蒼雪の魔術姫   作:藍間道逸

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第3章 9日目「衝突」 転節「彼女の目的」

 

 決死の思いで、僕は図書室の扉をくぐる。

 鳴り響くサイレン、後ろであがる火の手にぱちぱちと絶え間なく何かが爆ぜる音が、耳に届く。

 もう、一ミリだって動かない。

 それでも必死に呼吸をすればひゅーひゅーと、喉が腫れて上手く息が出来なくてせき込む。

 

 あの後、僕は真っ直ぐに2階へと向かった。

 あわよくば、傷を負ってくれないかと、期待したが、案の定それは無理だったらしく儀式は続いていた。

 食堂でガス爆発をおこし、強制的に防火シャッターを下ろしたため、ルシャは僅か10秒ほど僕を完全に視界から消した……そして、それだけの時間があれば1階の食堂から中庭へと向かうのはあまりに十分すぎるほどだった。

 

「はぁ、はぁ……っっっ。僕の、勝ちだ。」

 

 だから2階へきた。

 容易なのは、僕だけじゃないから、1度完全にルシャを完全にまかなければいけなかったから。

 この学校で最も良く見なれたはずの2階の図書室は本が散らばり、棚は破壊され、酷い有様だった。

 勿論、ガラスも粉々になっていた。

 おかげで中庭へはとても風通りが良いことになっている。

 

「……高さは、まぁ、この高さなら死ぬことはないか。」

 

 丁度良く、ここだけ空いているためか、隙間風の要領で風が流れ込んでくる。

 2階の図書室からは中庭が見えるようになっている。

 ルシャは恐らく、今頃一階で僕を血眼になってさがしているだろう。なので僕は、後はこここから飛び降りて、宮本さんにこの刀で傷をつけるだけ。

 

 そうすれば、僕の勝ち。

 

 しかし高所からの飛び込みというのは、一般人の僕にとっては十分な恐怖になり、思わず足が竦む。

 これまで、さんざん死を思わせる恐怖にさらされてきたというのに、こっちははこっちで別種の恐怖を感じてしまう人間にどうも笑える。

 

 けれど、それがいけなかった。

 勝ちを前にして、心の余裕が生まれて、余計な恐怖に足を止めてしまった。

 その僅か10秒足らずの時間は、彼女にとってあまりに十分すぎる時間だったから。

 

 気付けば僕の視界は上を向いていて、僕の顔に絹糸のようにきめ細やかな綺麗な白銀色が落ちる。

 僕を映す、その鈍色の瞳は何を思っているのか。

 

「私の勝ちね……シヲリ、何か言い残すことはある?」

 

 仰向けに転ばされた僕の腰に彼女がまたがり、それはいつの日かと逆だな、なんて場違いな感想が頭にちらついた。

 

 

 ――嫌な予感が、頭によぎる。

 

 しかし、それはきっと気のせいだと、私は彼を押し倒した。

 彼と過ごしたこの数日は刺激的で、新鮮で、とても楽しいものであったから、最後になにかあればきいてあげようと思って、問いかける。

 

「言い残すことは、特にないけど。そうだね、最後に1つ、いいかな。」

 

 私は彼の首に手をかける。

 魔術だなんて、そんなもったいない殺し方はしない。

 折角の最後は、ちゃんと自覚しようと思ったから。

 だって初めてはわすれない。それは私が何よりも分かっているから、しっかりとこの手に、この身体に刻み込もうと思ってのことだった。

 そんな、状況だというのに、彼は――黒上シヲリは、それはもうとても穏やかに、優しく、どこか悲しそうに私に笑いかけていた。

 

 

 ――サワリ。

 冷たい風が肌を撫でる

 

 凄い力で地面に縫い付けられた状態で、僕はルシャを見上げる。

 蹴られたり殴られたり、投げ飛ばされたりと、随分無茶苦茶にされたせいで、体中が悲鳴をあげている。

 肺は懸命に伸縮を繰り返し、全身の筋肉という筋肉は熱をおびているかのように熱い。

 そんな身体を冷ますかのように、ようやく寝転がれた地面はいやに冷たく、ここまで動き続けてきた反動でだろう。

 

 糸が切れてしまったかのようで、もうきっと起き上ることはできないだろう。

 そして

 

「ここまでね、シヲリ。どうかしら、最後に何か言い残したことがあるなら、聞いてあげるわよ?」

 

 僕をここまでボロカスの雑巾にした張本人は、服はところどころ汚れてはいるものの、綺麗な体で僕を見下ろしていた。

 全く、よく、本当にここまで頑張ったと思う。

 魔術などというインチキに対抗して、無理げーに挑戦させられ、よくここまで頑張ったと、自分を褒めてやりたい気分だ。

 

「なら、最期に1つだけ。言い残したことはないんだけど、質問をいいかな?」

「えぇ、いいわよ。ここまで付き合ってくれたお礼よ、答えられる範囲なら、なんでも答えてあげる。」

 

 それは一体どういう意味なのか。

 人に馬乗りになった状態でよく、そこまで綺麗に笑えるものだと、僕も釣られて笑いが零れる。

 でも、そうか、良かった。

 問答を言わさず殺されたらどうしようかと、内心気が気でなかったから。

 そのために、ここまで頑張ってきたのだから。ここでそれら全てが水の泡になる可能性があったかと思うと、本当に笑えない

 

「……その前に座ってもいかな?逃げやしないよ。どうせ逃げる体力は残ってないんだ。そんなことより破片が下敷きになって、背中が痛いんだ。」

 

 そう言って、僕は上体を起こし、片膝を立てる。

 彼女からの許しは貰っていないが、何も言わず、抵抗せずということはまぁいいということなのだろう。

 

 ルシャが真っ直ぐ真剣に僕を見る。

 刹那の時間、僕とルシャの間を無言が埋める。

 なんと、言えばいいか、一瞬考えて、やめる。

 こういうのは、きっと着飾らない方がいいだろうと思ったからだ。

 それは、考えてみれば、当然のことだった。

 

 ずっと考えていた。

 ルシャは、どうしてこの街に来て、どうして僕と過ごしているんだろうって。

 彼女に負けないくらい、僕もずっと考えていた。

 そして、それは

 

「――君は、死ぬのか?」

 

 きっと、こういうことだ。

 数秒ばかりの無言が僕たちの間を満たす。

 明らかな、確信をもって僕はルシャに尋ねた。彼

 女は、僅かに目を見開いて、次いで、無表情に僕を貫き、そして、最期には呆れてため息を吐いた。

 

「そっか、気付いちゃったんだ。」

 

 彼女はそのまま立ち上がり、スカートについた埃を払う。

 そして、僕に手を差し伸べる。

 ……どうやら、立てということらしい。

 

 僕はその手をとって、激痛が走る体を無視して、彼女に向き直る。

 真っ白で透明な少女。

 それが、僕が彼女を見て一番最初に感じた感想だった。そして、それは今もかわらない。

 地面に毛先が触れそうなほどの白銀色の綺麗な髪。

 全てを魅了しそうな鈍色の瞳。

 あの夜、彼女は僕に、願ったのは、そういうことだったのだ。

 そして、今彼女は再度、僕に問う。

 

「そうよ。12月31日、私はこの日を最後に消えるの。」

 

 暖かい。

 その手のひらが僕の頬に触れる。

 それは彼女が告げた、初めての真実だった。

 

「だから、一緒なのよ、シヲリ。ここで私を殺しても、殺さなくてもどうせ私はいずれ死ぬ。だって私はそのために生きてきたのだから。」

 

 子をあやすかのように、僕を見るルシャ。

 そう、彼女の願いは最初から、それだけだった。

 

「だから、ねシヲリ。もう一度だけ言うわ。

 ――私を、殺してよ。あなただけは、私を忘れないでいて。それが私の願いよ。」

 

 出会った時、彼女は言った。

 ――こんなことなら、もっと早くに外に出ておけば良かったわ。

 

 それから数日を共にして、彼女はやたらと、ソレを大切にした。

 ――ねぇ、シヲリ。あなたは人を殺したことはある?

 

 ふざけて聞いたとおもったあの質問は、彼女にとっては大切なことだった。

 僕が否定して、嬉しそうに微笑んだのは、だから、そういうことだった。

 

「私はね、シヲリ。

 何もなかったのよ。本当に何も。

 感情も、意思も、目的も、欲望も、何も。」

 

「そんなことってありえるの……」

 

「ありえるのよ。だって私は代わりになるために生きてきた。

 でも、それでよかった。

 だけど、ある日。外に出る機会があった。

 だから、ほんの少しの好奇心を抱いて外に出た。出てしまった。

 あと一か月。

 私が生きてきた世界はどんな世界だったんだろうって、見たかった。見てみたくなった。

 思えば、この時に気づくべきだったのかもしれないわね。」

 

「何を。」

 

「私の欲のタガが外れかかっているのを、よ。

 でも、それでも問題なんて起こるはずなかった。

 だから彼もそれを見逃した。

 依り代になるために生まれてきた私は最後、存在をすり替えるために、私という人格はもう限りなく薄くなっていたから。」

 

「誰にも気づかれず。誰にも見られず。 誰にも聞かれず。

 誰にも悟られず、認識されない。

 私という存在は、もうすでにそんな曖昧なものだったの。

 だけど、楽しかったわ。

 この目でみた景色は、この耳で聞いた音は、とても新鮮で温かった。

 嬉しかったし。満足もしていた。

 私は私の欲望を、思うがままに満たしていた。」

 

 本当に、最初はそれだけだったの。

 彼女はそう、静かにつぶやいた。

 

「でも、貴方に出会ってしまった。」

 

 鈍色の瞳が、僕を映す。

 

「貴方が私を見つけてくれた。

 その時、私は抱いてはいけない願いを、抱いてしまった。

 ーー生きた証が、欲しくなってしまったの。」

 

 己の罪を語るかのように、苦しそうに彼女が言葉を紡いでいく。

 存在証明。

 事実、それが私が抱いた罪なのだと、そう告げて。

 

 

 白魚のような指先が、僕の手をとる。

 その指先を自分の首元へと誘って。

 

「だからシヲリ。

 ――私を殺して?

 私が生まれて、たった一つ抱いた。本当にたった一つだけの願いを、あなたが叶えてほしいの。」

 

 その表情に、マイナスの感情は一切含まれていない。

 本当にうれしそうに、懇願するように、彼女は僕にそう言った。

 言っていることは分かる、道理も通っている。

 ここで、僕が、本当に彼女のことを思っているのなら、彼女の細い首に手を掛けない理由の方が探すのが難しいくらいだろう。

 

 ――だけど。それでも。

 

 僕は静かに首を横に振る。

 

「僕に君は殺せない。」

 

 どんなに正当化されようと、僕にルシャは殺せない。

 それは一種のわがままのようなものかもしれない。

 僕のこの選択が、理由もなく、意味もない、子どものわままのような発言だからこそ、彼女はあの手この手を使って、僕をその気にさせようとして、そして落胆していたわけだ。

 そう思うと、僕は聞き分けのないこどもか。

 

「……そう。」

 

 笑うことしかできない僕に、彼女はくるりと、体を反転させる。

 

「僕を、殺さないんだな。」

「えぇ、もういいわあなたが私を殺してくれないから。私もあなたを殺しあげない。」

「僕は一言も殺してくれだなんて頼んだことはないよばか」

 

 すねた子供のように、ルシャは言う。

 彼女の背中には、もうさっきまでの気迫もなければ、殺気も感じなかった。もとより、彼女は誰かを殺すつもりなど無かったのだろう。

 だって、ルシャは優しいから。

 たかだか、一週間ごときで人を理解できるだなんて一ミリも思っていないが、それくらいなら理解はできる。

 彼女はきっと、人を殺したことなんてない。

 だから、このゲームも自分が殺されるためのお膳立てにすぎなかったのだろう。

 事実、最初は彼女のことを殺さなければいけないと、思ってしまったから。

 

 そのまま、二人で中庭へと歩いていき、宮本さんの安全を確保する。

 首元に、わずかに切り込みを入れる。

 夜は冷たいだろうと、僕は着てきたコートなどを彼女に被せようとして、気付く。

 

「その割には、宮本さんには本当に毒を飲ましたんだな。」

「だって、そいつ嫌いだもん。」

「お前……」

 

 さっきまでの僕の情緒を返してほしい。

 

「でもどうしましょう。これじゃあ、儀式を終われないわね。」

「どうしてだ?」

「だって、儀式を終わらせるための鍵はこの3人いずれかの死だもの。」

「お前……」

「仕方ないじゃない。もとより私が殺される予定だったんだもの。」

「不備があって、お前が死んだ後にもし儀式が終わらなかったら誰が解くんだよ。」

 

 素直な疑問を、ルシャにぶつける。

 僕の意見に、彼女も思うところはあるのだろう。少し苦笑いを浮かべている。

 大きく、息を吸う。

 夜冬の空気が肺に入るが、今は不思議と心地がいい。

 大きく息を吐く。

 

「流石にお疲れ?」

「いーや、まぁでも、それについては気にしなくていいよ、と思って。」

 

 唐突に呟いた、僕の言葉は行き場をなくして空気に溶ける。

 

「なんで?何か策でもあるの?貴方魔術とか何もわからないって。もしかして、嘘ついてたの?」

「それは本当だよ。」

「じゃあ、どうやって。」

「どうやっても何も、普通に僕の勝ちだしな。」

 

 少しして、したり顔で仰いでいた、視線をルシャに向けると、そこには意味不明といった様子で口をぽかんと開けるルシャがいた。

 その顔に、思わず吹き出して笑う。

 よかった、いくら美人でも間抜け面は、しっかりと面白いらしい。

 

「え、今なんて?」

 

 神妙な顔持ちで、視線をこちらに向ける。

 この様子をみると、どうやら本当に気付いていなかったらしい。

 故に、ここぞとばかりに、ニヒルに笑って、自慢げに

 

「だから、このゲーム。僕の勝ちって言ったんだよ。」

 

 そう、言い放ってみた。

 

 




 どうも藍間です。こんばんは。
 9日目、4話目を読んでいただきありがとうございます。
 いよいよ、ルシャの思いが明らかになりましたね。純粋に曲がっている彼女が、私は好きです。

 閑話休題。
 もしこの物語が『面白い』『続きが気になる』と思っていただけましたら、是非評価や感想の方をよろしくお願いします。
 藍間が大変喜びます。

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