蒼雪の魔術姫   作:藍間道逸

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第4章 12日目「告白。」 破節「さいごの時間。」

 

 外界から、断絶されたこの場所。

 白い桜は僕らをぐるりと囲み、音は遠く、遠く、月明かりだけが僕らを照らしていた。

 耳を澄ませば、互いの心臓の音すら聞こえてきそうな静寂の中、しばらく僕らはただそこにあった。

 

 彼女と同様に、僕も空を見上げる。

 暫しの間、2人の間に言葉はなく。

 これで、よかったのだろうか。

ふと、横を見れば彼女はゆっくりと僕の前へと歩いて、辺りを見渡し、その表情は見えない。

 

「ごめん。これが今まで僕が見てきた中での、一番のいいものだ。僕にはこれくらいしか、君に用意してあげることができなかった。」

「どうして謝るの。謝らないで、えぇ、本当に、最高よ。とっても奇麗。」

 

 声が上ずり、鼻をすする音が聞こえる。

 やがて、数秒もしないうちに彼女はその場に座った。膝を内に向け、崩れ落ちるように、それでも、視線だけは木々に映したまま。

 

「えぇ、本当に、本当に――ありがとう、シヲリ。私、生きててよかったわ。」

 

 その言葉にどれだけの意味が込められていただろう。

 こういう時、どうするのが正解なのだろうか。何を言って良いか分からず、どうしていいか分からず、僕はただ、その場に立ち尽くした。

 何を言い、どうするのが正解なのか。

 もう、この時の僕に何も分からなかった。

 ただ、気づけば

 

「君は、本当に死ぬのか?」

 

 そんなことを口にしていた。

 口に出たことに気づいて、反省する。

 自分はいつから、そこまで大それた存在になったのか、と。

 だけど不思議と、後悔はなかった。

 

「死なないわ。消えるだけ。」

「どう違うって言うんだ。」

「言ったでしょう?代わりだって。私は、ある女の子にこの体を渡すの。私はそのために今日まで生きてきたの。だから、私は死なないわ。」

 

 彼女の言葉は、スルスルと僕の耳を抜けていく。

 その際、ぱん、と手を叩く音。

 

「そうじゃない。そうよ。私は、死なないの。だから、もしかしたらまた会えるかもしれないわ。だから、もしその時にまた、その私と仲良くなってよ。きっといい子よ。私なんかより、よっぽど。」

 

 妙案とばかりに、笑い声混じりに呟く彼女。

 喉が渇く。

 誰のだろうか、歯軋りが耳につく。

 

「そりゃあ、そうだろうよ。」

「な!?ど、どう言う意味よ!」

 

 数々の、記憶が反芻される。

 

「どう言う意味もあるか!夜散歩してただけなのに殺そうとしてくるし。」

 

 あれは、15日の夜だった。

 

「かと思えば瀕死なのか君の方で、助けたかと思えば姿を消して。」

 

 そこから2日後、君は忽然と姿を消して。

 

「そしたら、その後急に僕の前に現れては、契約を果たせと脅してくるし。」

 

 珈琲屋、ルシャは紅茶を飲んでいたっけか。

 

「遊園地に駆り出されれては泣かれるし、買い物に行けば引きずり回されるし、遊びにっては筋肉痛になるまでつき合わされるし。」

「そ、それは悪かったわよ。私も楽しくってつい。」

 

 心外だ、と言わんばかりにどこか不満げに彼女は僕をみる。

 気づけば、僕らは向かい合って、これまでの出来事を、その時の感情を殴り合うように話していた。

 

「本当に我が儘で、どうしようもないくらい自由で、何回逃げ出してやろうかとおもったか、数えるのも馬鹿馬鹿しいよ。」

「そ、そこまで言わなくていいじゃない!何よ、シヲリのばか。バカばかばかー!ふん、よかったわね。それなら気兼ねなく別れられるじゃない。良かったわね!今度会うときは、もっとお淑やかで、シヲリ好みの女の子だったらいいわね!」

 

 子供の喧嘩みたいな言い合い。

 いつも僕らは、こんな感じだった。

 

 雪は、心なしか勢いを強めて。

 ルシャの頭や肩には、気づけば雪が積もっていた。

 その雪を払えば、その鈍色の瞳に僕が映る。

 

「でも、それはもう君じゃない。」

 

 ひどい顔だ。

 これでいいはずなのだ。

 だから、笑わないと。この場はきっと笑って終わるのが正解なのだから。

 

「物静かで、お淑やかで、優しいルシャ?そんな君と、仲良くしてくれって?」

 

 あまりにもふざけたお願いに失笑する。

 彼女の最後のお願いだ、なんでも聞いてやるつもりではあるが、それは聞けない。

 

「君の顔で、君の声で、君みたいな格好をした、何もしらない名前も知らないやつと仲良くしろって?無茶、言うなよ。」

「……。」

 

 その瞳に映すのは、どんな思いだろう。

 知りたくなくて、僕は地面に目を伏せる。

 

「ありがとう。」

 

 そんな僕の耳に、彼女の声が触れる。

 僕の頬に、彼女の手がそう。

 上擦った声。

 鼻を啜る音。

 

「泣いているのか?」

「泣いてる?私が?」

 

 素っ頓着な声をあげて、彼女は自分の頬に触れる。

 でも赤く染まった指先で、よく分からないのか、僕の顔をじっとみる。

 

「本当だ、泣いてる。私って泣けたんだ。」 

 

 気づけば、止まらないのか。

 だけど止めようともせず、拭うこともせず。

 彼女の腕が僕の背中に回る。

 

「あなたは泣かないのね。」

「僕にはそういうの、分からなから。」

「ふふ、シヲリらしいわ。」

 

 耳元で、声がする。

 首に触れる、髪が相変わらずくすぐったい。

 

「ねぇ、シヲリ。なら、私の最後のお願いを聞いてよ。正真正銘最期のお願い。一生に一度の、った一度だけのお願い。」

 

 そう言って。

 彼女は僕の手を、自らの首にかける。

 不思議と、暖かかった。

 

「お願い、シヲリ。――私を、このまま殺して。」

 

 僕は、ただ静かにルシャを映す。

 寒さのせいだろうか、手が震える。

 その震えを誤魔化すように、僕は手に力を込めた。

 

「そう、そのまま。そして、忘れないで。私を殺した時の手触りを覚えていて。」

 

 細くて、柔らかい。

 冷たく見える彼女だが、体温は意外と暖かい。

 本当に、本気を出せば折れてしまいそうだ。

 

「ふ、ふふ。私を殺したことを、あなたはきっと忘れない。だってあなたは優しいもの。」

 

 もう、少し。

 後少し力を入れれば、きっとこの首を折ることができるだろう。

 なぜかは分からない、だけど、わかった。

 

 これでいいじゃないか。

 僕の中の冷静な自分が、そう告げる。

 悪いことなんて、ひとつもない。彼女がそれを望んでいて。そしてきっと僕もそれを希っている。

 これで、僕らの記憶は2度と忘れない栞を挟んで、終わりを告げる。

 あまりにも合理的で、最善な答え。

 

 そんなこと、わかっている。

 なのに。

 それなのに。

 

「……そう。あなたはこんなにも優しいから。あなたは絶対に、私を殺さない。殺せないのよね。」

 

 それ以上、力を込めることが僕にできなかった。

 気づけば、僕の両手はブルブルと無様に震えていて、その手を彼女は包んでくれる。

 

「ごめんなさい。わかっていたのに、捨てきれなかったの。私からの、最後のいたずらだと思ってちょうだい。」

「本当に君は、無茶苦茶だな、」

「ふふ、えぇ。でも大丈夫、これでやっと諦めがついたから。――本当にありがとうシヲリ。それとごめんなさい。」

 

 そういって、彼女は僕にキスをした。

 ――それが、僕と彼女のさいごの時間だった。

 

 

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