蒼雪の魔術姫   作:藍間道逸

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第4章 12日目「告白。」 急節「別れ。」

◇

 

 これ以上僕らは何かを話すことも、することもなかった。

 どれだけの時間、こういしていただろうか。

 やがて、彼女は静かに……少しだけ名残惜しそうに僕から離れて、腰を上げた。

 

 無音が僕たちを包み込んだ。

 この後どうしようかと頭を悩ませていた時、もう一つ、足音が後ろから響いた。

 猛烈な悪寒。

それは、きっと殺気と呼ばれるものなのだろう。

 

 あと数秒もこの場に立ち尽くしていれば、きっと僕は無残に転がる肉塊になっていたのだろう。

 動かなかったのは、気づかなかったからじゃない。別に、それでもいいかな、と考えていたからだ。

 しかし、その刃が僕を貫くことはなかった。

 

「殺すわよ。」

 

 気付けば、ルシャは僕の後ろにいた。

 そして、その先に、真っ黒の神父服のようなものを身に包んだ、鬼。

 いつの日かすれ違った、亡霊のような男。人の慣れの果て。

 ルシャはその男の手首を掴んでいた。

 

「久しぶりですね、先生。」

 

 目ぶかに被っているコート越しでも、わかりやすいほどに動きを止める。

 やがて、ゆっくりとコートを外した。

 

「気づいていたんだね、シヲリくん。」

「そりゃあ、もちろん。」

「いつの日か、忠告をしたはずなんだけどね。」

「そうですね。」

「……申し訳ないとは思ってるよ、でも君を殺さなければいけなくなった。」

 

 そういって、先生はゆっくりと僕に歩み寄る。

 その間に立つ、ルシャ。

 僕は言外に、大丈夫とルシャの方に触れるも、ルシャは微動だにしない。

 

「させると思う?」

「それほどまでに、大事かね。」

「えぇ、私が生きた証よ。」

 

 190にも届こうかという巨体に、服の上からでもわかる鍛え上げられた筋肉。

 だというのに、頬はやせこけ、くまは酷く、肌は病的に青白い。

ルシャの前に佇む彼からはおよそ生気という物を感じなかった。

 

「ならば、余計消さないと」

「駄目よ。失敗したら失敗したでしょ?それにもし仮にシヲリに手を出したらここで私は自害するわよ、勿論存在だって残してあげない。」

 

 早口に喋るルシャを男は漫然と見つめるのみ。

 

「もうどうしようもないわ。もう、条件は揃った、時間も無い、貴方はこれで儀式をやる他ないのよ。」

「それでも、不穏因子は消すに限る――」

 

 それは不意打ちにつもりだったのだろう。

 事実、ルシャは動くことはできていなかった。

 ただ、立ち尽くすだけの僕に、いつの間にか握られていた氷のナイフが迫る。しかし、それはやはり、僕の皮膚を食い破ることはない。

 

 ナイフは僕の目の先で停止する。

 鬼の瞳に僕が映る。

ただ、僕を見つめている。

 

「そうか、シヲリ君、君――既に壊れているのか」

「先生に言われたくないですね。」

 

 静粛な風が僕たちを包む。

 興味をなくしたみたいに先生は、ルシャを引き連れて、踵を返す。

 途端に、抗いようのない眠気が僕を襲う。

 

「え?」

 

 ぐらり、視界が揺れる。

 堪えようとするも、意識は自由落下を止めてはくれない。

 自分が倒れていることに気付き、衝撃に備えるも、ふわり、甘い匂いが鼻孔をくすぐる。

 

「ごめんなさい。こんな別れになってしまって。」

「る、しゃ。君、は」

 

 言葉を紡ぐこともままならない。

 僕に彼女の決定に介入する権利はない。また意味もなく、理由もない。だってそれは彼女の選択だから。

 それでも、最期に一つだけ、聞いておきたいことがあったことを思い出した。

 

君は――。

 

 しかし、それも叶わない。

 意識は、すぐに黒くそこへ。

 その最後に、声が聞こえた気がした。

 

「さようなら。私の全てだった人。あなたと過ごしたこの2週間が私の人生でした。」

 

 さいごに見た彼女は笑っていた。

本当に憎たらしいくらいに、花が咲くように綺麗に。

 それがどうしても理解ができなくて、自分がどうすれば良いのか分からなくて、ぼくはもうすでに動けなかった。

 動く気力も、もはやなかった。

 

 ただ、一言

「ごめんなさい。だけどありがとう。……またね、シヲリ。」

 

 それだけを残して彼女は去っていった。

 

◆

 

 ひんやりと、地面の冷たさが今は妙に心地がいい。

 薄れゆく意識の中、かすむ視界の端に彼女の姿を最後まで捉える。

 しかし、それもやがて消えた。

 

 沈む意識に身をゆだねる。

 何をする気にもなれない。元より今の僕には何もない。

 考えることは、これで良かったのだ。ということだけ。

 彼女は、誰かの代わりに生きてきた。

 

 ……私はね、依り代なの。

 

 彼女の生きる意味。

 生れてすぐに、彼女は生きる理由を見出されたのだ。20年。これが彼女に許された、時間だった。その間、誰の記憶に残ることも許されず、ただ人形として生きてきた。

 彼女もそれを良しとした。

 20で死ぬのは、短いだろうか。それを決めるのは僕では決してないし、ましてやほかの誰でもない。

 

 それは、彼女が死ぬことを受け入れていることも同じだ。

 彼女は別に、助けなんて求めていない。死ぬことが彼女の生存理由で、むしろ最後に抱いたわがままに付き合えただけで、彼女にとっては嬉しかったのだろう。

 記憶の中の彼女は、いつも笑っていた。

 いつも楽しそうに僕を引っ張って、嬉しそうに何かを話していた。

 

 ……だから、これでいい。

 

 僕に彼女を助ける理由は、何もない。

 そもそも助けるという言葉すら、成り立たない。

 目を瞑る。

 

「だから、これでいい、はずなんだ。」

 

 僅かに残された意識の最後に、呟かれたその言葉は自分に言い聞かせるように。

 抗いようのない、睡魔に僕は体をゆだねる。

 

 今はもう、ただ泥のように眠ってしまいたい。

 もう何も、考えたくない。

 

 ――遠くの方で聞こえる足音。

 

 僕の意識は、ここで途切れた。

 

◆

 

 右手に感じる重りを、傘を傾けて下ろす。

 

「はぁ、全く。こんなところにいたら風邪ひくよ――シヲリ君。」

 

 そんなに時間は経っていないのだろうに、彼の背中や頭には雪が既に積もっている。

 それを払うついでに起こそうかとこころみるも、一向に起きる気配はない。

 

「随分とこった魔術をかけたね。はぁ、仕方ない。」

 

 倒れ伏しているシヲリの左手を自分の肩にかけ、なんとか起こし、背中に背負う。

 脱力している人間というのは、かくも扱いずらいが、こんな状況下においてあまりない事は言ってられない。

 

「ふむ。重くなったね、シヲリ君」

 

 帰路。

 背中に感じる重みに思わず哀愁の念を感じる。

 こうしてシヲリ君をおんぶしたのは、久しぶりな気がする。

 そして、これが恐らく最後なのだろう。

 

 10年前、私が拾ったこの男の子は、どうやら知らない間に随分と大人に近付いていたらしい。

 しかし、まぁ。

 いつかは、こうなるのではとは思っていた。

 普通に生きていたい、という彼の願い。その願いを後押しはした。

 それが私の義務だとも思っていたから。

 

 しかし、こうなることはある程度必然であったのだろう。

 普通を求めるにはいささか、シヲリ君は度を過ぎて異常だったもの。

 

「ま、また選ぶといいさ。私は何も手伝わないし、力も貸さない。しかし、私は腐っても君の親代わりだからね。そのための、選択肢くらいは用意しておくよ。」

 

 届くことはないだろうが、背中に眠るシヲリ君にむけて私は言う。

 恐らく、私も日が昇る頃には彼女に関する記憶を消されていることだろう。

 これはそういう術式だ。全くもって腹が立つ。

 

「まったく、人の領土にずけずけと入って、かき乱して、私をおちょくるのもいい加減したまえよ。」

 

 しかし、私からは手が出せない。

 憎たらしいことに、私自身に実害がないと、正当防衛はなりたたない。

 そういう約束だから。

 

 そして私は今現在、何も害をこうむっていない。

 だから、わたしが力を貸すことはできない。

 が、しかし、シヲリ君がどうこうしたところで、それもまた、私の知ったことではない。

 

「さぁ、選びたまえよシヲリ君。

 私としてはどっちでもいいんだ。

 君がこのまま日常に戻ろうが、ひとたびこちら側に足を踏み入れてしまおうが。

 私は心底どうでもいい。」

 

 帰り道、シヲリ君を背負いながら一歩一歩歩いていく。

 久しぶりに見る雪景色は、酷く幻想的で、そしてやはり気持ちが悪かった。

 

 やっと帰ってきた我が家の戸を開き、彼自身の部屋に彼を寝かす。

 穏やかな寝息をたてているシヲリ君。

 私はそっと頭に手を添える。

 

「それは、君の選択だからね。」

 

 それを最後に私は準備のために部屋をでた。

 さて、この一連の騒動はどういう結末を辿るのか、これからのことを考えると少しだけ頭を抱えたくなり、ポケットから一本煙草を取り出し、火をつける。

 

 大きく、深呼吸をする。

 煙草の煙は陽炎のように揺れて、鼻孔をくすぐる。

 

「魔術士と言うのもまた、難儀な生き物だねぇ。」

 

 先程出会った同郷の共に、思いを馳せる。

 しかし、自分もまたその魔術士っであるのだから、救われない。

 

◆

 

 

 

 




12日目、終了です。
次回より最終日です。

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