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僕の告白を、少女は笑う。
「起きてたんだ。」
「えぇ、あまりにもあなたがうるさいから、ゆっくり眠ることもできなかったわ。」
ゆっくりと開けられた瞼には、安堵に笑う僕の姿が映っていた。
ルシャはそんな僕を皮肉るも、そこまでの元気はないのかいつもの覇気はない。
今や教会の中には僕とルシャの二人だけ。
「バカね。」
外は雪が覆い隠しているからか、耳をつんざくほどの静寂が僕達を包む。
「本当、バカ。」
「ごめん。」
「これじゃあ、私生きた屍じゃない。目的もなく、理由もなく、意味もない。私には存在している理由がなくなってしまった。生きる理由を奪われた。……なるほど、文字通り、私はあなたに殺されたわけね。」
ゴーン、と厳かな鐘が響く。
こんな寂れて、使い物にならない教会で教会の鐘が機能している訳がなく、恐らくは幻聴だろう。
そうでないとしたら、最期を知らせる鐘だったのか
――2021年、1月1日。
確かに、その時日は既に跨いでいた。
「シヲリ、私の事が嫌いなの?」
「いや、まさか。」
「それなら、私がこんな結末を望んでいないことは分かっていたはずよ」
怒っているのだろうか。
しかしその言葉は淡々としていて、眼鏡をかけた今、その真意は測りかねる。
「うん、知ってる。だから、言ったじゃないかこれは僕のわがままだって。」
そう、わがまま。僕がルシャを助ける理由も意味も必要性も、なにもなかった。
だから、これはただの僕のわがまま。
そんな僕にルシャはただ
「そ」
とだけ返した。
彼女を抱きかかえて、立ち上がる。
羽のように軽い、彼女の体は、今の僕の状態でも不思議と持ち上げることが出来た。
「あれから、考えてみたんだ。」
「何を?」
「生きるって、どういうことか。ってことを。」
ルシャに言われて、生まれて初めて考えた。
「そ。答えは出た?」
僕は静かに首を振る。
あの時は答えられなかったから、こんどこそ何か、と思ったけど、やはりその質問に答えるには僕はあまりにも何も考えずに生きてきてしまった。
「それなら、どうしてあなたは、私を生かしたの?」
だから、その答えくらいは見つけてきた。
彼女が生きてもいい、ただそれだけの理由を。
僕が彼女を助ける、その理由だけを。それはやっぱり、理由なんて崇高なものではないのだけれど
「それでも僕は君に生きていてほしかった。」
まっすぐにルシャを見つめる。
ただ、それだけは僕の嘘偽りのない、思いだったから。
それを押し付けるためだけに、ここに来た。
ルシャは、ゆっくりと目を閉じる。その目じりからは一筋の涙がこぼれていた。
「ルシャ、君は生きることに理由がいるという。
だけど僕にはそれが分からない。
君がそのために死ななければいけない理由も、君がそれを受け入れている理由も……勿論僕が生きている理由だって僕にはわからない。」
独白のように呟かれる僕の言葉はルシャは黙って聞いている。
その目元には大量の涙が、僕にその涙の理由さえ、わからない。
「だから、そんなものいらないんじゃないか、とそう思ったよ。生きる理由なんて、僕達には必要ない。」
また、考えるにはあまりにも若すぎる。
答えを出せるのはきっと、もっと後になってだ。
そんなものが、彼女に言われて考えた僕の、僕なりの回答だった。
生きる理由なんて、ない、今のところは。
そんな思考放棄ともとれる僕の答えにルシャはどう思うだろうか、呆れるだろうか、がっかりするだろうか、軽蔑するだろうか、刹那、様々な不安が胸内を逡巡したが、彼女は、ただ真剣に僕を見るだけだった。
「生きることに、理由はいらない、か。」
「あぁ、人間は理由をもって生きていけるほど強くはない。」
足を引きずりながら、なんとか外へと向かっていく。
「それでも、最期。
自分の歩いてきた道に、どうか、何か意味がありますように、と人はそこで初めてもっともらしい理由をつけるだけだと、そう思った。」
暫しの間、彼女は何もしゃべらなかった。
そして、掌に冷たさを感じるころ、彼女は口を開く。
僕は僕で、外に気配を感じて、ルシャを抱きかかえ、出口へとゆっくり歩いていく。
「それは、とても辛いわね。私はこういう生き方しか知らないから、そんな生き方はあまりにも自由で、あまりにも怖いわ。」
それは、彼女の本心だったのだろう。
驚いて、彼女の方を見るも、彼女はぼくに悟られまいと腕の中で暴れて、スカートについた埃をはらう。
「あ、ちょ。」
「自分で、歩けるわ。」
そう言ってルシャは僕の前をあるいて教会の外へと歩き出す。
この時、僕ははじめて彼女の心に触れた気がした。
もう、怖くない。
そして、あの日感じた美しさももう、消えていた。
それは偏に彼女と仲良くなったから、とかそんな理由ではない。
彼女はその日から、今日にいたるこの日まで、正しく完璧だったのだ。
彼女は彼女としての機能は十全に果たし、気高く、美しく、一切の穢れのない、彫刻のような存在だったのだ。
故に、だからこそルシャは人間としては、致命的に不十分だと、そう感じていた。
だって、人間にそんな強く完全な存在なんていない。
……弱く醜く、不完全で、みっともない存在こそ人間だからこそ、僕は彼女がとても人間とは思えなかったのだ。
人間というにはあまりにも彼女は生物として完成していた。
そして、そんな美しい生物を、僕が殺した。
彼女はゆっくりと階段を下りていく。
その背中に僕は声を掛ける。
きっと、彼女はこれから、苦しみもがきながら生きていくことになるのだろう。
もしかしたら無気力に、機械的に毎日を過ごすことになってしまうかもしれない。
だから、これは罪の精算。
「だからさ、ルシャ。これからは、僕のために生きてくれ。」
自分自身にも呪いをかけるような、この言葉。
階段半ばで、ルシャは時を忘れたように制止する。
「生きるのが怖いというなら、それでも君が生きていくのに理由が必要だと言うなら」
白銀色の髪を奇麗に揺らして。
「きっと君が一人で歩いて行けるその時まで、僕のために生きてくれないか。」
ルシャがゆっくりとこちらを振り向く。
これが僕の彼女へ送る最後のわがままだ。
なんと傲慢で、独善的で、愚かな言動だろうか、僕のこれは、彼女にとっては呪いのようなものだろう。
そして僕にとっても。
「僕が生きてほしいと願ったから、君はそのために生きてくれ。」
一体、いま僕はどんな表情をしているのだろうか。
極度の疲労と痛みで、もはや頭はほとんど回っておらず、視界もぼやけてきた、それでも言いたいことは、言うべきことはこれで全部だ。
そして、美しい鈍色の瞳に僕を映す彼女は、これまでで1番の表情をしていた。
それで思わず僕は息をのみ、痛みすらも忘れて、ルシャを見る。
「ありがとう、シヲリ。」
雪も溶けそうなほどに、暖かで、綺麗な笑顔。
彼女は今、確かにありがとう、とそう言った。
それで何もかもが報われた気がした。
もう力を振り絞る必要なんてなくて、僕はその場に座り込む。
教会をでていく彼女を呆と眺めたまま、横になる。
それを最後に僕の記憶は途絶えてしまった。しかしそれでいい。
この物語は、確かにだれも幸せにならない、最悪の結末を迎えた。
それでも彼女はこうして生きてく、それだけで、よかった。
それだけでこの物語は、意味があった。
◇
どうも、藍間です。お久しぶりです。
蒼雪の魔術姫、これにて完結です。
まず最初に。
拙い文章にも関わらず、ここまで付き合ってくれた読書の方、本当に読んで下さりありがとうございます。
まだまだ、粗削りな部分や、書き切れていないところもありますので、修正等は加えていきますが、この物語はいったんここで終わりとなります。
本当に、ここまでありがとうございました。
次回作も、よければ読んでください。
PS.最後に終章、後日譚のようなものもあります。
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