終章「存在理由。」
◆
2022年4月9日。
退屈な入学式を追えて、僕はそのままマミさんの屋敷へと向かう。
住宅街の真ん中にある、塀に囲まれた木造の家。その家の玄関は相変わらず施錠はされておらず、ため息を吐きながら中に入る。
「お邪魔しまーす。マミさーん?来ましたよー?」
大声で叫んでみるも、その声に反応はなく。
仕方なく僕はスリッパに履き替え、屋敷中央の階段を上がっていく。
そしてマミさんの部屋でノックをして、呼びかけてみるも――
1。2。3。4。5。
「……応答なしっと。」
心の中でもうさらに五秒数えたが、案の定というか、期待通りというか……いや起きていることを期待しているので期待外れではあるのだが、まぁ想像通り、予定通り返事が返ってくることはなく、大きく一つため息をはく。
とりあえず、一応
「起きている人ははいと言ってください。」
と言っておくがもちろん一人を除いてそれに応えるものもいない。
そしてそれに答えたのも僕自身だ。
このまま扉の前でつったってても仕方がないので
「入りますね」
と声を大にして言ってから目の前のドアノブをひねり、を開ける。
開けて、視界に広がる部屋を見て
「う……、わぁ……。」
思わずその有様に声を漏らす。
ドン引きである。
彼女の名誉のために言っておくとこの部屋はかなり広い。
おそらくは執務室として使われる予定だったのであろう部屋はカラオケボックス2個分の広さで正方形の形をしている。
しかしそんな部屋の広さなど微塵も感じさせないほどの大量の謎のオブジェクトに、床に敷かれている真っ赤な絨毯は、肌触りなどなく床中に所狭しと散らばっている書類の数々。
「…………はぁ。」
その中央には膨れ上がった白い物体がもぞもぞと幼虫のごとくわずかにうごめいている。
所謂お部屋ではなく汚部屋というやつである。
慣れたものではある。
別にこんなの、日常茶飯事と呼べるまであるがそれでも毎度のごとく痛む頭を抑えるようにこめかみを指で押さえる。
「一体どうしたら3日でここまで散らかすことができるのだろうか。」
そんなことを言えば3日もあれば部屋が散らかるには十分すぎる、なんて謎の自信とともに返されるんだろうな、なんて考えながらしっかりと片手に準備しておいたファイルに書類をいったん放り込みながら部屋の中央へと開拓していく。
「……ゥ~、スゥ~……。」
耳を澄ませばそんな可愛らしい寝息が聞こえてくる。まったく人が頭を抱えている中、当の頭痛の種は呑気なものである。
そして。
ようやく、そこへたどり着いた僕は容赦なく……ということはせず、ゆっさゆっさと柔らかいその物体を揺り動かす。
「おはようございます。マミさん。起きてください」
「んん、」
「マミさんってば。」
「んんんんんん……もう朝なのかい?」
返ってくるのは、くぐもった苦しそうな声。
「朝どころが昼ですよ、僕も大学が終って帰ってきたところです。」
「あぁ、もうそんな時間なのか。」
随分と眠そうな、けだるそうな低い声でマミさんが言う。
確かにそうなのかもしれないが、こちとらそういうわけにもいかない。
「で、どうするんですか?このまま寝るなら、僕は自分の家に帰りますけど。」
「あぁ、起きるよ、起きるとも。」
ゆさゆさと揺さぶれば白いシーツから飛び出している真っ黒のふわふわの髪の毛も一緒にゆらゆらと動いている。
かと思えば、あきらめたのかニッ、と手が出てくる。
……これは起こしてくれという意味であるのはもう結構になるマミさんとの経験であるので承知している。
「ん、ほら、はい。おはようございますマミさん。また遅くまで何かやってたんですか?」
「あぁ、――おはようシヲリ君。とてもいい目覚めとは言い難いね。」
肩が抜けないように慎重に腕を上に引っ張ってマミさんを布団の中からつり出す。
もちろん多少強引に手を引いたところで人間の関節が抜けるわけがないのだが女性の体というのはどうにも柔らかいというかもろそうでつい気を使ってしまう。
もちろん邪念などない。
「はぁ、またこんなところで寝て。風邪ひきますよ?」
聞こえているのかいないのか、おそらく聞いていないほうであろう体を左右に揺らしながらマミさんは適当にん~とだけ返事をする。
「私はさっき寝たばかりなんだが」
「でも起こしてほしいって言ったのはマミさんのほうでしょ?」
ほら、と言ってスマホの画面を見せれば、それはそうなのだが、と駄々をこね始める。
僕も朝は苦手だがマミさんほどではない。
それに僕は朝が苦手だが嫌いではない。
対してマミさんは苦手で嫌いなのだから、こうなってしまうのも仕方がないのかもしれない。
動かない頭を動かそうとしているのか、回そうとしているのかチョコン、という擬音語が聞こえてきそうな可愛らしい、いわゆるお姉さん座りをしながら上半身を左回りに回転させて、腰を鳴らしている。
「あまり年上の、それも母代わりである私を可愛いというのは感心しないね。」
「いつもいいますけど勝手に人の頭を除かないでください。」
「君はわかりやすいからねぇ。」
ようやく声らしい声をあげてマミさんはやっぱり苦しそうに片目だけをあける。
――そして何を隠そう、この目の前の女性こそ僕の母である黒上マミである。
そんな紹介をしていたら肩まで被っていたシーツが落ちてその全容が明らかになる。
一般男子校高校生には目に毒、いや目の保養ともいえる肉体が惜しげもなくさらされる。
毒と薬は捉えようとはよく言ったものである。
「なんで服着てないんですか?」
「何を言う、下着は着用している。」
そういうことだがそういうことじゃない。
僕は慌てることなく椅子に掛けられている服、らしきものをマミさんのほうへと投げ渡す。
それからすっかりと起きたマミさんは僕に先に居間で待っていてくれと言ってお風呂場へと歩いていった。
まったくマイペースなことだが、いつもの事なのでもう慣れてしまった。
言われた通り僕は二人分のコーヒーを淹れて、椅子へと座り、口につける。
……はぁ、なんだか随分と朝から疲れた気がする、のは気のせいであると信じたい。
テレビをつけ、本棚から適当に本を見繕いテーブルの上でページをめくる。
何でもない、いつもの僕のルーティーンが終わった瞬間だった。
――2年前、あの事件から僕はここで魔術士であるマミさんの手伝いをすることになった。
なんでも、魔術の世界にも規定やらなんやらいろいろあるらしく、それを満たさないと面倒なことになるらしい。
あれ以来――魔法使いの少女との出会いからひと悶着があって、僕は晴れてというべきか、まことに遺憾ながら魔術師見習いという称号で働くことになったのだ。
僕がこんなことをする羽目になった当のルシャはというとあのまま魔術協会とやらに引き取られて、それっきり。
しかしそれで良かったのだ、と思う。
なんて、少しだけ昔のことに思いを馳せながら本を読み進めているとタオルを首からかけたマミさんが部屋に入ってきた。
「や、お待たせしたね。」
「いえ、マミさんのコーヒーはそこに置いときました。」
そういうと、マミさんもありがとう、と感謝の言葉を言って対面の席へと腰を掛ける。
眠気はすっかりと消え去ったらしく、いつも通りはきはきしたマミさんである。
しかし本当、こうしてみると身内びいきなしに容姿が整った女性であると実感する。
寝ぐせまみれの髪の毛も今は落ち着いて、ボリューム感のあるふわふわとした濡れ羽色のボブカット。
身長は、僕より十センチ低いくらいだろうか?
女性にしては高めの身長でジーンズに白のワイシャツというスタイルは華奢なマミさんの身体にも雰囲気にもよく似合っている。
僕の視線に気づいたのか手に持っている書類を下げると、猫を連想させる大きな青とも緑ともとれる深海に似た色の瞳が僕を映す。
「それで、今日は一体どんな様だったんですか?いつもは早くて夕方からしか動ないのに、お昼から何て珍しい。」
いつもは週に3回ほど夕方ごろに集まって、マミさんの手伝いをして夜には帰るという感じなのだが、今日は珍しく、というよりも初めてこの時間に呼び出されたので少し驚いている。
まぁ、しかし、お手伝い、といっても本当に僕が受け持っているのは雑務なのだが、基本的には金銭面に関して非常に金遣いが荒いマミさんの家計簿をつけたり、書類を整理したり、マミさんあての手紙や依頼などに代筆で返したりと、その程度。
そしてたまに
「あぁ、君に頼みたい依頼があってね。」
――数か月に一度、こうして依頼を任せられるくらいだ。
これがまぁ、それはそれは面倒で、時期も分からず不定期で内容もばらばらで予想もつかないことから、僕は心の中で緊急クエストと呼んでいる。
「嫌そうだね。」
目に見えて分かりやすく落胆する僕に、マミさんはくすくすと笑みを深める。
「まぁ、そうですね。いやですね。」
「少しは自分の気持ちを隠すとかしたらどうだい?」
「しませんよ、メリットないですし。」
すねる僕をよそに、マミさんは部屋の隅の方にふらりと歩いていったかと思えば、一枚の紙きれを持ってくる。
「まぁそう言うな、それに今回の依頼はそこまで面倒なものではない。」
そう言ってマミさんはその紙を僕に渡す。
「なんですか?これは……地図ですか?この街の。」
「あぁ、依頼人が渡してきてね、どうにもそこで待っているから迎えに来てほしいとのことだ。君の任務はその依頼人をこの屋敷に連れてくること。」
「はぁ、それだけですか?」
渡された地図に描かれている場所はここら15分も歩けば着く場所でそこまで遠くもなく、思わず地図とマミさんを交互に見る。
いくら依頼の内容はばらばらと言っても、一つだけ共通していることがあり、それは面倒くさいということだった。
探し物をしたり、手に入れるために各地を奔走したり、時には戦ったりもしなければいけなかった。
それが今回は人をここに連れてくるだけだという。
他の依頼とは別種の恐怖を感じ、怪訝に眉を顰める。
「まぁ、そう疑うな。今回は本当にそれだけだ。」
マミさんはコーヒーに口を付けながらあっけらんとそう呟く。
「でも、これくらいならマミさんが行けばいいじゃないですか。どうせこの屋敷に連れてくるんでしょう?」
「私をあまり外に出そうとするんじゃない、それに――」
根っからの引きこもり発言。
「それに?」
「いや、何でもない。とにかく私は忙しいんだ。君が言ってくれると助かる。それとも君も研究のお手伝いをしてくれるのかい?」
にやり、と妖しく僕に笑って見せるマミさん。
それを言われると僕も弱い。
彼女がいう研究とはすなわち魔術のことだ。
僕はあの日、確かに魔術に関わることを決めたが、別に日常を諦めたわけではない。事実として僕はマミさんのお手伝いをしながらもちゃんと高校に通い、そして大学にも入った。
だから、相変わらず魔術方面の知識はあの頃よりはついたとはいえ、からっきしなのだ。
故にあまり、そういうのは勘弁願いたい。
そしてマミさんもそれが分かって、この二択を迫ってきてるのがたちが悪い。
「分かりました。迎えに行ってきますよ。」
故に諦めて僕は席を立ち、壁に掛けられたコートを羽織る。
「依頼人の特徴はなんですか?」
「さぁな、まぁしかし行けば分かる。」
「行けば分かるって、そんな無茶苦茶な。」
待ち合わせの場所は確かに集合場所に使われるような所ではないが、それでも別に人がいないわけではない。
間違えて声を掛けて恥をかくのは僕なのだが、マミさんは頑なにその依頼人の特徴を教えてはくれなかった。
どころが、諦めて居間をでる際
「あぁ、別に今日は無理に連れてこなくてもいいからね。」
などと意味の分からないとまでいう物だから、はやり今回の依頼も面倒くさいものに違いない、とダメ元その場へと向かうため僕は屋敷をでた。
◆
時期は既に春を回っていて、丁度桜が満開になる季節。
空は憎らしいほど晴れ渡っていて、風も心地よく、絶好の散歩日和だ。
あの2年前の騒動以来、僕はよく散歩をするようになった。
まるであの日々をなぞる様に。
忘れられない真白の少女のせいだ。
――僕はその日も、夢を見た。
いつもの蒼い夢。
いつもと変わらず綺麗で、儚く、相変わらずよく分からない夢。
あの夢のせいもあって、僕がこの2年、彼女を忘れることは一度たりとも無かった。
――河川敷の並木道はすっかりと朱色に彩られていて、その下を通る。
いや、それは少し嘘か。
そうでなくとも、僕はきっと彼女のことを忘れることはなかった。
あの日以来、夜出歩くようになったのはきっと、あの日々をなぞるためだ。
傍若無人でわがまま姫。おとぎの国から出てきたような、幻想的で現実味のない少女。
――さぁ、と暖かな風が僕を包む。
驚愕に目を見開かせ、その場で思わず足を止める。
一度みたら忘れない。殺されたがりの、真っ白で透明な少女。
「あら、こんばんは。――今日は死ぬにはいい日ね?」
耳の少し下あたりまで切られた白銀色の髪。
雪のような肌。
そして僕を映す、綺麗な鈍色の瞳。
あの日から、一度たりとて忘れたことはない。自身をルシャ=ルシアーデと名乗った少女は、再び僕の前に姿を現した。
◆
ようやく、意識が現実に追いついて、僕は跳ねるように彼女の元へと向かう。
そして彼女の間へとたち、紛れもない彼女自身に僕は訳も分からず首をふる。
「どうして、君がここに。」
純粋な疑問だった。
しかし、それが問題だったのだろう、僕をみつけて、太陽のように優しく笑っていた彼女は一変、表情がぬけおちたように僕を見る。
「あなた、それ、本気で言ってるの?」
ずいっと、僕の眼と鼻の先まで顔を近づけ、僕をのぞき込む。
――いろいろな意味で、心臓に悪いからやめてほしい。
とは思うものの、明らかに怒気をはらんだ彼女を前にして僕はただうろたえ、冷や汗を垂らすことしかできない。
「本当に忘れてしまったの?」
その言葉にここ数年で一番頭をフル回転させた自信はあるものの、残念ながら回答には至れず、ぱくぱくと口を動かすのみなってしまう。
そんな僕に、さらに、濃密な死の気配が当てられ、
「――やっぱりここで、殺しちゃおうかしら。」
語尾に音符でもついているのではないかと思うほど気軽に、しかし本気で呟くものだから、固唾を呑み込み、いかに逃げるかに思考がシフトしたところで、重圧から突如として開放される。
「冗談よ。」
「ぜっっったい冗談じゃないかったよね!?」
にこやかに笑うルシャが今は怖くてたまらない。
しかし、それがどこか懐かしく、可笑しくて、数度そんなしょうもないやり取りをしているうちに、どちらからともなく笑い声が漏れる。
それから少し、僕たちの間にあった空白を埋めるように他愛のない話をした後、僕たちはいつかと同じく、帰路に就く。
あの日とは違い、今日は横並びで、雪ではなく、桜がふる道を二人で。
「そういえば、結局のところルシャはどうして、ここに戻ってきたんだ?」
それでも、気になってルシャがここに来た理由を問えば、ピン、とルシャが僕のでこをはねる。
そしてそのまま後ろ手で組みながら、僕の前に躍り出て、僕を見る。
「本当に、分からないんだ。」
「まいった。忘れてしまったのは謝る。何か理由があるなら教えてくれ。」
そういう僕に、ルシャはにやりと笑い人差し指を僕に向ける。
「存在理由。」
ルシャの言葉にどき、と心臓が跳ねる。
……あぁ、なるほど。
と、同時に悟った。
これは、これから面倒なことになりそうだ、とも。
「あなたが私に生きろ言ったから、私は今も、生きているわ。」
あの日を思い出させるように、蠱惑的な表情で、一音一音、大事に彼女は言葉を紡ぐ。
「――それなら、私はその存在理由のそばにいるのは当たり前でしょ?」
だから、戻ってきたわ、この街に、と楽しそうに愉快そうに、いたずらっ子のように笑って、前を見る。
「そうかもな。」
「ふふ、分かればいいのよ。分かれば。」
確かに、その言葉を僕は何時の日か彼女に言った。
そして、そういうことなら、僕はその言葉の責任を果たさなければいけないのも、また通りだ。
「さ、行きましょ。」
その場で呆然と立ち尽くす僕の手をとって、彼女は歩き出す。
ひときわ、つよく吹いた風に、彼女のかみはさらりと揺れた。
「行くって、どこに?」
して、終わりをむかえたと思った僕と彼女の物語はまた性懲りもなく再スタートを切ってしまったらしい。
「そんなの勿論、シヲリの家よ。」
「お前僕の家に泊まる気なのか!?」
それでも僕はこの選択に後悔はなく、反省も無い。
いろいろと失ってしまったものや、その中には大事なものもあったけれど、これでいいと思える今もある。
「だってしょうがないじゃない、あの教会にかえるわけにもいかないし。シヲリは私に野宿しろっていうの?」
「いや、そういうわけじゃないが……」
「じゃ、決まりね。」
彼女は笑う。
それに釣られてしょうがないなと、僕も笑う。
確かに誰も幸せにはならなかったけれど、しかしどうやら、こうして笑える程度の結末ではあったらしい。
桜の花は舞い散り、雪も溶ける暖かな日差しと風が僕たちを包んだ。
◆
どうも藍間です。おはようございます。
これにて、本当の本当に、物語は終わりです。
全14日+2日、お付き合いくださり、本当にありがとうございました。
ここで、ここまで読んで下さったあなたに聞いてほしいことがあるのです。
実は、この物語本当はゲーム制作用につくったシナリオでして、絶賛現在作成中であります。
「@Icandoit314」
ユーザー名は藍間道逸でやっております。
こちらのXのアカウントにて、ゲーム制作についての進捗を話していこうと思っているので、良ければお願いします。
よければ古参ファンになってはいただけませんか?
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設定が好き。