第4章 12日目「告白。」 序節「白い桜」
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それは、約束だった。
彼女と交わした、たった1つの約束。
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ーー体の芯が、ぶるりと震える。
昨夜から、降り始めた雪はそのまま今日まで振り続けた。
街はすっかり白に染められ、音は遠く、とても静かで、酷く寂しい。
……いつかと同じような日だな。
なんて。
そんな、どうでもいいことを思い出しながら真っ直ぐに歩いていく。
「ねぇ、シヲリ?」
しっかりと足跡がつく程度の積雪。
靴に染み出す冷たさは、少し不快だ。
「ねぇ、シヲリってば。聞いてる?」
「聞いてるよ。」
「じゃあなんで返事しないのよ。」
悴む手足に、顔を顰める僕。
両手を後ろに組んで、僕を覗き込むルシャの顔は僅かに唇を尖らせていた。
少し考え事をしていただけなのだが、どうにも姫様はそれがご不満らしい。
「ごめんってば。少し考え事してたんだ。」
「考え事?」
細められた目を、少しだけ丸くするルシャ。
これは、興味を持った時の顔だ。
「別に大したことじゃないよ。本当にどうでもいいこと。意味のないこととも言えるけど。」
「どんなこと考えたの?」
「……言うほどのことじゃないよ。」
「私のことでしょ?」
突然の言葉に、息が止まる。
我ながらあまりにもわかりやすい反応だったなと反省するが、後悔してももう遅い。
目の前の彼女は、ニンマリと口角を緩めて僕をみる。
「ふぅ〜ん。」
「なんだよ。」
「いや、べっつにぃ〜?ただ、シヲリって私のこと大好きなのね、って思っただけよ。」
ふふん。
と、鼻を鳴らして彼女は再び前を歩く。
「えらく、ご満喫だねルシャ。」
「そりゃあね、シヲリが私のことを考えてくれてるのは悪い気はしないわ。むしろ、とっても嬉しいかも。」
「……。それで?元々なんのようだったの?」
これ以上は、おもちゃにされるだけか。
そう感じて、半ば無理やり話題を変える。
「ん?あぁいえ、本当にこっちであってるの?と思って。聞こうとしてただけと。」
そう言って、ルシャは辺りを見渡す。
小さな山に、無理やり道だけ通したような場所が、今僕らが歩いている場所だ。
右見ても木。
左を見ても木。
前は坂で視界が切れている。
数歩歩くたびに出てくる街頭だけが頼りの、まぁ、悪く言えば無気味な場所だ。そりゃあ、不安になるのも当然かと反省する。
「うん、あってるよ。」
「ふぅ〜ん。ならいいけど。」
そもそも、一体全体、どうしてこんな場所に来ているかといえば、彼女との約束を果たすためだ。
――私。さいごにとびっきりの綺麗な景色が見たいわ。
2度と忘れないくらいの。
見れば思い出してしまうような、そんな景色を見たいと、彼女は言った。
「本当、無茶苦茶言うよな、君は。」
「嫌だった?」
「別に、そうは言ってない。」
そう言えば、前を歩くルシャは、おかしそうに微笑む。
「素直じゃないのね。」
「もし仮に、僕が素直でなかったとして。ならば君が、素直すぎるだけだよ。」
「自分に正直でいることは、悪いことではないでしょう?」
「いいことでもないけどね。それに、真の意味で自分に正直な人なんていないよ。みんなどこかしら、嘘や偽りで飾り付けてる。」
「ひねくれているのね。」
「自覚はあるよ。そう言う君は、真っ直ぐだね。本当に、怖いくらい。」
ゆらゆらと、真っ直ぐに伸ばされた白銀が左右に揺れる。
本当に、出会った時から思っていた。
この子には、嘘がない。
見えるがまま、あるがままが彼女の全部だ。
驕ることはなく、理想もなく、欲望もなく、願いもなく、目的もなく。
ただ、自分に課された使命のためだけに生きている彼女は、とても美しかった。
完成されていた。
完全だった。
完結していた。
「みんな、嘘や偽りを飾ってるねぇ。――それなら、あなたの目に映る私もそう、見えているのかしら?」
故に、人間として致命的に不十分な少女を、僕は怖いと、そう感じた。
最初の夜。僕が彼女に出会った夜。
「あ、ねぇシヲリ!もしかして、あれが目的地?」
ルシャの質問の答えを探していれば、丁度よく目的地が姿を現してくれた。
ほっと、胸を撫で下ろす。
その質問に、僕は答えることが、出来なさそうだったから。
「――うん。そうだよ。」
「学校?」
「そう。もう廃校になって、3年くらいの小学校だけどね。」
家を出て歩くこと、20分。
僕たちの前に出てきたのは、敷地だけが無駄に広い、山の上に建てられた小学校であった。
へぇ、と彼女は呆と校舎を見上げている。
そんな彼女を横目に、門を引きずり、ごろごろと鈍い音が耳に届く。丁度一人分の隙間が空いた程度で僕はその隙間から中へ入る。
ずけずけと入っていく僕に、ルシャは恐る恐る、といった様子で後ろをついてくる。
「勝手に入って大丈夫なの?」
「驚いた。そういう倫理観というものは君にあったのか。」
「どういう意味よ。」
入って直ぐは駐車場で、左手に校舎がある。
ここから先のグラウンドが僕の目的の場所だ。
随分と久しぶりにきたこの場所に、どこか納得いかない様子で起こるルシャを傍目に、、昔を懐かしむ。
もともと僕はここの小学校の出で、たしかどこかの小学校と合併して無くなってしまったんのだ。
「……よし。それじゃあ、目を瞑って。」
「――分かったわ。」
せっかくなら、感動は大きい方がいいと思い、ルシャにそう頼む。
ルシャは大人しく目を瞑り、左手を前に差し出す。
「何をしているの?手をとって頂戴?」
「いいのか?」
「いいも何も、あなたが目を瞑れと言ったんじゃない。どうやって私はあなたについていけっていうのよ。」
言われてみれば、その通りで、僕は言われるまま彼女の手を取る。
冷たいかと思っていたが、彼女の手は思いの他、暖かくて、そして柔らかかった。
「じゃあ、その、失礼して。」
それを彼女がおかしそうに笑う。
「シヲリって、意外とサプライズ好きなのね。」
「なんだ、悪いか?」
「いーえ?そんなこと言ってないわ。……ただ、知らなかったなって。まだ、私の知らない、貴方がきっとたくさんあるのね。」
ルシャのその言葉は、どうしてか、僕の心にゆっくりと静かに沈殿した。
当たり前だ。
たかが15日ばかりの関係、何かを知るにはあまりにも短い時間なのだから。
――シン、シンと。
雪は僕達を覆い隠すように降りしきる。
そんな中、ルシャの手を引き、僕は階段を下りていく。
ここも山上に作られているせいか、三段構成になっていて、今いる一番上に校舎が、そこから階段をさがると小運動場、そしてさらにその下に大運動場がある。
必然、大運動場までさがると、周りは木々に囲まれるような形になり後ろは校舎のせいで景色も遮られ、街の明かりもここには届かない。
――階段を下りて、雪を踏みしめ真ん中へと歩いていく。
足を止める。ホッとついたため息はすぐに白く染まる。
草木は眠りにつき、街も眠った。どこか不気味で、不穏なその場所は、この時に限って、世界をかえる。
「ついた?」
「あぁ。」
僕は頷く。
周りは背の高いおおきな桜の気に囲まれ、後ろには真っ黒の校舎。逆を言えば、それは無駄なものが何もないということで。
「目、開けてもいい。」
「うん。多分、気に入ってもらえると思う。」
恐る恐る、といった様子でルシャが目を開く。
時刻は直に24時を回るところ。
今は枯れ落ち、長い眠りについている木々達に取り囲まれたその場所は、今や、雪化粧が施されている。
雪が多分に降りしきる今夜、それら木々は一夜限りに眠りを起こし、
「――綺麗。」
真白の桜へと、姿をかえる。
◇
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