蒼雪の魔術姫   作:藍間道逸

35 / 41
第4章 12日目「告白。」 急節「別れ。」

 

 これ以上僕らは何かを話すことも、することもなかった。

 どれだけの時間、こういしていただろうか。

 やがて、彼女は静かに……少しだけ名残惜しそうに僕から離れて、腰を上げた。

 

 無音が僕たちを包み込んだ。

 この後どうしようかと頭を悩ませていた時、もう一つ、足音が後ろから響いた。

 猛烈な悪寒。

それは、きっと殺気と呼ばれるものなのだろう。

 

 あと数秒もこの場に立ち尽くしていれば、きっと僕は無残に転がる肉塊になっていたのだろう。

 動かなかったのは、気づかなかったからじゃない。別に、それでもいいかな、と考えていたからだ。

 しかし、その刃が僕を貫くことはなかった。

 

「殺すわよ。」

 

 気付けば、ルシャは僕の後ろにいた。

 そして、その先に、真っ黒の神父服のようなものを身に包んだ、鬼。

 いつの日かすれ違った、亡霊のような男。人の慣れの果て。

 ルシャはその男の手首を掴んでいた。

 

「久しぶりですね、先生。」

 

 目ぶかに被っているコート越しでも、わかりやすいほどに動きを止める。

 やがて、ゆっくりとコートを外した。

 

「気づいていたんだね、シヲリくん。」

「そりゃあ、もちろん。」

「いつの日か、忠告をしたはずなんだけどね。」

「そうですね。」

「……申し訳ないとは思ってるよ、でも君を殺さなければいけなくなった。」

 

 そういって、先生はゆっくりと僕に歩み寄る。

 その間に立つ、ルシャ。

 僕は言外に、大丈夫とルシャの方に触れるも、ルシャは微動だにしない。

 

「させると思う?」

「それほどまでに、大事かね。」

「えぇ、私が生きた証よ。」

 

 190にも届こうかという巨体に、服の上からでもわかる鍛え上げられた筋肉。

 だというのに、頬はやせこけ、くまは酷く、肌は病的に青白い。

ルシャの前に佇む彼からはおよそ生気という物を感じなかった。

 

「ならば、余計消さないと」

「駄目よ。失敗したら失敗したでしょ?それにもし仮にシヲリに手を出したらここで私は自害するわよ、勿論存在だって残してあげない。」

 

 早口に喋るルシャを男は漫然と見つめるのみ。

 

「もうどうしようもないわ。もう、条件は揃った、時間も無い、貴方はこれで儀式をやる他ないのよ。」

「それでも、不穏因子は消すに限る――」

 

 それは不意打ちにつもりだったのだろう。

 事実、ルシャは動くことはできていなかった。

 ただ、立ち尽くすだけの僕に、いつの間にか握られていた氷のナイフが迫る。しかし、それはやはり、僕の皮膚を食い破ることはない。

 

 ナイフは僕の目の先で停止する。

 鬼の瞳に僕が映る。

ただ、僕を見つめている。

 

「そうか、シヲリ君、君――既に壊れているのか」

「先生に言われたくないですね。」

 

 静粛な風が僕たちを包む。

 興味をなくしたみたいに先生は、ルシャを引き連れて、踵を返す。

 途端に、抗いようのない眠気が僕を襲う。

 

「え?」

 

 ぐらり、視界が揺れる。

 堪えようとするも、意識は自由落下を止めてはくれない。

 自分が倒れていることに気付き、衝撃に備えるも、ふわり、甘い匂いが鼻孔をくすぐる。

 

「ごめんなさい。こんな別れになってしまって。」

「る、しゃ。君、は」

 

 言葉を紡ぐこともままならない。

 僕に彼女の決定に介入する権利はない。また意味もなく、理由もない。だってそれは彼女の選択だから。

 それでも、最期に一つだけ、聞いておきたいことがあったことを思い出した。

 

君は――。

 

 しかし、それも叶わない。

 意識は、すぐに黒くそこへ。

 その最後に、声が聞こえた気がした。

 

「さようなら。私の全てだった人。あなたと過ごしたこの2週間が私の人生でした。」

 

 さいごに見た彼女は笑っていた。

本当に憎たらしいくらいに、花が咲くように綺麗に。

 それがどうしても理解ができなくて、自分がどうすれば良いのか分からなくて、ぼくはもうすでに動けなかった。

 動く気力も、もはやなかった。

 

 ただ、一言

「ごめんなさい。だけどありがとう。……またね、シヲリ。」

 

 それだけを残して彼女は去っていった。

 

 

 ひんやりと、地面の冷たさが今は妙に心地がいい。

 薄れゆく意識の中、かすむ視界の端に彼女の姿を最後まで捉える。

 しかし、それもやがて消えた。

 

 沈む意識に身をゆだねる。

 何をする気にもなれない。元より今の僕には何もない。

 考えることは、これで良かったのだ。ということだけ。

 彼女は、誰かの代わりに生きてきた。

 

 ……私はね、依り代なの。

 

 彼女の生きる意味。

 生れてすぐに、彼女は生きる理由を見出されたのだ。20年。これが彼女に許された、時間だった。その間、誰の記憶に残ることも許されず、ただ人形として生きてきた。

 彼女もそれを良しとした。

 20で死ぬのは、短いだろうか。それを決めるのは僕では決してないし、ましてやほかの誰でもない。

 

 それは、彼女が死ぬことを受け入れていることも同じだ。

 彼女は別に、助けなんて求めていない。死ぬことが彼女の生存理由で、むしろ最後に抱いたわがままに付き合えただけで、彼女にとっては嬉しかったのだろう。

 記憶の中の彼女は、いつも笑っていた。

 いつも楽しそうに僕を引っ張って、嬉しそうに何かを話していた。

 

 ……だから、これでいい。

 

 僕に彼女を助ける理由は、何もない。

 そもそも助けるという言葉すら、成り立たない。

 目を瞑る。

 

「だから、これでいい、はずなんだ。」

 

 僅かに残された意識の最後に、呟かれたその言葉は自分に言い聞かせるように。

 抗いようのない、睡魔に僕は体をゆだねる。

 

 今はもう、ただ泥のように眠ってしまいたい。

 もう何も、考えたくない。

 

 ――遠くの方で聞こえる足音。

 

 僕の意識は、ここで途切れた。

 

 

 右手に感じる重りを、傘を傾けて下ろす。

 

「はぁ、全く。こんなところにいたら風邪ひくよ――シヲリ君。」

 

 そんなに時間は経っていないのだろうに、彼の背中や頭には雪が既に積もっている。

 それを払うついでに起こそうかとこころみるも、一向に起きる気配はない。

 

「随分とこった魔術をかけたね。はぁ、仕方ない。」

 

 倒れ伏しているシヲリの左手を自分の肩にかけ、なんとか起こし、背中に背負う。

 脱力している人間というのは、かくも扱いずらいが、こんな状況下においてあまりない事は言ってられない。

 

「ふむ。重くなったね、シヲリ君」

 

 帰路。

 背中に感じる重みに思わず哀愁の念を感じる。

 こうしてシヲリ君をおんぶしたのは、久しぶりな気がする。

 そして、これが恐らく最後なのだろう。

 

 10年前、私が拾ったこの男の子は、どうやら知らない間に随分と大人に近付いていたらしい。

 しかし、まぁ。

 いつかは、こうなるのではとは思っていた。

 普通に生きていたい、という彼の願い。その願いを後押しはした。

 それが私の義務だとも思っていたから。

 

 しかし、こうなることはある程度必然であったのだろう。

 普通を求めるにはいささか、シヲリ君は度を過ぎて異常だったもの。

 

「ま、また選ぶといいさ。私は何も手伝わないし、力も貸さない。しかし、私は腐っても君の親代わりだからね。そのための、選択肢くらいは用意しておくよ。」

 

 届くことはないだろうが、背中に眠るシヲリ君にむけて私は言う。

 恐らく、私も日が昇る頃には彼女に関する記憶を消されていることだろう。

 これはそういう術式だ。全くもって腹が立つ。

 

「まったく、人の領土にずけずけと入って、かき乱して、私をおちょくるのもいい加減したまえよ。」

 

 しかし、私からは手が出せない。

 憎たらしいことに、私自身に実害がないと、正当防衛はなりたたない。

 そういう約束だから。

 

 そして私は今現在、何も害をこうむっていない。

 だから、わたしが力を貸すことはできない。

 が、しかし、シヲリ君がどうこうしたところで、それもまた、私の知ったことではない。

 

「さぁ、選びたまえよシヲリ君。

 私としてはどっちでもいいんだ。

 君がこのまま日常に戻ろうが、ひとたびこちら側に足を踏み入れてしまおうが。

 私は心底どうでもいい。」

 

 帰り道、シヲリ君を背負いながら一歩一歩歩いていく。

 久しぶりに見る雪景色は、酷く幻想的で、そしてやはり気持ちが悪かった。

 

 やっと帰ってきた我が家の戸を開き、彼自身の部屋に彼を寝かす。

 穏やかな寝息をたてているシヲリ君。

 私はそっと頭に手を添える。

 

「それは、君の選択だからね。」

 

 それを最後に私は準備のために部屋をでた。

 さて、この一連の騒動はどういう結末を辿るのか、これからのことを考えると少しだけ頭を抱えたくなり、ポケットから一本煙草を取り出し、火をつける。

 

 大きく、深呼吸をする。

 煙草の煙は陽炎のように揺れて、鼻孔をくすぐる。

 

「魔術士と言うのもまた、難儀な生き物だねぇ。」

 

 先程出会った同郷の共に、思いを馳せる。

 しかし、自分もまたその魔術士っであるのだから、救われない。

 

 

 

 

 




12日目、終了です。
次回より最終日です。

この物語は面白いですか?

  • 続きは気になる。
  • 読むのが疲れる。
  • 登場人物が好き。
  • 最期が気になる。
  • 設定が好き。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。