朝起きた黒上シヲリは、先日姿を消した少女ルシャのことを考えながら居間へと赴いた。
そしてそこでは、拾いの母である黒上マミが先客として座っていた。
◆
マミさんが作っておいてくれたコーヒーを、自分用のグラスに淹れて席につく。
香り高い豆の匂いが、粘つく思考を幾分か軽くしてくれた。
静かな空間。
ただ、短針の音だけが響くこの場は、懐かしながらも、やはりとても落ち着く。
そんな中、マミさんが興味ありげにこちらを見ていることに気づく。
「な、何ですか?」
「いや、別に大したことじゃないんだが、シヲリ君は、いつもこんなに朝早いのかい?」
「僕ですか?……いえ、いつもはこんなには早くないですよ、今日は、というか最近はたまたま。」
「ふぅ~ん、そうか。」
煮え切らない返答。
マミさんにしては珍しく、意図も理由もわからない質問に少し困る。
しかし、考えてみれば1年もの間帰ってきてなかったのだ。代わりとはいえ息子が久しぶりに帰ってきたからやはり気にしてくれているのだろうか。
なんて。
そこまで考えて、そんなあり得ない仮説をすぐに捨てる。
しかし、ここで会話が切れてしまうのもなんだか心地が悪いので、大きなあくびをしているマミさんに言葉を返す。
「マミさんの方こそ、僕がいない間もしかしてずっとこんな生活してたんですか?」
「こんな生活、とはまた曖昧な言葉だね。」
頭痛に目を閉じる。
この感じ、実に久しぶりだ。
有無を言わさぬ、曖昧を許さないマミさんの語り口。
歯に衣着せず、率直に言えば、少し面倒くさい。
「こんな、昼前に寝て、夜起きるという生活スタイルを、僕がいない間はしていたのですか?」
しかし、それは、別に悪意があるわけではなく、黒上マミという人間の特性なので仕方なく割り切る。
慣れてしまえば、そう労力ではない。
「見れば、食事も碌にとっていないようですが。」
視界の端に映る、カップ麺であろう空の容器と、ゼリー状の栄養剤。
呆れた目で、マミさんを見れば、少しバツが悪そうな顔で、目線をそらした。
「ん~。あぁいや、そんなこと、ないこともない。」
ん。
と、猫を彷彿とさせる伸び。
「おかげさまで、何かと忙しくてね。……それに最近は例の事件があるだろう?」
「例の事件?」
こちらを見つめるマミさん。
しかし考えてみても思い当たる節がなく、僕は首を傾げる。
「ほら、最近ニュースでもやってるじゃないか、ちょうど、ほら。」
と、顎で刺す先には丁度その件のニュースがテレビで放映されていた。
「……猟奇殺人?」
――ジ、ジジ。
否が応でも甦る、先日の記憶。
ニュースの内容は確かに凄惨なものではあるが、大して規模が大きいわけでも、珍しいものでもない気がした。
「あれ?もしかして知らなかったかい?多分君の学校でも即時下校を勧められていると思うが」
「……確かに最近妙に静かだな,とは思ってましたけど、そういうことだたんですね。」
道理で、放課後すれ違う先生が変な目で僕を見るわけである。
なるほど。
と僕が呟けば、前から盛大なため息が聞こえてきた。
暗に、お互い様じゃないか。
とでも言いたげなため息に、僕は少しバツが悪くなって、視線を本に落とした。
◇
そんな、ぼんやりとした朝は瞬く間に流れていって。
気づけば6時の鐘が鳴る。
そろそろ出ようかと、席を立つ。
朝は苦手だ。
だけど、お陰様で、もう大分目が覚めていた。
少し急ぎ足で玄関に出て、靴を履く。
「あぁ、ちょっと待ってシヲリ君。」
「はい?どうしました?」
後ろを振り向けば、神妙な顔つきのマミさんがこちらをみていた。
そして、右手に持っていたものを。
「これを、持っていくといい。」
そう、言葉と共にこちらに放る。
30センチくらいの長さのものが、綺麗な放物線を描いて、とんでくる。
左手で掴むと、カシャン、と音がした。
「……これは?」
嫌の予感に眉を顰めてマミさんの方を見る。
「いやなに、最近は何かと物騒だからね。護身用に」
「護身用にって……」
明らかに、お守りにして大きすぎる物体。
降ればカシャカシャと音が鳴り、確認してもなおどうやら刃物であることは間違いないらしい。
そりゃあまぁ、確かにお守りとだけ書かれた巾着袋よりかはよっぽど護身にはなるが、
「いりませんよ、こんな物騒なもの。」
これは流石に、いけない。
これだと、僕が何かと物騒な人になってしまう。
しかし、返そうにもマミさんは一向に受け取る気配はなく、マミさんが1度決めたことはテコでも使わないと動かないことは知っているので僕は諦めてカバンの奥へしまう。
「もしこれで、職質なんか受けたら真っ先にマミさんの名前出しますからね。」
「あははは、大丈夫大丈夫そんなことにはならないさ」
「大丈夫ってそんな、人ごとな」
「まぁ、人ごとだからね。」
やっぱりこれ、置いて行ってやろうか。
なんて思っていたら気づけばもう時間はそこそこ過ぎていて、いつも通りの時間になってしまった。
このままでは電車に遅れてしまう。
「じゃあ、行ってきます。」
「あぁ、行ってらっしゃい。道中には気をつけるんだよ。」
ドアノブに手をかけて扉を開けば、冷たい風が体を通る。
行き道、パトカーが何台か走っていることに気づく。
そんな中、マミさんの気をつけて、という言葉が妙に頭に残ったのは、きっと、心配のしすぎだろう。
◆
どうも藍間です。おはようございます。
二日目、二話目を呼んでいただきありがとうございます。
いいですね、マミさん。素敵です。私もマミさんと朝の一時を過ごしたいです。
閑話休題。
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