蒼雪の魔術姫   作:藍間道逸

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◆前回までのあらすじ。
 体調不良で重たい体を引きずって帰宅したシヲリ。
 倒れるように眠りについたシヲリは、不思議な夢を見る。
 そして、深夜シヲリは目を覚ます。


第1章 1日目「朱色の出会い。」 結節「朱色の雪」

 

 

 ……チク、タク。チク、タク。

 時計の針の音。

 気づけば僕は、玄関前で呆然と立ち尽くしていた。

 

 舐めるような不快感。

 頭を刺す頭痛に顔を顰める。

 

「…………痛ぅ」

 

 酷い、ノイズだ。

 思考が上手くままならない。

 だというのに、この手はゆっくりドアノブへかけられた。

 

「ゥ……、はぁ」

 

 吐く息は白く、熱く。

 傘をさして、外に出る。

 どうしてかは、分からない。

 けれど、こうするのが正しいような気がしたのだ。

 

「……ないと」

 

 外は既に、一面の雪景色であった。

 夕方から降り続けたのであろう雪は、未だ止む気配を見せず、今もなお視界を染めている。

 

 時刻は既に、深夜の1時を回ってる。

 ゆらり、ふらり。

 覚束ない足元。

 

 ……ふと、後ろを振り返った。

 

 それでも、刻まれた足跡は真っ直ぐに伸びていた。

 しかしそれも、すぐに雪で消されていく。

 その様が、森を彷徨う兄弟ではないが、まるで退路を塞いでいるようにも見えたのは……

 

「……行かないと」

 

 ……きっと、気のせいであろう。

 

 

 小さい頃から、雪は好きだった。

 僕は、その時から人より目が良かったから、いつもの景色はあまりにも眩しすぎて……。

 だから、そんな暴力のような色という情報を白で統一して、物とモノの境界線ですら曖昧にしてくれる雪が、僕は好きだった。

 

 それが、どうしてだろう。

 今晩は、こんなにも不安だ。

 

「はぁ、はぁ……っ。はぁ、」

 

 呼吸は浅く、鼓動も早い。

 頭痛は鳴り止まず、だというのにそぞろに足は進み続ける。

 意味も分からない。

 意図なんてなくて、理由なんてある訳がない。

 僕の中にあったのは、ただ1つの衝動にも近いナニカだった。

 

 住宅街を抜けて、河川敷を通った、さらに奥。

 いつの間にこんな所まで来ていたのかーーそして、短いトンネルの中へ、足を踏み入れた。

 踏み入れて、しまった。

 

 ーーぞわり。

 粘性の高い怖気が、背筋を撫でた。

 

「ーーえ?」

 

 間の抜けた声。

 水を撒く音と僕の声は、この閉鎖された空間によく響いた。

 そして。

 少女はゆっくりとした所作で、僕を見つけた。

 その美しさに、思わず息を呑んだ。

 

 ーーそこは、既に異界だ。

 

 雪がトンネルを覆い隠す。

 だから。

 コンクリートに塗られていく赤色も。

 その中心で静かに腰を下ろしている少女も。

 首から上のない人だったのであろう肉の塊も。

 誰も、見つけてくれはない。

 誰も聞いてくれはしない。

 

「驚いた」

 

 ごと、と重たい音。

 不細工に朱を撒き散らしていたスプリンクラーは、どうやらもう……動かないらしい。

 そんな異常な光景を前にして、あまりの非日常を前にしているというのに僕は、

 

「君、は」

「あなた、私がみえているのね」

 

 ーー少女は僅かに頬を緩める。

 僕は、そんな彼女以外に意識を向けることなんてできてなどいなかった。

 

 

 完成された、存在だった。

 白銀色に揺れる髪。

 文字通り周りに溶け込んでしまいそうなほどに嫋やかな肌。

 キリッとした目つき、細い眉、薄い口。

 そして、見るもの全てを魅了してしまいそうな鈍色に輝く瞳。

 その在り方は、完成された芸術を思わせた。

 

「……」

「……君、は」

 

 綺麗だ、とそう思った。

 同時に恐ろしい、とも。

 

「あなた、私がみえているの?」

「一体、何を」

 

「ふふ……、そう」

「そんなことより、大丈夫なのかその傷」

「大丈夫そうに見える?」

 

 チラリ、彼女の腹部の染みに目を向ける。

 それと同時に、十分な冷静さを取り戻していく。

 かなり深い。

 放っておけば、1時間ともたないだろう。

 

「救急車……は、無理か」

「そうね。私、魔術士だもの」

「……そうか」

「あなたは魔術士?」

「いいや」

 

 首を横に振る。

 魔術士。

 僕の嫌いな言葉だ。

 もしかしたら、なんて淡い希望はここで途絶え、やっぱりなという少なくない嫌悪感が胸を締めた。

 

「……死ぬのか?」

「まぁ、死ぬでしょうね。運がいいわね、もう少し元気ならあなたを殺さなきゃいけないところだったわ」

 

 地面に腰を下ろしいるーー否。

 既に立ち上がる気力のない少女はそう言ってニヒルに笑う。

 それが、どうにもイラついた。

 

 

「背中に乗れるか?」

「……どういうつもり?」

「助けてやるって、そう言ってるんだ」

 

 彼女の前まで行って、顔を覗く。

 間近で見ると、より心臓に悪い。

 上着を脱いで、破く。

 それを止血がわりに彼女のお腹へ巻いていく。

 

「いいの?もし生きながらえてしまった場合、私はあなたを殺さなければいけないのよ?」

 

 布を巻く手が、一瞬だけ止まった。

 

「良くない。でもそれは、その時考えるよ」

「優しいのね」

「これが、優しさなわけないだろ。ただ、目の前で死にそうな人間を放っておくと、寝覚めが悪いだけだ」

  

 間に合うかは分からない。

 この行為に意味があるのかはしらない、だけどやらないよりはましだろう。

 ……そう、自分を頑固な理論で覆っていく。

 本当はそんなこと、どうだっていいくせに。

 

「それなら、もっといい方法がいくつかあるわ」

 

 その呟きが耳に入るのと、僕の視界が反転したのはほぼ、同時であった。

 彼女の手が、首筋に触れる。

 随分と冷たい手だ。

 

「……」

「抵抗しないのね」

「したところで意味なんてないからな」

 

「死ぬのが、怖くないの?」

「怖いと思ったら、助かるのか?」

 

 その返答が意外だったのか、彼女はパチパチと瞼を瞬かせて、次いで笑った。

 

「ふふ、変な人なのね」

 

 絶対に、お前にだけは言われたくない、という言葉は胸にしまう。

 

「でも安心して?そんな持ったないことしないから。言ったでしょう?もっといい方法がある、って」

「いい方法?」

 

 そう。とっても簡単な話。

 そう言って彼女は僕の両手を持った。

 その手は自らの首元へ。

 必然、僕は彼女の首に手をかけることになる。

 外そうとするが、固定されてしまったように両手は動かない。

 

「あなたがこのまま、私を殺すの」

 

 彼女は笑う。

 冗談で言ってるわけではないというのは、目を見ればわかった。

 

「どうして、僕が君を殺さないといけないんだ」

「どうせ、遅かれ早かれ私は死ぬわ。それなら、あなたに殺されてみるのも面白いかなって。」

 

 わらう。嗤う。

 その表情を彼女は一回だって崩しはしない。

 

「それに、あなたが言ったんじゃない?私をここで見殺しにするのは寝覚が悪い〜って」

「だから僕に直接手をかけろと?……狂気かよ」

「失礼ね、正気よ?」

 

 そんなことわかってる。

 分かってるから余計タチが悪い。

 

「それに、私がここで確実に死ねば、あなたが狙われる理由もないでしょうしね」

 

 そんな彼女の言葉を僕は吐き捨てる。

 

「理由になってないな」

「……むぅ。そんなに理由が必要?」

「当たり前だ」

 

 そういうと、彼女は僕に添えていた手を外す。

 外していた手は僕の首へ。

 結果。文字通り、目と鼻の先に彼女の顔が来る。

 

「なら、あなたが私を殺さないなら、私があなたを殺すわ」

 

 本気の殺意。

 人は人を殺す時、こういう貌をするんだな、と漠然と思う。

 

「どうかしら?」

 

 蠱惑的な声。

 魅力的な提案。

 だけど、それでも。

 

「……それでも、僕は君を殺さないよ」

 

 僕は君を、殺せない。

 そう言うにはあまりに自分の中がぐちゃぐちゃすぎて言葉にはならなかった。

 

「変な人」

「君にだけは、言われたくないけどね」

 

 恐らく限界だったのだろう。

 彼女はそれを最後に、僕の上からどいて壁にもたれかかる。

 呼吸は既に随分と浅くなっていた。

 

 僕も僕で背中の砂利を払う。

 そして、乱れた服を正して、彼女の前に立った。

 

「そんなに私を助けたい?」

「……なんで君が上から目線なのかは、心底気になるけどね」

 

 そう言うと、彼女は初めて柔らかく微笑んだ。

 

「そ。じゃあ、もう1個の方にしましょうか」

「もう1個?」

「言ったでしょう?もっと良い方法がいくつかあるって」

 

 言われて思い出す。

 確かに、そんなようなことは言っていた。けれどまさか、それが言葉の通りの意味だとは思ってもいなくて、驚く。

 

「なんだよ、もう1個の方って」

 

 彼女をおんぶするためにしゃがみ込ま、体力が持つか、とか経路を考えるため瞼を閉じる。

 そんな時、喉元に何かが触れた。

 

「冷っ」

 

 何かと思えば、ルシャの指先。

 過敏に反応した僕が面白いのか、彼女はいたずらっ子のように笑っている。

 

「ねぇ」

「……なんだよ」

「あなた、名前は?」

「シヲリ。黒上シヲリだ」

「そ。私はルシャ=ルシアーデ。あなたは特別にルシャって呼ぶことを許可するわ」

 

 どこまでも傲慢な姿勢。

 しかしそれも慣れてきていて、僕はただへぇへぇとだけ頷く。

 

「ねぇ、シヲリ」

「なんだよ」

「死にたくない?」

「生憎、自分から死を望むほど僕はまだこの世界に絶望しちゃいないが」

「ふ、ふふ、ふふふ。えぇ、そうね、本当そう。自分から死を望むなんて愚かなことよね」

 

 堪えきれず、笑いを溢すルシャ、と名乗った少女。

 何がしたいのか、彼女が指先を僕の首に這わせるせいでいやにくすぐったい。

 その程度にしか、思っていなかった。

 故に反応が遅れた。

 

「おま、何をっっっーー!?」 

 

 慌ててルシャの手を払う。

 瞬間、僕の首筋と彼女の指先から青白い光が漏れる。

 

 ごぅごうと、思い出したように息を吹き返す風。

 耳を流れる彼女の声はしかし、それを言葉として認識することは叶わなかった。

 そんな青白く輝く光の先で笑う彼女は正しく魔女であり、

 

「シヲリ。私と契約をしましょう」

 

 気づいた時にはもう遅かった。

 ーー2020年、12月15日。

 この日は雪の降る綺麗な夜だった。

 

 僕はこの日、魔法使いの少女に出会い、そして……

 

「覚えていて。そして忘れないで。これは、願いの交換よ」

 

 ……悪魔の契約をさせられたのだ。

 

 




 ここまで読んで下さり、本当にありがとうございます。
 第1章、これにて閉幕です。
 物語はこの後、第4章まで続いていき、最後終章で終わりとなります。

 重ねてになりますが、その節目となるここまでのお付き合いありがとございます。
 そして良ければこの後も、どうかお楽しみください。

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