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こうして一人で夜道を歩くのは、随分と久しぶりな気がする。
40分ほど歩いただろうか。
目的の場所が見えてくる。
目に映るのは最寄りの駅すら無人になり、改札もないほどのさびれた通り。
既に使われなくなって随分とたつ見るからに老朽化が煤でいる廃居群。こうして歩くと、寂しさを通り越してどこか死の冷たさすら思わせる、そんな場所。
――そこには、今はもう使われていない教会が、1つ。
ぼろぼろで草木に絡みつかれているが、良く見ればそこまで汚くないことがわかる、綺麗に隠されてはいるものの、明らかに他と異質なことが僕の眼には明らかに映った。
錆びた門は、既にわずかに空いていた。
招かれているようにも見えるその門は、やはり、僕が入るとひとりでに締まる。
一歩、また一歩と。
こんな状況だというのに、意外と足取りは軽く、気持ちも落ち着ている。
もう一歩、そして、扉に手を掛ける。
当時は、大層きらびやかであったであろう立派な境界、扉は木製の大きなもので、グッと力をこめたら簡単に開いた。
体育館の半分ほどのサイズの空間に、横長の椅子。
想像通りの境界の中身、その先にはルシャが目を見開かせて、拘束された状態でこちらを見ていた。
足音は僕以外にもう一つ。
教会内のよこの子部屋からそいつはでたきた。
「やっぱり君は来るんだね。」
死相を浮かべて、その大柄の鬼は僕を見る。
さびれた教会に、伸びる影は三つ。
理由のために死ぬ少女と、誰が為に生きる魔術士――そして、1度死んだ異常者がここに1人。
少女は叫び、魔術士は憤り、それをみた異常者は、
道化を演じて、笑って見せた。
◆
「どうしてあながここに居るの――シヲリ!」
少女の慟哭が教会内に響く。
教会は言ってすぐに立つ、その対角にルシャは縛られ、僕達2人を別つように魔術士が、重々しい足取りと共に、間に立つ。
教会の奥、ルシャは、今にでも泣き出してしまいそうな顔で僕を見つめる
「どうして、来たのよ、シヲリ……。」
怒りに、後悔、悲しみに、色んな感情にぐちゃぐちゃになっているルシャ。
「君に、聞き忘れたことがあった。」
「聞き忘れって、そんな、たったそんな理由でここにきたの?」
「うん。そんな理由で、僕はここに来た。」
がらんどうの境界に僕たちの声はよく響いた。
「まさか、私を助けるとか、連れ出すとか、そんなことを言いに来たわけじゃないわよね。」
僕は答えない。
もし、僕がもう少し優しかったのなら、そんな未来もありえたのだろうか、と少し考える。
「私は、これでいいの。これがいいの。私の生きた理由を奪わないで、私は本当にすごい、満足しているの。」
訴えるように、懇願するように、彼女は喉から言葉を絞り出す。
つまるところ、そう言うことなのだ。
彼女はどこまでも優しい、そんな人間だから。
「言ったじゃない。あなたに出会えて良かったと。日を跨げば私に関する情報は世界から消えてしまうのかもしれないけど、それでも、私はあなたを覚えているし、貴方も私を忘れないと、そう言った。私の存在は、貴方によって証明されたの。これ以上私は何も望まない。」
叫ぶように、彼女は言う。
その姿は、まるで小さな子供が泣きわめいているようだった。
僕の視界に彼女がうつる。
「あぁ、分かってる。全部、聞いた。全部、知っている。」
「なら――」
顔を上げる彼女の顔は悲嘆に暮れていた。
だから、僕はここにきた。
「自意識過剰だよ、ルシャ。誰がいつ、君のために、ここに来たと言ったんだ?」
にやりと、笑って見せる僕。
彼女は困ったように、目を丸くさせる。
「は?それなら、どうしてこんなところに来たのよ。」
「決まってるじゃないか。」
そう決まっている。ルシャのためでもないし、ましてや石造のように動かない後ろの魔術士に何か恨みがあるわけでもない。
間抜け面をさらしているルシャが、どうにも面白くて僕は笑って、腰をあげる。
「僕は、僕のためにここに来た。」
簡単な話だった。
いろんな理由を考えていた。
僕がルシャを助ける、そんな行為が成り立つ、素敵で格好のいいヒーローになれる意味を、建前でもいいから探していた。
でも、結局そんなものは見つけられなくて、だから諦めていた。
「――ルシャ、君に一つ聞き忘れたことがあるんだ。」
ゆっくりと正眼に魔術士をとらえる。
後ろのルシャは事もなげ、がっくりとうなだれ僕を諦める。
「何よ。」
「君は、死にたいのか?」
これが、僕の聞きたかったこと。
最後の最後まで、聞くことを恐れて、聞けなかった彼女の真意。
彼女は僕に殺されたがった。
死ぬには、別に怖くないと。
私はこれで十分なのだと、そういった。
しかし、ただの一度として、彼女は自死を選ぼうとしたことはなかったのも知っている。
「――馬鹿ね。あなたって、本当にバカ。本当にそのためだけにここにきたの?」
「あぁ、僕はそのためだけに、ここに来た。」
そんなにも生きるのが嫌だったのなら、命など自分から捨ててしまえばいいのだ。
幸い、人には自分から死を選ぶという権利が付与されているのだから。
それでも、彼女はそうしなかった。
だから、きっと、それは、そういうことだ。
「それで、どうなんだ?君は死にたいのか?」
「私、は。」
迷う声。
言っていいのか、どうなのかがわからないのだろう。
それでも、絞り出すように彼女は零した。
「私は……死にたくない。」
死にたくないと、そうつぶやいた。
ほかでもない、彼女がそういった。、
それは、殺されたがりの少女が、初めて口にした生への執着だった。
それで、十分だった。
その言葉を最後に、ルシャは意識を落とした。
「悪いね。もう時間だ。」
魔術士がゆっくりと、こちらを振り向く。
何を考えているのか分からない、能面のような顔だ。
「せっかちですね。」
「最後に、チャンスをあげる。ここで引くなら、僕はその背を襲うことはないと、約束しよう。」
魔術士が、こちらに手をかざす。
その手のひらには、暴力のような青の奔流が集中して、次第に綺麗な紋様が空中に投影される。
「……そうだな。だから、これは僕のわがままだ。」
僕はメガネを外して、制服の内ポケットにしまう。
久ぶりの晴れた視界は、清々しさを感じるものの、すぐさまずきずきと脳が悲鳴をあげ始める。
「その必要はないですい。」
「……そうか。残念だ。」
ここに、主張は2つ。
どちらが正義とも悪ともいえない。
どころが、仮に決めるとしたらきっとそちら側では僕こそが悪にすらなるのだろう。
2つは決して混じらず、平行線。
話し合う必要性はなく、また、その意味すらもない。
魔術士の前に投影される円形の紋様がひときわ光ったと思えば、すさまじいスピードで氷の凶器が僕に迫る。
「戦争を、はじめようか。」
それを僕は、いつの日か譲り受けたままになっていたナイフで両断する。
「いいですね。わかりやすくて。」
結局のところ、これしか解決策は無かったのだ。
平和的解決なんて叶わぬ理想論だ。
重ならない主張があるのなら、どちらかを押し通し、どちらかを圧殺するしかない。これは、そういう戦いだ。
すなわち、奪い押し付け不条理をていする、殺し合いの、戦争だ。
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