蒼雪の魔術姫   作:藍間道逸

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第4章 13日目「わがまま」 結節「終戦」

 

 魔術士は自分の魔術が通じなかったことに少し驚いたのか、少し足を止める。

 その隙に僕は思いっきり地面を蹴り、魔術士との間合いを詰める。

 魔術士がはなった魔術、ルシャの魔術を見たことはあるが流石に魔術を使う際は少しのラグがあらしい。

 しかも遠距離からの攻撃ができるとなれば、僕としては距離を詰めるほか選択肢がない。

 

「見えているのか?」

 

 魔術士との距離がゼロになるまでに、何度か魔術を行使されたがそのことごとくを僕は特に労力なくよける。

 

「うん、見えてるよ。僕の眼は、そういうの、良く見えるんだ青くて、複雑で、とても奇麗だと思う――よ!」

 

 故に、魔術自体は僕にとってはそこまで脅威ではない。

 打つ場所もタイミングも分かっていれば後は弾幕ゲーと一緒だ。

 僕は魔術師との距離が詰まったところでがら空きの腹部に拳を突き出す……が、しかし、問題はここからだった。

 

「――そうか、マミ君が貴様を拾ったのはそういうことか。」

「がっっ」

 

 そのまま吸い込まれるはずだった僕の拳より先に、魔術士の足が僕の腹部に突き刺さる。

 隣の椅子まで吹き飛ばされる、あまりの衝撃に僕はお腹を抑えてせき込む。

 

「でも、それだけだ。少し珍しい目を持っているだけで、シヲリ君が一体、僕に何ができる?」

 

 それでも、なんとかふらり、立ち上がる。

 

「さぁね、何ができるだろうね。」

 

 そんなこと、元より分かっていた。

 少し周りとは違う目を持っているからと言って、持っている僕自体はあまりにも平凡だ。

 アスリートみたいな筋肉があるわけでもなく、ルシャやマミさんみたいに魔術が使えるわけでもない。

 

「それでも、先生に勝つことくらいは、できそうだ。」

「若いね。」

 

 魔術そのもので僕を攻撃するのは悪手とみて、こんどは魔術師の方から僕との間合いを詰める。

 瞬きする間に、目の前に迫りくる魔術士の拳を、咄嗟に頭を下げることでよけるも、次いで下からくる膝に再度僕は吹き飛ばされる。

 

 ――イタイ。

 

 追撃に、迫りくる氷の凶器をころがることでかわす。

 膝を受け止めた額が切れて視界に赤が交じる。

 

 ――痛い。

 

 立つたびに、拳が振るわれ、かわせば足が飛んできて、距離をとれば魔術がとんでくる。

 本当、無理ゲームいいところだ。

 が、しかし、それも大分慣れてきた。

 幾重も殴打された身体は全身が痛みに悲鳴をあげ、ところどころは擦り傷や切り傷で出血しており、頭を殴られてか、気を抜けば視界が揺れて、今にも倒れそうだ。

 

「まだ、立つのか。」

「あぁ、立つよ。この戦争は、どちらかが、動かなくなるまで、続くものだろう?なら僕は動かないと。」

 

 顔を上げて、愉快に笑う僕。

 不快なものをみるように、魔術士は僅かに目を細め、その声には侮蔑が入り混じっている。

 あまりの激しい動きにか、それとも痛みのせいか、少しテンションがハイになっている。

 

「痛みを感じてないのか……っ?」

「痛いよ、でも痛いだけだ。」

 

 魔術士の攻撃をかいくぐって、太もも切らんと懐刀を振るう。

 しかしそれは、呆気なく防がれる。

 

「貴様、怖くないのか。」

「今この状況で、怖いっていう感情は不必要だろう?」

 

 ポツリ、ぽつり、と呟かれた魔術士の疑問に僕は答えていく。

 その時、初めて僕から魔術士が距離をとる。

 

「僕が怖いのか、魔術士。」

 

 魔術士は答えない。

 ただ、空虚に僕を見るだけ。

 いや、魔術士は気味が悪そうに

 

「そうか」

 

 とただ一言、吐き捨てる。

 かと思えば、明らかに魔術士の様子が変わる。

 全身に青く、線が走る。

 まるで血管のように細かく。一目で分かった、こんどこそ、彼は僕を殺す気だと。

 

「私が間違っていた。」

 

 消えた、と錯覚するほどの急加速。

 頭を狙って繰り出された彼の蹴りを紙一重でかわそうとする、が左耳が鋭く切れる。

 だばだばと、血液が首に届く。

 痛みはもう、ひいていた。

 

 ――頭がクリアになっていく。

 

 かわした、所に次いで、さらに蹴りがとんでくるも、それも頭を下げてかわす。

 下げた頭に、上から踵が振ってくる。

 それを、横にころがってかわす。

 

 ――僕は真っ直ぐに魔術士を見る。

 

 立ち上がった僕の顔に、拳が飛んでくる。

 

「――っ。」

 

 よけるのは間に合いそうにないから、その手を横から叩いてそらす。

 すると、魔術士は勢いそのままにこちらに来るので、そこに拳を置いておく。

 

「!?」

 

 しかし、魔術士も無理やり体制と整えて僕を横なぎに蹴り飛ばした。

 

 ――まだ、届かないか。

 

 力もなにもこもっていない、緊急でだされた蹴りなど特に痛くもなんともなく、僕はすぐに起き上り、魔術士を再度見る。

 魔術士に先ほどまでの余裕はなく、荒く息を乱して、目を見開いてこちらを見る。

 魔術士は地を駆け、僕の元へ。

 再び拳戟が繰り出される。

 

「はぁ、はぁ、はぁ。」

 

 呼吸は浅く、最低限でいい。

 頭はボーっと熱を始めるも、かつてないほど調子がいい。

 拳はそらし、蹴りは紙一重でかわしていく。

 かと思えば、上空で氷の剣が生成され、それを振るわれるが、それも右手に持ったナイフで破壊する。

 

 そらし、かわし、いなし。

 魔術士に先までの冷静さはなく、それがかえってよけやすくなっていた。

 

「……っっ!」

 

 左手に持ち替えた剣を僕へと突き出す。

 その丁度中央に、僕の剣先を当ててやれば、氷に亀裂が入って破壊される。

 今、彼の眼には僕がどう映っているだろうか、いつか見た、化け物をみるような目で魔術士が僕を見る。

 

「シヲリ君、君は……っ。」

 

 無造作に放たれた魔術が、僕と魔術師の間に落ちる。

 僕と魔術師に、腕3本くらいの間があく。

 僕には彼が一体何を言っているか分からないが、さして問題はないと思い、素直に答えることにした。

 

「怖いですか、僕が。」

「不気味ですか?」

「恐ろしいですか?」

 

 酷くうろたえた様子に、自傷気味に僕は笑う。

 

「なんだ、こっちでもやっぱりおかしいものなのか。」

 

 それは、少し安心した。

 が、それと同時にどうしようもない疎外感を得た。

 ずっと怖かった。

 

 魔術という異常が当たり前にあるこの世界では、折角隠した僕のこの異常が暴かれてしまうのでは、と。

 そして、認められて、魔術的ななんやかんやで、この目を日常的に使うようなことがでてくるのでは、と禁忌した。

 だから、この目が魔術の世界でも異常だということを聞いて、受け入れられるものではないと聞いて安心した。

 

 不自然なほどの無音が、場を満たす。

 恐らく、これが最後の一合となるだろう。

 僕もいい加減体力の限界だ。

 

「僕はね、目が良いんだよ。魔術士。これはそれだけの異常だ。」

「目が、いい?ただそれだけで――」

 

 そこまで言って、魔術士は何かを思いついたのか、口を開けたままその場で固まる。

 彼が何に気付いたのかは知らないが、その答えを知るのは無意味に思えた。

 だって、知ったところで僕のこの目の異常はなくならない。

 

「――そうか。マミ君め、とんでもないものを育ててくれたな。」

 

 ぼそり、と呟かれたその言葉は生憎僕の耳には届かない。

 

「前言撤回だ。シヲリ君。君はここで、死ぬべきだ。君のそれは、この世界に存在していいものではない。無論、それを持っている君もだ。」

「酷いいい様だな、僕はこんなところで死にたくない。」

 

 魔術士が目にもとまらぬ強さで地面を蹴る。

 先までとはくらべものにならない速さに対応できず、右足を深くえぐられ、膝をつく。

 次いで差し出した懐刀を持っている二の腕切られ、だらり、と腕が下がる。

 そして

 

「死ね。」

 

 逆手に持ち替えた剣が、僕の頭をとらえた。

 

 

 決着はついた。

 魔術士に体を寄せ、足を思いっきり払い、魔術士を床に押し付ける。右腕はもう力が入らない。故に左腕でなんとか右腕を持ち上げ、そして――

 

 ――魔術士の横腹に、思いっきり懐刀を押し付けた。

 

「僕の、勝ちだ。」

 

 うわ言のように、呟くだけ。

 全身ぼろぼろの僕に、片や、信じられない様子で胸に刺さった懐刀をみつめる魔術士。これでは、どちらが勝ったのか分からないが、それでも

 

 ――突如、教会内全体にガラスの砕ける音が鳴り響いた。

 

 この勝負は、確かに僕の勝ちなのだ。

 

「本当、最悪の結末だ。」

 

 倒れ伏す魔術士をよそに、僕は風前の灯火である体力をなんとか奮い立たせ、起き上がる。

 もう、これで終わりかとおもうと、無理だと思っていた体も動いてくれた。

 

 ――これまでして、誰も幸せにならない結末なんて、正しく最悪と言って良い。

 

 誰かのために生きた魔術士は、その目的を壊された。

 日常を生きたかった少年は、自らその道を踏み外した。

 

 なんとか立ち上がえり、ルシャの元へ。

 足が重い。

 鉄のように重い足を引きずりながら、一歩、なんとかもう一歩と彼女の元へと歩いていく。

 

 ルシャは教会の一番奥で、相変わらず呑気に眠っている。

 視界がかすむ。

 引につなぎとめていなければ、今にもでも意識を手放してしまいそうだ。

 全身の筋肉は今にもばらばらになってしまいそうだし、肺も心臓も酸素が足りていない、今にも嘔吐できそうなほどに不快感には襲われ、脳震盪でも起こしているのか、視界は揺れ、足取りも覚束ない。

 

 全くもって、自分はどうしてこんなにも頑張っているのか。

 ドン、ドン、と3人しかいない教会では僕の不細工な足取りは良く響いた。――そして、その後ろのごそごそと起き上る音も。

 もう、そちらを振り返る気力もない。

 

「……これで、終わりか。」

「はい。先生。」

 

 何かを無理やり抜く音が後ろ響く。

 懐刀を刺した、と言っても腹部を刺しただけだ、結局僕に人を殺す勇気はなかった。

 

「これは、君のだ。私には必要ない。」

 

 そう言って、僕の目先に懐刀が放り投げられる。

 赤く、血で濡れたその刀身。

 数秒前、肉を裂いた感触が手に戻ってきて気分が悪い。

 魔術士はそれだけを言って、ぼくとは反対方向へと歩き出した。

 

 僕とは違って、しっかりとした足取りは、徐々に遠くへと、やがて扉を閉める音と共に姿を消した。

 

 ――そして。

 

 今回の騒動、一番の被害者である、真白の少女を前に、僕はようやく腰を下ろす。

 理由のために生きた少女は、その理由を奪われた。

 

 他でもない、僕が奪った。

 だから今からやるのは、その罪の清算。

 少女を繋いでいた鎖がとく。

 

 地面へと落下するルシャを僕はすんでのところで受け止める。

 両手に触れる、細くて奇麗な白銀色の髪が、僕の血液で汚れてまう。

 うっすらと、目をあけた少女に、僕は告げる。

 

「お待たせ、ルシャ。――お望み通り、君を殺しに来た。」

 

 

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