タクティカル祓魔師二次創作 森塚梢の事件簿2   作:泉 とも

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・迷惑系餌枠

 森塚家別邸、その晩。

 

 森の入り口との境を示す柵と鉄条網を挟んだ裏庭側で、数人の男たちが屯していた。

 

 人の少なさに反して、セミやひぐらし、鈴虫やカエルの鳴く声が多く、人によっては耐えられないほどの音がしている。

 

「いやー、今日は良かったっすねえ」

「ねー、ここの現場が一番良かったわ」

 

 鬼だるま監督が呼んだ男優たちであり、今日の撮影を終えた彼らは、こうして酒や煙草での一服することが許されたのだ。

 

「あの管理人さんって子、すげえ手慣れてたけど、幾つなの?」

 

「今年で高三だけど、売りはもっと前からやってらしいよ」

 

「マジ?」

「親が蒸発してからこれで食ってるって、監督が言ってた」

「マジ?」

 

 男たちは何れも筋肉質な体を惜しげもなく晒しており、先ほどまで仕事で女性たちと情事に及んでいたせいか、獣臭を立ち昇らせていた。

 

「初めての子も結構いたけど、引率の先生みたいだったよね」

 

「AVの引率の先生」

「そんな企画あったなあ」

 

 撮影時に女優のテンションに直結するため、口臭の出る物は控えさせられていた男優たちは、ここぞとばかりに臭くなっていった。

 

「オレはあの子気に入ったなあ。元気な子」

「夏ちゃん」

 

「そうそう夏ちゃん。ぐいぐい来たしスゴイ好きじゃん。天然っていうか。楽しんでんなーっていうか」

 

「分かる。連絡先自分から配って来てたよね」

 

『日向 夏』は今年が初の参加ではあったが、情事が遊びの一環という位置付けなのか、情交に積極的であり、男優たちのハートを掴んでいた。

 

「ビッチとはちょっと違うんだよね」

「元気でさっぱりしてたよねえ」

「ただちょっと声が大きいのがな」

 

 加えて体力の回復が早く、彼女だけ予定を前倒しして、もう一本の撮影をしている最中である。

 

「オレもう一人いたほうが良いわ」

「生活感のある人」

「あすみさん、連絡先配って回ってた人」

「今年は何か皆、自分から教えて来るね」

 

『橘 あすみ』は撮影経験が多少は有ったが、コーポ森塚の女性の中ではまだ恥じらいが残っており、それでいて盛り上がらない情事の姿が、中年層には気に入られた。

 

「そりゃプライベートは有料だから」

「なるほど」

 

 コーポ森塚所属の女性たちは、言わば高級娼婦とでも言うべき存在である。

 

 健康状態と衛生管理は厳重に行われ、料金に見合ったサービスを必ず遂行する。

 

 この撮影会は、自身の売り込みを兼ねた営業でもあった。

 

「でもこんな良い現場珍しいよ」

「そうだよね、ちゃんと飯も出るし」

 

「ただ電波が入らないのがね」

「今時テレビも見れないの困るね」

 

「何でも警察が応援呼べないようにするためなんだって」

 

「えっ何それは。無線封じってこと?」

 

 古株の男優の言葉に、他の男たちに緊張が走る。手が後ろに回るようなことをしているため、警察の顔色にはいつも気を付けている。

 

 顔には笑いが貼り付いているが、それは彼らの表情が乏しいだけである。

 

「何でもこの山って、そういうのの骨が一杯埋まってるらしいよ。だから祟りもあるから、この金網から先行くなって」

 

 ここは千葉県奥地の秘境であり、淫祀邪教の魔境でもある。

 

 寝来会はセックスカルトであり、その宿坊であるコーポ森塚は賃貸物件ではない。

 

 この撮影会も合宿という名目で行われる慣例であり、疚しい所は一切無い。

 

 無いが、頑迷な妨害者が現れた場合、地の利を活かした抵抗をする場合が有る。

 

「そういや迷惑系ユーチューバ―になって、奥行って撮るかもって監督が」

 

「ああ、管理人さんが行くなって言うから止めるってよ」

 

 この言葉に数名は胸を撫で下ろしたが、別の何名かは苛立つ。

 

「え、何すかそれ。祟り怖いって」

 

「ああ、今の世の中はもう、お化けは幽霊じゃなくてモンスターだからな。熊や外人と同じだからって、おい!」

 

 若手の一人が調子に乗って柵を乗り越える。

 

「別に何もないっすけど」

「オレちょっと行って来る」

 

 即座に一人が監督と梢を呼びに行く。

 

 勘の良い者はこの瞬間から音が消失したことに気が付き、要領の良い者は私物や空き缶、煙草の吸い殻等を持って邸内へ引き上げた。

 

 風が吹いていないのに、木々と伸びっ放しの草むらがざわめく。

 

『何か』が来ていることは明白だった。

 

「しょうがねえなあ。じゃあちょっと一走りして奥見て来い。何か拾って来たら小遣いやるからよ」

 

 古株の男優が手持ちのスマホを撮影モードにして、柵の上に置いた。

 

「え、マジっすか。幾ら?」

「それっぽかったら一万」

「オッケー、行ってきます!」

 

 草むらの動きが間近に迫った所で、若手は夜の森へと駆け出した。

 

『何か』も同じ道を追う。

 

「……ふう、危ねえ危ねえ」

 

 古株の男優は間一髪で難を逃れると、アゴを伝う汗を拭った。

 

「監督呼んで来ました!」

「お前ら何やった!」

「監督、すんません実は」

 

 正に鬼の形相でやって来た鬼だるまに、男優たちは事情を説明した。

 

 と言っても若手が一人、監督の企画が中止になったのを知り、急に粋がって柵を乗り越えてしまっただけだが。

 

「それで、その人は」

 

 監督に付いて来た、バスローブ姿の梢も険しい顔をしている。

 

「もう駄目だと思ったから奥へ行くよう嗾けた。何かが迫ってたからな、それもあっちへ行った」

 

 迅速かつ適切な見殺しに、梢は感心した。

 

「一応スマホで撮って見たが、写ってるかな」

「おいおいこいつは」

「これはもう駄目ね」

 

 心霊写真が撮れたらオイシイ。昼間そんなことを言っていた監督だったが、スマホに映っていたモノを見て絶句する。

 

 二足歩行する毛むくじゃらの生物が、猿のような速さで移動していた。頭は山羊だが血走った大きな目が顔の中央にあるだけ。

 

「もしもその人が帰って来たら口を利いちゃ駄目よ。返事もしないこと。見かけたら建物の中に入って私を呼ぶこと」

 

 梢はそう言うとバスローブのポケットから、数枚の紙片を取り出した。形代と呼ばれる道具で、祓魔師が界異と戦う際に用いる身代わりであった。

 

「こんなこともあろうかと、持って来ておいて良かったわ」

 

 その身代わりを何人かに配る。当然だが全員分は無いため、班分けをして数人で一枚共有ということになった。

 

 あまりにもか細い生命線だったが無いよりはマシと、皆神妙にそれを受け取った。

 

「写真ってある?人相書きも出すわ」

「あるけどスマホの中で、印刷は」

 

「いや、車の中にモバイルプリンターが有ったはずだ。特典のハメ撮り写真の印刷用に買った奴」

 

 最低な購入理由だったが、梢たちは即座に情報を共有し、対策を講じた。

 

 ――えああああああおおおおおおおおっ!!

 

 不意に男の絶叫が夜の静寂を震わせる。

 

「これからどうします、監督」

「撮影は続行する。そして直ぐに引き上げる」

「私は物置部屋に行くわ」

「物置部屋、ですか?」

 

 鬼だるま、古株、そして梢の三人は、森を見張りながら相談した。

 

「昔お婆ちゃんがこの山のことで困ったら、物置きの本を読めって言ってくれたわ。十中八九アレへの対処法のことよ」

 

「どうして今まで読まなかったんで」

「関わり合いにならないのが一番だからよ!」

 

 本気で毒づかれて古株は素直に謝った。いきなりとか弾みで起きた事態だが、管理不行き届きはどんな業界でも、言い逃れできないのだ。

 

 加えて彼らは土地と家を借りている身分なので、相手がどれだけ年下だろうと頭が上がらない。

 

「あくまでも馬鹿が一匹勝手に死んだだけだから、連帯責任にはならないと思いたいけど」

 

「もしも上手く行ったらそっちを特典にして値段を吊り上げましょう。この業界はこういうトラブル多いですから」

 

「どうせネットに上げられたり共有されたりして元取れないわよ」

 

 三人はその後の打ち合わせをすると、固く戸締りをして引き上げた。

 

 邸内の古い一室にて、界異についての文献を漁る勉強会が、急遽開かれることとなる。

 

「上意下達が出来てそれなりに字が読める人間を総動員して。アレの名前、歴史、私が使うことになる術、全部私一人で当たってたら時間が無いわ」

 

「分かりました!」

 

 梢は犠牲者が出た余韻の残る内に、人海戦術にて対応しようと試みた。

 

 その作業は夜通し行われたが、案の定若手の男優は帰って来なかった。

 

 そして。

 

「はあ、はあ、終電がもうなくなっちゃった。予約してた民宿、確かこっちだよね」

 

 彼女が。

 

「待っててね、梢ちゃん……!」

 

 来ちゃった。

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