図書室で楽しく宮本千織と話をしていたシヲリは、ぶり返した突然の頭痛に席を外した。
◆
――夢を見た気がする。
それは、悲しくて、苦しくて。
だけどとても、綺麗な。
そんな、夢。
「おはようございます、先輩」
いつの間に眠ってしまっていたのか。
瞼を開けば、宮本さんがこちらをのぞき込むように見ていた。
「寝てたのか、僕」
「はい、それはもうぐっすりと」
クスリと静かに笑う宮本さん。
涎でも垂れていたかと思ったが、どうやら大丈夫そうだ。
座ったまま寝たからか、背中の筋肉が凝り固まって仕方がない。
――ズキ。
頭蓋に、亀裂が入るような痛み。
大きく伸びをする。
大きな窓を塞ぐカーテンから差し込む光は既になく、日はとっくに沈んでしまったらしい。
「ごめんよ、こんな時間まで。先に帰ってくれても良かったのに」
「いえ、私もやるべきことが沢山あったので、全然――」
『――最終下校時刻です。まだ、校内に残っている生徒は速やかに下校してください。繰り返します、』
何かを言いかけたところで、学校全体に大きな鐘が鳴り響いた。
キンコンカンコーン、とあまりに聞きなれた音。
次いで、下校を催促する放送。
この高校は私立ということもあって、24時間体制で警備員がいる。
おかげで他校よりかな遅くまで学校が開いているのだが、さすがに20時前までいたのは初めてだった。
「帰りましょうか、先輩」
「え、あぁ、うん」
寝起きで働かない頭。
いつの間にか、机の上は綺麗に片づけられていて、コートを羽織った宮本さんに釣られて、席を立つ。
「……っ痛」
その際。
唐突に軋んだ頭に、思わず眉をよせる。
ふがいなくもよろける体を、宮本さんがすかさず支えてくれた。
「大丈夫ですか、先輩?やっぱり、まだあんまり体調が良くないんじゃ」
「いや、そんなことないよ。ただ寝起きで、ちょっと立ち眩みがしただけ」
とは言ったものの、体調は明らかに悪くなっている気がする。
体が重いだとか、気分が悪いとかはない。
ただ、締め付けられるように頭が痛い。
しかし、不調を言ってしまうと、宮本さんに迷惑をかけてしまうと思い、なんとか笑みを形つくる。
「そう、ですか。なら、いんですけど」
荷物を纏め終え、凝り固まった筋肉をほぐすため、背筋を伸ばして当たりを見渡す。
……2020年、12月15日、19時47分。
カウンターに置かれている電子時計は、現在を正確に知らせていた。
「うんうん。よし、お待たせ、それじゃあ、帰ろう。随分と遅くなちゃった。」
「はい、そうですね。」
そうして、僕らはいつも通り2人して図書室を後にした。
◇
校内は既にうす暗く、人の気配もない。生徒は愚か先生すらもうほとんどいないであろう。
空っぽの校舎に、僕ら2人分の足音は、いやに響く。
互いの息使いすら聞こえてしまいそうな間がどうにも気まずくて、僕らは早足に外に出た。
……ゾワリ。
外に出れば、凶器的な冷たさが肌を刺した。
「わ、雪ですね」
隣で、宮本さんが空を見上げえて、両手を広げている。
言う通り、空からは、ふわり雪が舞い降りてきていた。
「道理で寒いわけだ。……そういえば、今朝、雪が降るとか言ってた気がするな」
朧げな朝の記憶を思い返す。
しかし、朝は苦手ということもあって、今日の帰りの天気なんて家を出るときにはとっくに忘却されていたらしい。
「しかし、困ったな。傘、忘れちゃった」
「え、先輩、傘忘れたんですか?」
何かの間違いを信じて、バッグをあさってみるも、当たり前にそこに折り畳み傘は入っていない。
少し、悩んで僕は一歩外に出る。
雪はまだ積もってはいないものの、この調子で降り続ければ数刻もしないうちに一面雪景色になるであろう程度の降雪。
この時期になると、この時間は既に真っ暗で、空気も冷え込み、風邪をひかないかだけが心配だったが、忘れてしまったものは仕方がない。
「あの」
そう腹をくくり雪の下に体を出したところで右手が引かれる。
見れば、宮本さんが僕の袖を持っていた。
「えっと、どうかした?」
「……傘、入りますか?」
――ズキ、ズキ。
不快な痛みが脳を刺す。
派手な、赤色のパステルカラーの傘をこちらに傾けてくれる宮本さん。
何と答えていいか分からず、返答に迷えば、何とも気まずい間が流れる。
「いや、いいよ。別に雨ってわけじゃないし、ささなくてもそう困らない」
「そうですが……」
そう言って、宮本さんは少し目を俯けた後に顔をあげる。
「いえ、やっぱりこれで先輩の体調が悪化したら後味が悪いので、入ってください」
「でも」
「でもじゃありません。……それに、この機を逃したら、もう今後一生先輩は女の子と相合傘をする機会がないかもしれませんよ?」
「それは言いすぎじゃないかな!?」
謂れのない悪意に、僕は思わず大きな声が出る。
しかし、それは彼女なりの気遣いなのだろう。
ここで断っても、彼女の善意を無下にする気がして、僕は渋々折れて傘の下に入る。
「それじゃあ、まぁ、お言葉に甘えて。……その、お邪魔します」
「は、はい。お気になさらず。」
恐る恐る、後輩の傘の下へと頭を入れる。
やけに心臓がうるさい。
帰り道。後輩の女の子。可愛い。2人。相合傘。……お気になさらずなんて無茶な話ではある。
並んでみると、宮本さんは思ったよりも小さくて僕はその手から傘を受け取る。
「え」
「傘くらいは僕が持つよ」
「あ、はい。それじゃあ、その、お願い、します」
なんともぎこちのない間。
いつも、どうやって会話してたっけと思いながらも、歩きだせば、そんなこともいつしか忘れていた。
――ズキ、ズキ。
頭蓋に不快な亀裂が入る。
辺りは、時間の割に人はいない。
そんな通学路の帰り道、しんしんと降る雪の中、宮本さんは僕を見る。
女の子が持つ傘なだけあって、パステルカラーの赤色は大変可愛らしいが、しかし、2人で入るには小さすぎる。
僕は彼女が濡れないようにと、少し傘をよせる。
「そういえば、宮本さん趣味とかもないっていってたけど読書とかはしないの?」
「読書、ですか?」
「うん。ほら勉強できる人って本を読むイメージがあるからさ、参考書とかじゃなくて小説かとか宮本さん読むのかなぁって」
「……いえ。小説も読んだことはありません。国語や現代文の教科書に出てきたものなら何冊かかって読んだことはありますが」
雪が傘に積もってくるのを後ろに捨てる。
「……僕、実は本が結構好きでさ」
「ふふふ、はいそれはもう、十分なほどに知ってますよ」
右手を口に当ててほほ笑む宮本さん。
それをみて、それはそうかと僕も笑う。
放課後、いつも勉強をしている宮本さんの傍ら、僕は本を読んでいるのだから。
「それで、もう冬休みだしよければその……読んでみる?」
「え?」
宮本さんは唐突に足を止める。
それを見て失敗だったか、と思ったがそれはどうやら杞憂だったらしい。
「いや、もしよければ~程度だったから、そんな無理にじゃ……」
「よ、読みます!」
「え」
「絶対に読むので、その、何冊かお借りしても、いいでしょうか」
食い気味な反応。
そしてそれが恥ずかしかったのか両手の指先をもじもじと合わせて、伺うように宮本さんは僕を見た。
もし、ここで僕が宮本さんに惚れてもきっと誰も文句は言わないだろうとそう言えるほどの破壊力はあった。
しかし、鉄の精神力でなんとかその勘違いを封じ込める。
かわいいって、怖い。
「あ、うん。勿論。じゃあ終業式までに何冊か持ってくるよ、どんなのが読みたいとかそういうのはある?」
「いえ、特には。先輩の好きなものを数冊、読んでみたいです」
「じゃあ、家に帰ったら何冊か写真送るからその中から選んでみる?」
「あ、いいですねそれ、そうして下ると凄い助かります」
「じゃあ、連絡先だけもらっといてもいい?」
「え、はい、それは勿論」
たじたじと、お互い慣れない手つきで僕らは連絡先を交換する。
僕はまだしも、人気者の宮本さんがやりなれていないのが少し意外だった。
「家から、あまり連絡先を増やすのを禁止されてるので」
「そ、そうなんだ。えっと……僕はよかったのかな?」
「は、はい!それは勿論!それに、それを意識しすぎて全然友だち作れなくて……だから先輩が私の友だち1号ですね」
そう呟いて、宮本さんは可愛らしいスタンプを僕に送ってくれる。
そんな宮本さんに例に漏れず僕の友だち欄も1画面で埋まる程度しかいなかった。
勿論。
僕に連絡先を増やしてはだめなんてルールはない。そこまで考えて、僕は考えるのをやめた。
――ズキ、ズキ。
そこで、僕たちは随分と長い間道で立ち尽くしているのに気づいた。
それがどうにもおかしくて2人、笑って歩みを再開させた。
フェンスを見ればもううっすらと雪が被り始めている。それを見て宮本さんつぶやく。
「私、結構雪、好きなんですよね」
「そうなんだ。小さい頃は好きな人がおおいイメージだけど、今になっても、好きなのは結構珍しいね」
そう言う僕に、彼女は、ム、と頬を膨らませる。
「……子どもっぽいって意味ですか?」
「そうじゃないよ。かくいう僕も、雪は好きだよ。雪の降る日はつい、散歩したくなっちゃうし」
それはフォローでもなんでもなく心からでた本心で、そして事実でもあった。
小さい頃から、雪は好きだった。
「わ、奇遇ですね。私も雪の日は夜、よくお散歩をします」
寒いのか、外気に晒されている手に息を吐きかける宮本さん。
「でも、今日は散歩はせずに寝ないと駄目ですよ?」
「分かってるよ。2学期ももうすぐ終わるし、これ以上体調を悪化させるわけにはいかないしね。」
「それもありますが……」
何か、含みを混ぜた沈黙。
宮本さんは、からかうように笑って僕を見る。
「ほら。雪女に、出会っちゃうかもしれないので」
――どろり。
亀裂から得体のせいれないナニカが流れ込む。
目の奥を弄り回さられているような痛みに耐える。
「雪女?」
「あれ?先輩はあんまり、そういったオカルトは好きじゃない感じですか?」
「いや、好きじゃないっていうか、何の話?」
努めて、冷静に。
僕は今、笑えているだろうか。
中身が酷く、落ち着かない。
今にも零れ出そうなそれを僕は必死に内にとどめる。
そして宮本さんは幸いにもそんな僕には気づかず、疑問を呈す僕に楽しそうに、事の内容を話してくれる。
――ぐちゃぐちゃ。
溢れかえるそのナニカは、脳をゆっくり締め上げる。
それは、最近、ここら辺でまことしやかに囁かれている噂話らしい。
曰く、ソレは夜に現れる。
曰く、ソレは異常なまでに美しい。
曰く、ソレは血に飢えている……と。
「……、雪女」
「はい。何でもSNSでも結構盛んに呟かれているらしいですよ」
そう言って、宮本さんは
「ほら、これとか写真まで」
なんて言って、自身のスマホを僕に見せてくれる。
……ドク、ドク。
……ズキ、ズキ。
治ったと思っていた痛みが、今になってぶり返す。
寝転がって、うずくまりたい気持ちを抑えて、僕を写真を見る。
ただの、噂話。
そんなことは分かっている。
ただの、合成写真、そう理解することが正解なことも十分承知している。
それなのに、僕はそれから目が離せない。
「先輩?」
「え、あぁ、大丈夫。本当に、なんでもないから。……本当に大丈夫だから」
その異常から、目を逸らせない。
◆
どうも藍間です。こんばんは。
三話目、読んでいただきありがとうございます。
可愛い女の子との相合傘ができるシヲリ君、羨ましいです。しかし、どうやら本人はそれどころではないようですね。
閑話休題。
もしよろしければ『面白い』だとか『続きが気になる』等を思っていただければ、感想や評価をいただけると私が大変喜び、筆が進みますので、よければお願いいたします。
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