タクティカル祓魔師二次創作 森塚梢の事件簿2   作:泉 とも

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・夏の訪れ

 セミの声もか弱く少ない猛暑。日本の夏。世間では学生たちが夏休みを謳歌していた。

 

 時は八月。ここ東京慈愛学園もまた、同じだった。

 

「であるからして、ここは……」

 

 休みなのに部活動に励む者。夏期講習に出席する者など様々だ。

 

 ここが日本一のバカ校と言われるような場所でも。東京と言いながら実際は神奈川の学校でも。

 

(エアコン効いてるから助かるわ)

 

 比較的真面目に授業を受けている生徒の中に、背の高い女がいた。

 

 女子という季節が終わりを迎え、女性にならんとしている。それが高校三年生であり、十八歳という年齢である。

 

(移動教室だけエアコンが付いてるから、することない奴は皆来るのよね)

 

 彼女の名前は森塚(もりつか)梢(こずえ)。黒い長髪に眠そうな目をした、豊満恵体の女生徒である。

 

 同時に国家を超常現象的な災厄『界異』から守る組織、祓魔師の予備役でもあった。

 

「以上。後は復習の時間にする。プリントの提出が済んだ者から帰って良し。私語は慎むように」

 

 青空と白雲、窓から差し込む眩さ、染み入るセミの鳴き声。

 

 熱中症が多発し死者や後遺症が絶えない運動部が、今日も人生を粗末に扱う横で、受験生たちは安全という名の愉悦を噛みしめる。

 

(古文も英語も数学も科学も物理も皆死ねばいいのに)

 

 勉強嫌いの彼女は、成績のために勉強をしている。学生は基本的にそうだが、より意識的に勉学に励んだ。

 

 他に意味も付加価値もないからこそ、それは可能だったと言える。

 

「そこまで。ではまた明日」

 

 チャイムが鳴り、午前の夏期講習が終わる。

 

 夏休みにも関わらず、他に予定も無い生徒たちは、エアコンの利いた教室から出ようとしない。

 

 戸締りなどもなく、教師が率先して退出する。

 

 国家の衰退を如実に表す底辺の姿は、老人が屯する町医者やデパートと何ら変わりが無かった。

 

「梢ちゃん、お昼行かない?」

「千春」

 

 彼女に一人の女子が声を掛けた。

 

 背が低く眼鏡を掛け、黒髪を三つ編みにした、如何にも地味な女生徒の名前は『桜之(さくらの)千春(ちはる)』と言った。

 

「食堂? スーパー?」

「食堂」

「ん」

 

 梢は勉強道具を鞄に仕舞い込むと、億劫そうに席を立った。二人が並ぶと身長差が際立って見える。

 

「今日何があったっけ」

「おまかせ丼が500円」

「あーあの米と揚げ物しか無い奴ね」

「お味噌汁も付いてるよ」

 

 二人は食堂で丼物と他のおかずを買うと、仲良く分け合った。

 

 普段なら生徒が殺到する食堂だが、夏休みともなれば空いている。

 

「梢ちゃん、この前の模試どうだった」

 

「飯時に飯が不味くなる話を振るクセやめな。偏差値64。あんたは」

 

「74……」

 

 梢は目一杯努力をしているが、千春はそれを軽々と超えて行く。

 

 慈愛学園は日本一の馬鹿校だったが、この二人は学園一とニの成績の持ち主だった。

 

「すっげ。やっぱあんた頭良いのね。偉いわ千春」

「えへへへへ」

 

 千春は褒められて幼い笑顔を見せた。

 

 何も生徒全員が愚か者ということはなく、親の仕事の都合でこんな場所に入れられてしまった子も少なくない。

 

 学歴という点で見れば既に激しく人生を汚損されているが、それでも成績と進学先次第では、まだ挽回できる可能性が遺されているため、真面な生徒たちはその分必死である。

 

「それで、進学先どうすんの」

「できれば梢ちゃんと一緒が良いんだけど」

「駄目よ。身の丈にあった所行きなさい」

 

 梢は自分に懐いている少女に対し、厳しく言い放った。千春の家は経済的には裕福だが、親が警官と看護婦なので、家庭と呼べる時間をほとんど過ごしていない。

 

「え」

「えじゃない。そこは許さないわよ」

 

 だからこそ梢に懐いたのだが、梢に千春の将来を損なわせる気は無かった。

 

「あんたの頭で入れて、あんたの親が払える学費の大学に行く。それもできれば一番高い所。いいね」

 

 本来なら家族会議でやるべき進路指導を、梢は千春にやった。

 

「もしも私に合わせてランクを下げたら、私はあんたを捨てるよ」

 

 その言葉に千春は吐きそうになる。二人の関係は友人ではない。千春はそう思っているが、梢は違う。

 

 所有者と被支配者のような間柄だった。

 

「ご、ごめんなさい。それだけは」

 

「私が残りの時間で、どこまであんたに追いつけるか分からないけど、私ももうちょっと頑張るから。だからそんな顔しないの」

 

 今にも泣きだしそうな千春の頭を撫でて、梢は悲し気に微笑む。

 

 爛れた関係の二人だが、梢は決して千春を不幸にしようとは考えていない。

 

 むしろ自分に依存させ、支配しながらも、そこから卒業させようとしていた。

 

「話を変えるけど、夏期講習って今日で終わりよね。休みの予定ってある?」

 

「あ、特にないけど、梢ちゃんは」

 

 話題が変わり、千春の顔色が幾らか回復する。

 

「私はアパートの皆と一緒に、しばらく業者と撮影に出掛けるから、連絡付かなくなるわ」

 

 そこでもう一度千春の顔色が悪くなる。

 

 梢の家『コーポ森塚』は賃貸住宅の皮を被ったセックスカルトであり、特定の風俗的業者も出入りしており、住人や管理人である彼女もまた、仕事に出掛けることがある。

 

 

「そ、そうなんだ」

「これが一番稼げるからね」

 

 国の全盲的な政策により、性産業従事者が軒並み路頭に迷った現代日本で、梢の家は法の抜け穴の限りを尽くしている

 

 元は住人が連れ込んだ業者だが、今では彼女のほうが懇意にしている。

 

「大丈夫なの?」

「今年で五回目だし平気よ。千春も来る?」

「うちはお金だけはあるから……」

 

 行政の区分と摘発の縄張りを潜り抜けた、合法的な『ウラもの』の制作販売は、梢にとって重要な資金源であり、関係各位にとっては持ちつ持たれつの間柄だった。

 

「そう、あんたにも男の一人くらい、宛がっておいたほうが良いかと思ったんだけど」

 

「私初めては、梢ちゃんがいいから」

 

 白い顔に汗をびっしりとかき、頬と耳を赤く染めて、千春は言う。

 

 友情が煮詰まった従属と隷属に押し流されるのは最早目前であった。

 

「あんたねえ、しょうがないから祓魔師の先輩から生やす術、教わって来てあげる」

 

「え、生やすって、そんなのあるの?」

 

 タクティカル祓魔師の中には様々な術を使用する者がいる。

 

 身体を強化するのみに留まらず、中には自らの肉体を変化させる隊員さえいる。

 

「『使役祭具』って言ってね、倒した界異と契約して使役する術があるの」

 

「……それがどうしてナニの話に繋がるの?」

 

 千春はさっきまで吐きそうだったのに、今では逆に食事の手が止まらない。

 

 怯えや焦りが行動に出易い性質だった。

 

「えっちな界異って世界中にいるのよ。強弱は色々だけど内容はほぼ同じ。だから同性愛者(レス)の男役で、こっそり契約する人も多いんだって」

 

 カナマラを始めとした男根崇拝は人類の営みの象徴である。或いは豊穣祈願の祝祭に、精を付ける食事に、宗教的な挿話に、遍在している。

 

 故にそれらをモチーフにした界異は、詳細こそ大っぴらにならないが、通報件数は案外多いのである。

 

 それを個人的に悪用する術者も、また。

 

「ほら私って予備役だけど祓魔師の資格持ってるでしょ。法に触れない範疇で術の個人使用ならセーフだから、これやったら男役も出来るわけ」

 

 途中から自分の目を見て話す梢に、千春は話の端々に秘められた、何をどうするかという結末を察した。

 

 期待に応えようとする主人に、脳を漂白されるような恍惚感が過る。

 

「一応私も術者の家系だし、生家の蔵とか引っくり返して訓練とかしてる訳。先輩からもやり方は聞いたから、できると思う」

 

 話を整理すると千春は梢に懸想しており、梢はその思いに答えようとしており、魔羅的なモノを手に入れるため、使役祭具の儀に臨まんとしているということだった。

 

 常軌を逸した内容ではあったが、正気では同性愛などという、非生産的な所業に耽ることはできない。

 

 自らを捧げようとする者を征服することは、愛情以外の何物でもなかった。

 

「全部上手く行ったらの話だけどね」

「うん、分かった。待ってるから」

 

 二人が話と食事を終えて、午後の講習を知らせるチャイムが鳴る。

 

 梢と千春は食堂を出て、次の教室へと向かった。

 

(うーん、千春がどんどん私にハマって行く)

 

 できれば綺麗な終わり方をさせたいと思っている梢としては、これは由々しき事態だった。

 

(まあ、ダメなら責任取ったらいいか)

 

 由々しき事態だったが、上手く行かなかったときの覚悟なら、梢はとうに決めていたのだった。

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