蒼雪の魔術姫   作:藍間道逸

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◆前回までのあらすじ
 学校での戦いにて、ルシャがこの街にきた理由、そして目的を知ったシヲリ。
「私を殺してほしい」
 そう彼女は言った。
 この世界に存在したという証明を、記憶として僕に求めた。
 しかし、シヲリはそれを受け入れず。
 残りの3日間、ルシャと共に過ごすことを決めた。
 二度と、彼女を忘れないように。


第3章 「さいごの日々。」

 

 それからの日々は、本当に当たり障りのない、それでいて退屈な時間だった。

 僕らは、まるで残された時間なんてないかのように過ごして、だけど確実に過ぎていった瞬間を、気づかないように目を背けた。

 魔術だの、なんだのという会話はなく、2人はただその時間を全力で楽しんだ。

 長いようで短く。

 短いようで、とても長かった。

 それは、契約によって生まれた義務的な毎日ともいえるし、彼女が一体、どういう思いで僕との時間はを過ごしたのかはわからない。

 

 ――それでも。

 

 この、二日間。

 僕にとって本当に楽しくて、優しい。

忘れることなど出来ない、かけがえのない時間でした。

 

 

 ――2020年12月28日。

 

 ガチャ、という扉の音がしたかと振り返れば、あられもない姿のルシャに目を見開く。

 入居当初のままの内装、1ⅬⅮKの狭いアパートのワンルームにその少女の存在はあまりにも浮いて見える。

 

「はぁ、さっぱりした。あ、タオル勝手に使わせてもらったわよ?」

 

 驚いて固まる僕をよそにルシャはずけずけと、僕の方へと歩いてくる。

 

「おま、髪くらいちゃんと乾かせ。」

「嫌よ、時間はかかるし、なにより面倒くさいもの。」

 

 眉をひそめて、本当に嫌そうにルシャは眉を顰める。

 女性の髪は、とても手入れが大変だと聞くが、さすがに濡れたままというのは髪の毛に悪いのではないかと言ったのだが

 

「じゃあ、シヲリが乾かしなさいよ。」

 

 と、ドライヤーを手にルシャに言われたのであえなく断念した。

 生れてこの方まともに女性と関わったことがない僕にとって、女の命と揶揄される髪を触らうのはあまりにも心臓に悪すぎた。

 

 ぐつぐつと、沸騰する鍋をよそに、今日1日を振り返る。

 昨夜、あんなことがあったというのに、僕ら2人は当然のように昼過ぎごろから集まって、そしてその日はなんでもない1日を過ごしていた。

 

 ……と、いうのも。

 

 そう言ってしまうと酷く聞こえがいいが、実のところ、全身の筋肉痛により僕が満足に動けなかったため、あまり遠出をして遊ぶという余裕が無かったのだ。

 しかし、それでもルシャは特に不満げな顔をすることはおろか、むしろ楽しそうに僕の家に来ていた。

 全く家に上がらせる気はなかったのだが、結局なすがまま、なされるがままに家にあがりこまれ、今に至る。

 

 時刻はまだ夕方を回った頃。

 そしてルシャは、家に入るなりお風呂に入りたいと言い出し、やっとリビングに戻ってきたところである。

 本当に、やりたい放題の言いたい放題のわがままお姫様、という言葉がここまで似合う人間もそうはいるまい、と本来なら腹を立てて、しかるべきなのだが

 

「……何をそんなにちらちらと見ているのよ、な、なにか変かしら。」

 

 襟元を掴み、ルシャは心配そうに自分の姿を見る。

 

 ――お風呂上がりの女の子、というビジュアルに見惚れて、そんなどうでもいい邪念はきれいさっぱりと忘れてしまう。

 

 さてはて、この場合どっちが邪念なのかは分からないが、そんな些細なことなど気にならない。

 なんというか、艶やかという表現ってこういう時のためにあるんだな、なんて思う。

 

 湯上りで上気した頬。

 しっとり濡れた髪は乾かしきれなかったのか、途中で拭くのが面倒くさくなってしまったのか、まだ水気を多分に含んでいる。

 それだけで今を時めく思春期の男子高校生にとって目に毒なのだが、スウェット姿というのがこう、男心にグッとくるものがあり、自分でも面白いほどに内心に動揺が広がる。

 

「い、いや、別になんでもない。」

 

 言い淀む僕に、ルシャは怪訝な顔をして

 

「何よ?」

 

 と問い詰めてくる。

 故に、気まずさに目を逸らす僕の目を盗み、ルシャの手が横から伸びてきたのに気づかない。

 

「熱っ!?」

「あ、こらまだ出来上がってないのにつまむな。」

 

 両手で肉団子を、転がしながら程なくしてルシャはそれを口に放り込む。

 よほど熱いのだろう、はむはむと音を出しながら食べている姿はさながらハムスターのようで癒される。

 

「味がないわよ?」

「当たり前だ、まだ味付けしてないし。後でたれにつけて食べるんだよ、というか勝手につまんどいて文句を言うなよ」

「別に文句じゃなわよ。それより、これはなんて料理なの?」

 

 大きな、色とりどりの野菜などがはいった容器をルシャが指をさす。

 

「鍋だよ、鍋。咄嗟で出汁とかもなかったから、今日は水炊きだけどな。言っとくけど男の一人暮らしの料理なんてこんなもんだからな?文句はうけつけないぞ?」

「別に何も言ってないじゃない。それに、凄く美味しそうよ?出来上がるまで暇だし、何か手伝うことはあるかしら?」

「……そうか。それなら、そうだな、このカセットコンロをあっちの机にもっていってくれ、あとはもう蓋して火つけとけばできるから」

 

 ルシャは僕の要望に2つ返事で頷くと、素直にカセットコンロを持って机の方へと歩いていく。

 自分の作った料理を美味しそうと言われて嫌な気分になるわけがなく、どこか落ち着かない気分になった。

 

「ねぇ、シヲリシヲリ!」

「なんだよ。」

「これ、美味しいわね!こっちのたれも試してみていい?」

「あ、あぁ、勿論。それなら器をもう1個持ってくるから待ってろ。」

「いいわよ、そんなの。あなたので食べるわ。」

「あ、こら。」

 

 この日は、そのまま僕らは同じ部屋の下で、眠りについた。

 

 

 ――2020年、12月29日。

 

 2人掛けの机を見つけ、疲労に身を任せて机に突っ伏す。

 フードコート内は、活気に溢れていて香ばしい香りや、賑やかな話声で満ちている。

 しかし、僕はそれどころじゃなく、使い切った体力をなんとか回復させんと目を閉じて、全身の力を抜いていた。

 そして、そんな僕を見るルシャ。

 

 今日は前々から言われていた近所のショッピングモールの来ていた。

 近所、とは言っても数年前にオープンしたばかりで、片田舎のこの街ではさぞ敷地が有り余っていたのか規模はこの国でも有数のものらしい。

 さらに悪いことに、世間はクリスマス前ということもあってか人は何時にもまして多く、広告やよくわからないセールスも心なしか増している気がした。

 

「情けないわねシヲリ。まだお昼過ぎよ?」

「無茶言うな。誰がスポーツ施設であんなガチでやりあうと思うんだ。もう僕の体力は真っ赤だぞ。」

 

 机に突っ伏して休む僕に、ルシャは対面に腰かけ、机に肘をおいてその鈍色の目は、暗に僕を非難してくる。

 その表情に、心配や不安なんてものはなく、ただ物足りない、という感情だけが浮かんでいた。

 

 そうして数分、休憩した後僕は体を起こして、ほっと息を吐く。

 

「回復した?」

「あぁ、まぁ、大分ね。」

 

 まさかまだ真昼間だというのに、体力を使い切ってしまっている現状に僕は数時間前の僕の選択を激しく後悔していた。

 というのも、もう少し、緩やかな一日になると思っていたのだ。

 基本的に何でもある、むしろ揃っていない物を見つける方が難しい大規模なショッピングモール。アパレルショップや、雑貨屋、家電量販店などをゆっくりと見回る、という当初の予定はルシャがスポーツ施設を見つけたことで、呆気なく消えて無くなってしまった。

 そして、そこで午前中の全てをそこで過ごすはめとなったわけだ。

 卓球に、ビリヤード、他にも様々なミニゲームをやり、屋外スポーツまでと全種をコンプリートした僕の体力は、凄い勢いで削られていき、案の定今となっては風前の灯火であった。

 そんな僕と違って、ルシャはまだまだ余裕を見せているのが怖い。加え、勝負には全敗。スポーツはなまじ自身があっただけにプライドまでズタボロにされ魔術士云々の前に多分ルシャは元よりスペックが高いことを分からされた。

 

 僕が水分補給をしている間、ルシャは興味津々に辺りを見わたしていた。

 そんな彼女の様子に意を決して僕は席を立つ。気怠い足の疲労が、僕を呼んでいた気がするがそれは今は無視する。

 

「おなか減ったし、ご飯選ぶか。」

「っ!えぇ!」

 

 恐らく、この言葉を待っていたのだろう。

 ルシャが随分と素敵な笑顔で返事した。

 

「凄いわね、ここにあるの全部食べてもいいの?」

 

 二人でフードコート内を歩く中、ふとルシャに言われ、少し困る。

 

「いや、全部は食いしん坊すぎないか……?」

 

 このフードコートにある飲食店の種類は、正確には知らないが間違いなく十はあるだろう。それを全部食べようというのはあまりにも無謀だが、ルシャならなんだか本当にできてしまいそうで怖いというのと、単純に財布の方が心配になった。

 しかし、どうやらそういうわけではなかったらしく。僕の発言に対し、ルシャは少し恥ずかしそうに頬を赤らめていた。

 

「な、そ、そういうわけじゃないわよ。ここにあるやつはどれ選んでもいいの?って意味に決まってるでしょう!?そんな食い意地はらないわよ!」

「あ、あぁそういう。それなら大丈夫だ、何食べる?」

 

 そして、少し機嫌をそこねてしまったルシャを連れて、席を立ちフードコートを回る。

 ルシャは終始興味深そうにメニューを見ていて、表情もころころ変わるものだから僕としてはそちらの方が見ていて楽しかった。

 

 

 結局、僕はうどんを、彼女はハンバーガーを選び、それぞれの商品をトレーに乗せて、再び席に着く。

 てっきり、ルシャは寿司とかドーナツとかを食べると思っていたので、ハンバーガーというのは少し意外であった。

 うどんをゆっくりとすする僕に対し、ルシャは大きな口を開けて、美味しそうにハンバーガーを口にしては、

 

「うまぁ~!」

 

 と目を輝かせて感想も口にしていた。

 こうしてみると、本当、年相応の女の子みたいだ、と思い、そういえば、とふとどうでもいい疑問を抱く。

 

「そういや、ルシャって何歳なんだ?」

 

 うどんを啜り終わり、ふと質問する。

 ルシャと関わってもう一週間以上が立つが、そういえば彼女の年齢を知らないことに気付いたのだ。

 感覚的には、完全に同年代くらいのメンタルで接っしていたし、予想もせいぜいが一個違いだろう程度にしか思ってなかったのだが。

 

「数え年で一九ね。年明けには20になるわ。」

 

 その予想は大きく覆されることになってしまった。

 

「え、なんて言った?」

「20よ、20。正確なものは分からないけど、来年、2020年に私は二十になるわ。」

 なんでもないよう言い放つルシャに僕は思わず食べる箸を止める。

 

「嘘だろ?年上……だったんですか。なんかその、すみません。」

「何よ急に、気持ち悪いわね。別にいいわよ年なんて、大したものじゃないし。」

 

 唐突に敬語を使う僕を、ルシャは攻撃力の高い言葉で切って捨てる。

 端正な顔だちに、一見クールな印象はあるものの、どこかあどけなさがあったためてっきり同い年くらいかと思っていたのだが、まさかの二個どころか、下手をすれば三個上、それもほぼ成人という事実に驚く。

 

「いや、まぁ年は大事だろ。自分より長く人生を経験しているだけで、それは敬うべきところだとは思うし。」

「そうね、確かに魔術的な観点から見ても歳月を重ねたものはソレだけで価値があるとされるものが多い。でもそれは百年とか二百年とかの単位よ。たかだか十や二十の差で、人間的に差がでることはないわ。大事なのはその時点で何を持っているか、だもの。」

 

 そう言って、ルシャは手を合わせる。

 いつの間に食べ終わったのか、僕も彼女を追って慌ててうどんを胃に放り込み、少しお腹を休めた後、二人で再度モール内を散策する。

 

 商品を手に取っては首をかしげるルシャを、僕は横からただ観察する。

 服や、雑貨を見て回るものの彼女はあまりそれらに興味を示さなかった。

 

「そういえばさっき、年齢で大した差はないって、大事なのは能力の差だってルシャ言ってたけど。」

 

 二階へと下がるエスカレーターの途中、揺れる彼女の銀髪を呆然と見ながら呟く。

 

「なんか大分曲解されいる気がするけど、それが?」

 

 ルシャは前を向いたまま、会話に応じる。

 

「いや、それは確かにそうだとは思うけど。でも、年を重ねているほうが持っている物が多いのも、また確かだろう?」

「理想はね。……というか、そういうあなたは何歳なのよ?同じく二十とか?」

 

 モール内の通路を二人横並びで歩く。

 

「二十って、だから僕はまだ学生だってば。学校にも来ただろう?」

「知らないわよ。私たちの世界では年でクラスを分けるとかいう、意味の分からないことはしてないもの。それで?何歳なのよ。」

 

 ルシャは、不思議そうに僕をみつめる。

 確かにそう言われるとその通りなのだが、こうなってくるとなんだか余計にいいずらい。

 

「一七だが。」

 

 目いっぱいの強がりがついた僕の言葉に、歩いていた足をルシャが止める。

 別に、年下ということにコンプレックスも思うところも無いはずなのだが、何故だがどうにも認めるのが悔しい気がして。

 

「ふぅ~ん。そっか。一七なんだ。」

「なんだよ。別にいいだろ?」

 

 そんな僕を見抜いてか、どうしてか。何やら、したり顔でにまにまと見てくるルシャ。

 年なんて関係ないという割には、なんだか含みのある表情に少しだけむかつく。

 

「別に、悪いなんて言ってないじゃない。」

 

 そういう物の、絶対に何か言いたげなルシャの表情に突っ込もうとするも、突然つながれた手に、それは阻止する。

 一体何事かとルシャを見れば、ルシャの目はどこか一点に固定されていて、もう片方の手でそこを指さしている。

 

「次はあそこに行きましょ、シヲリ。」

 

 指した先は所謂ゲーセンと言われる場所で、なんともルシャ好みの所と言える。

 ……そして、またカロリーが高そうな場所だ、と気も少しだけ滅入る。

 どうやら、まだ僕の一日は終わらないらしい。

 そうして、僕はルシャに、別の場所を提案するも無視され、そのまま手をひかれてゲーセンへと入っていった。

 

 

「それじゃあ、また明日。」

「……あぁ。また明日。」

 

 この日は、それで別れた。

 今日も家に来るのか、と聞いたがどうやら今日は無理とのことで、日も跨がないうちに解散となった。

 

「シヲリ。」

 

 そして、それぞれの帰路に就く分かれ道。

 互いに背を向けたところで、ルシャが僕の名を呼ぶ。

 振り返るか悩んで、やめた。

 

「明日楽しみにしているわ。」

「あぁ。」

「おやすみ。」

「……おやすみ。」

 

 今。僕はどんな表情をしているのだろうか。

 ちゃんと、笑えているだろうか。

 

 ――シン、シンと。

 

 雪が降る。

 闇を塗りつぶすくらいに、大きくたくさんの白。

 今年が、終わる。

 同時に、彼女との関係も。

 脳裏に過る、疑問を気づいては捨てる。それは意味のない問いだから。

 

 ――2020年、12月30日。

 

 家に着くころには、もう時刻は0時を回っていた。

 僕は床について、右手で瞼を覆う。

 今日、すべてが終わる。

 約束の日が、もう目の前に。

 

 

 




 どうも藍間です。こんばんは。
 ここまで、お付き合い下さりありがとうございます。
 物語は、これにて大詰め、締めの段です。

 どうかさいごまで、ルシャとシヲリの選択を見届けてください。

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