から差し込む鈍色の光。
どうやら今日は曇天らしい。
ローファーが地面を叩く音がよく響く。
そのまま、真っ直ぐに廊下を進んで正面玄関ーーを、傍に逸れてそのまま階段をのぼっていく。
体調もすぐれないし、今日は帰ろう。
そう思ってはいたのだが、ふと、1人の後輩が脳裏によぎったのだ。
「まぁ、いなければ帰ろう」
そう決めて、2階のフロアーー図書室の扉をくぐる。
別に約束をしているわけではない。
ここ最近、ルーティーンのような放課後集まっていたのに、何も言わずに帰るのは気がかりだっただけ。
図書室に、今日も人気はない。
こんな陰気臭い場所に、青春を謳歌するのに忙しい人たちは用などないのであろう。
そんな場所のさらに奥。
『自習室』
と書かれた扉をノックする。
すれば
「はーい」
と可愛らしい声が返ってきて、扉を開ける。
そうして。
そこには案の定と言うべきか、なんと言うか
「ーーなんだ、先輩だったんですね。お疲れ様です」
やはり、宮本千織がそこには居た。
◇
ここまで読んで下さり、ありがとうございます。
小説のジャンルは現代、日常になっておりますが、タイトル通り魔術も出てきますし、シヲリ君もその内襲われます。
閑話休題。
もしよろしければ、感想や評価などいただければ執筆の際の良い燃料となりますのでお願いします。
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