タクティカル祓魔師二次創作 森塚梢の事件簿2   作:泉 とも

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・いざ合宿

『寝来会(ねごろかい)』という団体が在る。

 

 それは政治資金団体であり、宗教法人であり、神奈川県と東京都に間に存在する、安アパートのことである。

 

 寝来会は国によって破壊され見捨てられた神社・寺が由来であり、法的約束も不履行の末に放り出され、今では淫祀邪教の売春窟と化していた。

 

「梢さん、今回もお世話になります」

「こちらこそ、いつもありがとうございます」

 

 その安アパートことコーポ森塚の前に、大型バンが数台停車していた。それぞれに撮影機材、役者、セクシー女優を乗せている。

 

 女性たちは何れもこの賃貸の住民であり、撮影には金銭目的の仕事で行く者、或いは情事に臨む口実として参加する者、様々であった。

 

「あれ、管理人さんも行くの?」

「そりゃ別料金出るしね」

「へー、仕事熱心」

 

 現役高校三年生にして祓魔師予備役の森塚梢は、コーポ森塚の管理人である。

 

 幼い日に両親が蒸発し、今は亡き祖母から譲り受けた、この法的な真空地帯が、彼女にとって唯一の財産だった。

 

「夏、あんた帰省しないの?」

「しないよ。うち家族仲悪いし」

「そう」

 

 梢に話しかけているのは、後輩の少女『日向(ひゅうが) 夏(なつ)』といった。

 

 短く刈り込んだ髪と日焼けした肌が目立つ、ボーイッシュな少女であり、一人暮らしの傍ら様々な副業に精を出している。

 

「梢ちゃん、もし撮影で絡むことになったら、よろしく頼むわね」

 

「ははは、そのときは、お手柔らかに」

 

 次に何処にでもいそうな女子大生が、車に乗り込む。名は「橘 あすみ」といい、売春業においては先輩であった。

 

 他の住民も旅行気分で次々と車中へ消えて行く。全員がこれから風俗的な撮影に興じることになるのだが、それは全員承知していた。

 

「やー森塚さん、今年もよろしく!」

「あら鬼さん。お元気そうで」

 

 妙に体格の良い男たちの中から、筋肉で固太りした中年男性が現れた。

 

 仕事上の名前を『鬼だるま』と言い、男優兼監督でもある。

 

「車、増やしたんですね」

「何せ税金納めてませんからね」

 

 寄付した物品の税金は基本的に掛からない。それを悪用し寄付させた上で、車を返却する。

 

 書類上の持ち主は梢だが、本当の持ち主であるスタジオは、経費を削減できるという寸法である。

 

 今回の件も表向きはAV撮影ではなく、檀家同士のコミュニケーションに過ぎないのだ。

 

「撮影場所はいつもの所ですか?」

「ああ、お願いするよ」

 

 梢は客の伝手を頼り、幾つかのスタジオを自らの宗教団体に勧誘した。結果は二つ返事の快諾。

 

 彼女の家が持つ忌まわしい経歴は、御不浄や悪銭と言った観点から見ると、メリットの塊だったからだ。

 

「監督のおかげで、あそこも段々マシになって行きます」

 

「そう言って貰えると助かるよ」

 

 最後には彼女も乗車し、無人となったコーポ森塚を後にする。

 

 かくして真夏の朝から大型バンの一団は千葉県へと向かった。

 

 高速道路を使って途中休憩を挟み、約一時間半の末に見えて来たのは海。

 

「はー今年も人いないわねえ」

「一度足が離れちゃうとねえ」

 

 車窓から覗く東京湾沿いのビーチには、人の姿が無い。

 

 元々大して綺麗な海でも無く、数年前の武漢肺炎禍で人々が他人を汚物扱いし始めたことにより、世界中は深い傷を負った。

 

 海以外に見るべき場所のない住宅街などは、ゴーストタウン同然で、交通の不便さや近隣に買い物が出来る施設が無いなどの理由により、空き家は驚きの安さで売りに出され、今も買い手がつかない。

 

「今年も貸し切りね」

 

「無許可でアオカンしたってマジで誰も来ないからね、ははは……はあ」

 

 まるで無人島のようになった千葉の片隅。そんな中を一同は進む。

 

 国道を降りて一般の車道に入り、ほとんど人の住んでいない街中を外れ、山へと分け入る。

 

「何時来ても憂鬱だわ、ここ」

 

 荒れた道は森と化し、その先には廃墟マニアや犯罪者が来そうな洋館が見えて来る。

 

 幽霊屋敷。またの名を森塚家別邸。

 

「到着しました」

「じゃあちょっと鍵開けて来ます」

 

 梢は車から降りると、鉄格子で出来た大扉を閉ざす錠前に、古めかしい鍵を差し込んだ。

 

 かちゃり、という音が鳴り、錠前が外れる。

 

「せーの、ふん!」

 

 梢が力一杯引くと鉄扉が開かれる。手で合図を出すと、ゆっくりとバンが中へと入る。

 

 門と邸宅までの道には、役所の物に似た駐車場が有り、よく見れば所々整備がなされていた。

 

「管理人さんってお金持ちなんだね」

「逆よ。これ売っ払えないの」

「え?」

「辺鄙な土地の曰く付き物件ってこと」

 

 車から降りて来た夏は羨望の言葉を発したが、梢は乾いた笑いを浮かべるばかりだった。

 

 彼女のご先祖様が、破壊された施設の賠償を求めた一環で、国からは何故かこの土地を寄付されたのだ。実質的な地上げや立ち退き要求である。

 

 当時は人の手がほとんど入っていない、無価値で固定資産税がのしかかるだけの、不毛な山を寄越された形だ。

 

「ほら好きな部屋入りな。そこで撮るよ」

「はーい」

 

 ご丁寧にも国交省の認定により、これまた固定資産税さえ免除された土地という寄付である。

 

『それだけは勘弁してやる』と言わんばかりの土地だったが、結果は御覧の通りであり、様々な相手に活動の場として提供されるようになった。

 

(つってもうちが建てた家じゃないけど)

 

 この邸宅も信者的な人々が勝手に建設し、そのまま寄付した物であり、ほとんど利用者たちの自治によって保たれている。

 

「相変わらず中はちゃんとしてるわね」

 

 古めかしい洋館の中は、個人の持ち家というより、時代がかった市庁舎とでも言うべき内装であった。

 

 玄関にホールが有り、階段の上にはバルコニーが有り、テラスが有り、しかし個人用の部屋は少ない。

 

「あーいたいた梢さん、今日はセット組んで、夕方からお願いします」

 

 車を停めて来た鬼だるま監督が、改めて挨拶をする。年齢は親と子ほどの差でも、権利者への礼を欠かせたことは無い。

 

「夜から撮らないんですか?三本くらいは撮らせて欲しいんですけど……」

 

 あくまでも梢は仕事でここへ来ており、収入は出来高制である。

 

 梢はこのスタジオでは常連となりつつあり、一作につき時給ではなく社会人の月給並の額が手に入るため、貴重な収入源なのだ。

 

「それは勿論だけど、今年はちょっとやりたいことがあってね」

 

「やりたいことですか」

「そう、ほらここの裏の森、立ち入り禁止の」

 

 梢は厭な予感がした。

 

 何故AV撮影のやりたいことで、立ち入り禁止の森が出るのか。

 

 別邸と裏の森は山の麓に位置し、森は山の入り口であり、建物はそれらを拒む門である。のこのこと鬼門を開け放つ馬鹿はいない。

 

 それにここは私有地であり、その気になれば敷地内で全裸になることも許される。なのに。

 

「企画モノでね、祟りに襲われるっていう奴やりたいんですよ」

 

 まるで迷惑系動画配信者。

 

 内容は正にそれそれもので、罰当たりなことをした男女が、界異に襲われて猥褻な事態に発展するという。

 

「えっそれ本物でやるんですか?」

 

「そこまでは用意できないよ。あくまでフリだけ。でもちょっとはそれっぽさが欲しくて、心霊写真みたいになっても、それはそれでオイシイし」

 

 それはそれでオイシイ。

 

 芸の道に生きるなら、この精神は大事である。梢の中には迷惑だという気持ちと、感心する気持ちが同居していた。

 

「でもあそこ禁足地なんですよ」

「やっぱり出るの?」

 

「いますね。こっち来れないだけで、ずっと見てますよ。責任持てないですよ」

 

 監督の言葉に梢はこの地に棲む界異を思い出していた。

 

 まだ祖母が亡くなる前に、一度だけここに来て、言い聞かされたことを。

 

『このお山にはね、人柱になるための人たちが、いっぱいいたんだよ。だからね梢、決してお山に入っちゃいけないよ……』

 

 祖母の言い方に、違和感を覚えたのはずっと後のこと。

 

 それが今は何と無く理解できた。それ故に、行かないほうが良いと分かる。

 

「プロの人に頼んで、お祓いとかしてもらってもダメ?」

 

「死人が出るだけで済めば恩の字ですね、言っちゃダメです」

 

 念のため釘を刺すと、梢は壁際の窓から外を見た。

 

 夏の日差しに照らされた木々は美しく輝き、しかして葉の下に広がる影の向こうには、音もなく蠢く何かの姿が在った。

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