ルシャのことを思い出しながらも、黒上マミと朝を過ごしたシヲリは、物騒なお守りを持たされて学校へと向かった。
◆
「おはようございます、先輩。」
ぽんぽん、と肩を叩かれる。
目を開ければ、見知った後輩が視界に映った。
「……宮本さん?」
「はい、私です。」
どうやら、僕はうたたねをしていたらしい。
中途半端に寝ぼけた頭のせいか、現状がうまく呑み込めない。
「どうして、宮本さんがここに?」
「どうして、と言われましても。」
少し困ったような表情を浮かべる宮本さん。
体にかかるかすかな慣性。
そして金属の
それとともに、駅員のアナウンスが電車に流れる。
電車のドアが開いて、僕はそこでようやく、宮本さんに感謝をした。
「……はぁ、はぁ。あ、ありがとう起こしてくれて。ごめんごめん、少しうたたねをしていたせいで、ちょっと頭が働いてなかった。」
「あ、いえ、全然そんな。」
「えっと、何か飲み物でも飲む?おかげで電車乗り過ごさずに済んだし、お礼とでも思ってよ。」
「いや、いいですよそんなお礼なんて。大した事じゃないですし。」
駅のホームを抜けて、自販機で僕はホットコーヒーのボタンを押す。
そして、すぐに小銭をもう1度入れる。
「はい。好きなの選んでいいよ。……って言っても、せいぜい150円だけど。」
「いえいえ!その、ありがとうございます。……じゃあ、これで。」
どこまでも、謙虚に宮本さんは少しおどおどとした手つきで、ミルクティーを買う。
外はようやく、日が昇ってきたころか。
買ったホットコーヒーをカイロ代わりにポケットに突っ込んで歩き出すも、すぐに信号に捕まる。
横を見れば、宮本さんも同様に両手でミルクティーを包んでいた。
「あ、そういえば、改めておはよう宮本さん。」
その時、僕はまともに挨拶を返していなかったことを思い出た。
それが、どこかおかしかったのか、宮本さんは、
「はい、おはようございます先輩。今日も、いい天気ですね。」
あまりにも日常を感じさせる朝。
通学路をゆっくりと歩きながら、僕はふと考える。
本当に何事もなく過ぎていく時間。
これではまるで、本当にあの出会いが夢だったみただ、と。
あくまで平和に、平穏に、退屈に。
それは僕が望んでいる毎日であるはずなのに、どうしてこうも不安が頭をよぎるのだろうか。
◆
――キーンコーン、カーンコーン。
待ってましたと言わんばかりの鐘の音に、クラスは一斉に賑わいを取り戻す。
担任の先生が戻ってきてもその雰囲気が終わることはなく、諦めたのかどうでもいいのか、先生も先生でただ一言
「じゃ、お前ら。最近は何かと物騒だからな気をつけて帰れよ~」
というだけ言って、またクラスを離れていってしまった。
いつもよりも、騒がしい放課後の教室。
それも、そのはずだろう。
黒板の日付は12月の20日を指し、もう4日後には休みが始まり、そしてさらに悪いことにクリスマスが被っている。
だからなのかは知らないが実際にいつもより多くの人が残り、声が聞こえてくる。
こんな日まで、と気だるげに部活へ文句を言うもの。
この後の予定について話す男女の組。
そして、旅行の話をする複数人のグループが、いくつか。
そんな光景を傍目に、僕は一度、目を瞑ってから机上に出ている教科書たちをカバンに流し込み、席を立つ。
――少し迷ったが、今日も図書室へ向かうことにした。
少し、気かがりな事があるが、そんなもの気にしたって仕方ないし、帰ってもどうせやることなんてない。
それなら図書室にいって、いつも通り少しの雑談をしながら日常を過ごした方が気が紛れると思ったから。
して。
教室を出ようとしたところで、遠くの方で自分を呼ぶ声がした気がして、振り向く。
「お、シヲリー!今日も勉強か?」
良く見知った声。
随分と遠くの方から、声がかかり振り返ると、教室の一番左手前、柏原が僕へと手を振っていた。
「何度も言ってるけど勉強じゃないよ。」
柏原は所謂陽キャ、とされる人間だ。
短く切りそろえられた黒髪。
元気溌剌といった表情に穏やかな目つき。
別に、特別仲がいいというわけではなく、学校内で話をしたり、昼飯をくったりする程度の仲。
陽気な人間で、
僕はそんな友人(仮)の方へ、もしかしたら、という懸念の元、あまり大きな声で話されないように近くに寄り誤解を解く。
「でも、お前いつも放課後は図書室に行ってるだろう?」
「なんで、だからと言って勉強していると思ったんだ。もともと、図書室は本を読むところだろう?」
「本?じゃあシヲリは毎日放課後に行って、本を読んでいるのか?」
案の定大きな声で話し出す柏原に、近づいてよかったと胸をなでおろす。
そして至極当然のことを言っているはずの僕に、柏原は心底、分からないといった表情で眉をひそめている。
「まぁ、そうだが何かおかしいか?」
しかし、そんな難しそうな顔も一瞬で破顔させ、僕の問いにおかしそうに笑い声をあげながら、首を振る。
「んにゃ、別に。ただ、やっぱシヲリは変わってるなって。」
「はぁ……。この場合変わった居るのは僕じゃなくて……、まぁいいや、ともかくそういうことだ。どうせお前は今日もどこかへ遊びに行くんだろ?」
部活に属さず、自由気ままに学校生活を謳歌しているこいつは、いつも学校終わりは数人の友人を引き連れて、どこかへと遊びに行っているのを知っている。
今日もその誘いだろうと高をくくっていたのだが、どうやら外れらしく柏原は目を伏せて、両手をあげながら首を落とす。
「いーや、残念なことに今日はバイト。」
「あぁ、いつもの取り巻きがいないのはそういうことか。」
「取り巻きって、お前……まぁいいや。そういうとこ、シヲリらしいしな。」
ガシガシと後頭部を掻きながら、柏原も席を立つ。
「しかし、そういうことなら引き留めて悪かったな。それじゃシヲリ、また明日。お互い頑張ろうなー」
そういうと、僕をおいて柏田は軽そうなバックを担ぎ、すれ違う友人たちに挨拶をしながらそのまま颯爽と教室を出て行ってしまった。
「なんだったんだ一体。」
人を引き留めておいて、本当に、全く。
もうとうに見えない友人の背に、小さく挨拶をして、ふと僕は教室内を見渡す。
教室は依然として賑わいを残したまま。
まだ教室の出入りは激しく、新しいクラスになって8か月が経つ今では、随所にチラシやらなにやらで、暴力のような情報量があふれかえっている。
そんな教室にすこしの頭の痛みを感じながら、八つ当たりに柏原にため息をつき、流れに逆らわず僕もそのまま廊下へと出た。
◆
図書室には、今日も人はいない。
それ自体はいつも通りなのだが、
「今日は、休みなのか。」
図書室の奥。
自習室と書かれた扉をくぐった先、その机の上には達筆な字で書置きがしてあった。
『本日。家の用事により、お先に失礼致します。』
それはこの前、僕が図書室に来たが故か。
連絡先も交換したので、そちらで連絡をくれればよかったのだが、こういう律儀な所がどこか、宮本さんらしくて少し笑えた。
「……ふむ。どうしようかな。」
このままここで時間を潰すか、今日のところは帰ってしまうか。
いつもだったら宮本さんがいるので……、と、そこまで考えて、自分の可笑しさに失笑する。
「いつから、それがいつも通りになったんだったけ。」
元より、1人でいるのが当たり前だったのに。
それが気づかぬうちに宮本さんがいる放課後が、日常になっていたらしい。
……少しだけ、頭が冷える。
当たり前のはずの独りの空間は、今日はどうにも広すぎて、少しだけ寂しい。
その感情に逆らうように、僕は席に着いた。
独りで良かったのに。
宮本さんと仲良くなったおかげで、独りが寂しいと感じるようになっている。
だから、友だちは嫌いだ。
自分だけでよかった感情が、論理が、時間が、2人でないと、と退化した。
これは、人間としての弱体化だと、僕は思う。
「……よそう。」
そんな。
逃げるような言い訳ばかりが頭に浮かぶ。
その言い訳から逃げるために、本を開くも、どうにも文字は入ってこない。
頭に浮かぶのは、彼女のことばかり。
……ぐるぐる、ぐるぐる。
考えないように。
気にしないように。
そう思えば思うほど、意識してしまうのは当たり前のことで。
それが分かっているのに、思考は勝手に動き出す。
……ぐるぐる。ぐるぐる。
「ちっ。……すぅ……はぁ……。」
あぁ、もう。
本当に。
どうにも最近の僕は、ひどく、落ち着かない。
それが、とても不快だ。
5日前の夜。
あの夜から、僕はずっと――。
◇
どうも藍間です。こんにちは。
二日目幕間を見ていただきありがとうございます。今回はシヲリ君の学校生活を追ってみました。
普通って、難しいですよね。普通でいたくないという普通の願い。普通を強要する普通ではない行為。そういったものを考えると一体全体普通と何だろうと、考えることができます。
今のところの答えは『自分との共通項が多いもの』であると、私は思っています。結局みんな、自分の尺度でしか物事を測れませんから。
あとがきが長くなってしまいましたが、閑話休題。
もしこの物語が『面白い』『続きが気になる』と思っていただけたら、評価や感想を頂けると泣いて喜びます。
勿論話の展開が遅いや、文章が雑すぎる等の意見も募集中です。
この物語は面白いですか?
-
続きは気になる。
-
読むのが疲れる。
-
登場人物が好き。
-
最期が気になる。
-
設定が好き。