タクティカル祓魔師二次創作 森塚梢の事件簿2   作:泉 とも

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・資料点検

 物置部屋。それは森塚家別邸の地下に有った。

 

 地下と言っても一本道の通路に一室だけ、その通路も奥は行き止まりだった。

 

 ただその行き止まりは明らかに壁の色が異なっており、道の先を塞いだようにしか見えなかった。

 

「大きい部屋ですね」

「これなら半分くらいは入りそうだわ」

 

 若手が柵の向こうに消えた後、梢は男たちを十数人ほど引き連れて地下に来た。

 

 真っ暗な廊下にも電気は通っており、天井の明りはLEDに交換されている。

 

「片っ端から本を渡して行くから、流し読みして行って。それっぽい内容はメモに抜き出すように。後で順番に聞いて行くから」

 

 梢はかび臭い本棚から、日にも当たらず虫も寄り付かない書物を男たちに配った。

 

「これだけ人数がいれば、滅多なことは起きないはずよ。監督、撮影までの時間は」

 

「朝の十時頃を予定してるけど」

 

「撮影に当たる男優さんは女の子の所に行かせて、全員同衾をお願い。ついでに他の子にも事情を教えて」

 

「分かった。おい!」

 

 家主の指示に従って、数人の男たちが上階に引き返す。

 

「さあ、早速当たるわよ。退散の呪文が有れば助かるんだけどね」

 

 そうして彼女たちは、本来なら秘伝の類の書物を一晩読み漁った。

 

 大人数のおかげが、ざっとではあったが収穫を得ることに成功する。

 

「かつてこの地に山の主在り、猿の姿をし、山に分け入る者、悉く禍に遭う……」

 

 ――『ソレ』は森まで下りて来て、人を浚うこともあった。人々は怖れ山の神、山の主と立てることで、鎮めんとした。

 

「山の主を封じ込めるため、人々山狩りを成し、山と里を切り分ける。祟りに倒れる者夥しく、されど山の主、山に押し込めり」

 

 最も古そうな書物に記された年号は、教科書以外では見かけないような名前だった。

 

 ――山と里との境に関を設ける。邸には数多の人柱を使い、山の主を阻む。

 

「ここのことだわ」

「人柱って」

「まあ、そういうことよね」

 

 梢は呼び掛けた男たちの声を聞きながら、重々しく頷く。

 

 今ではこんな有様だが、間違いなく禁則地なのだ。

 

 ――森との境に塚を立て、山と里とを見張る者が選ばれる。森塚の起こりなり。

 

 ――必要となる時、人柱を募り、捧げる。

 

「管理人さん、これ」

「案の定嬉しくないルーツだわ、次」

 

 ――嘉吉三年。口減らし〇人、忌子〇人、水子〇人、横浜村から買い付け〇人。

 

(そんな昔から)

 

 ――天正十五年。伴天連の魔導書から、罪、穢れ、祟りを免れる呪符、それらを家畜に擦り付ける外法を知る。以後この山にヤギを飼う。

 

 ――この役目に遭う者、ヤギと呼ぶこととす。

 

「たぶん免罪符とかスケープゴートって奴よね」

 

 紐解かれたルーツの中には、この山と森に棲む界異への考察も記されていた。

 

 ――山林を拓くため、時の大名のお触れにより、侍共来たる。村々から男たち率いて百名余りで再び山狩りを行う。森塚から勧請のまじないを授かった者のみ帰る。他皆くるう。

 

「勧請の呪い?」

「これです」

 

 男が一人メモを渡して来た。『山神隷従助乞願』と、図形のようになった朱色の字の下に、同じく朱色で書かれた逆七芒星が有った。

 

その中心に『目』とある。

 

「あなた絵が上手いわね」

「一応美術担当なんで」

 

 AV撮影現場には多様な技能の人間が集う。企画によっては男女が格闘家という場合も発生する。

 

「他にも書ける人がいるなら、お札作りに移って頂戴。身代わりの奴が足りないから、印刷でも何でも試すしかないわ」

 

 形代に比べて汎用性に欠けるが、対象に特化したことで、代用品の目途が立った。

 

「お札の内容からして、隷属することで加護を得るとかそんな感じの奴ね。山に入る必要も考えると要るわ」

 

「管理人さん、化物の生態っぽいの出ました」

「でかした」

 

 また別の男優が書物とメモを持って駆け寄る。

 

 命の危機が迫っているのだが、男たちは内心で少し楽しくなっていた。

 

「山の主、穢れを嫌う。生者の繁栄を拒み、度々祟りを齎す」

 

「おかしくないか。神様で穢れを嫌うのはまだしも、繁栄を嫌うって」

 

「いいえ。こういう怪異にとって、生物の営みこそが穢れなのよ。セックスして、子どもが生まれて、殺して食って、トイレして、病気になって死ぬ。綺麗事なんかどこにも無いわ」

 

 梢が一切の加減無く説明すると、皆納得したようだった。

 

「自然の中から生まれた、生を拒む意思そのもの。なるほど、戦わないほうが良いわね」

 

 現代ほどの知識や技術が無いにしても、百人の人間が発狂して帰らない。単純な強さなら、先日のドッペルゲンガーとは、比べ物にならないと彼女は判断した。

 

「一度目はどうやって成功させたんでしょう。やっぱり人海戦術?」

 

「いえ、それはたぶんこれだと思う」

 

 梢は自分が読んでいた、祖母の記録を見せた。

 

「落雷によって山火事が起きて、これが広まった際に村人が決死隊を組んで消火に当たったとあるわ。この時の村人たちは祟りを受けたけど、全員が軽度で済んだとも」

 

 森林火災によって縄張りがダメージを受けて、それで山の主の力が弱まった。

 

 男たちはそう考えたが、続く梢の説明は違った。

 

「この機に乗じた一度目の山狩りの後、どうにか人里が増えた。それは山火事の傷が癒えてからも続き、人口が落ち着くまで山の主の苦しむ声が、山から途絶えなかったとある。恐らく停滞していた環境が崩れて、森林の再生や人口増加の営みが活発になったからでしょうね」

 

「そうか、穢れを嫌うからか!」

 

 梢の説明に、鬼だるまが得心行ったとばかりに頷く。

 

「状況が落ち着いた後はもう、ダメージから回復してたから駄目だったんだな」

 

「恐らくは。これと同じ現象が、第二次世界大戦の空襲で、山の一部が吹き飛んだ後にも見られたって書いてある。山の主は死を齎すけど、生の力に弱いわ。ただ」

 

 そこまで言って彼女は顔を曇らせた。

 

「ただ、何です」

 

「ヤギってのはこっちの人柱のことで、山の主がヤギ頭ってことじゃなかったはずなの」

 

 書物の記録にある件の界異の姿は、猿そのものだった。

 

 年月の推移によって頭部に変遷が有る。

 

「生贄のよって起きた変化が何か。それを読み違えるとたぶん死ぬわね」

 

 生贄のヤギたちを食らわせ、人の棲家から遠ざけた代償は、歪な変化だった。

 

(どうする。明らかにこの場には知恵が足りないわ。私よりも知識か経験、或いは知恵の富む者、力に頼れば助からない。どうすれば……)

 

 事態に対して進歩はしている。だがそれだけだった。

 

 一人ではないが適材と呼べる人間が、絶対的に足りない。

 

(最悪の場合、祓魔師の先輩たちを呼んだほうが良いわね。私はたぶん人生終わるけど、全員死なすよりかは)

 

 そこまで考えていると、廊下からスタッフの一人がやって来た。

 

 表情は困惑しており、鬼だるまを手招きする。

 

「どうした?」

 

「あの、何か女優、あいや、檀家さんの子っていうのが来て、管理人さんに会わせてくれって」

 

「誰? 檀家さんって、他にもいたの」

「それが、桜之 千春って言えば分かるって」

「千春……!」

 

 梢は予想していなかった人物の登場に、内心で激しく動揺した。

 

 それと同時に、天啓にも似たものを感じ取る。

 

「呼んで! 今直ぐここに!」

「えっお友だちですか!」

 

「そう。でも今はそんなことより、あの子の頭脳が必要だわ。あの子偏差値74あるの!」

 

『偏差値74!?』

 

 周囲がどよめきの声を上げる。明らかにこの場に似つかわしくない数値である。

 

「うちの学校でワンチャン東大狙える秀才よ。この作業の効率を更に上げてくれるわ。急いで!」

 

「わっ分かりました!」

 

 スタッフの一人が慌てて玄関へと向かい、程なくして絵に描いたようなガリ勉風の少女と、何故か数人の男女が一緒になって現れた。

 

「梢ちゃん、その、来ちゃった」

「千春、あんたって子は」

 

 白いワンピースにサンダル、夏休みなのに化粧もしておらず眼鏡もそのまま、髪型も三つ編みのまま。

 

 そんな冴えない外見の少女が、有人のAV撮影の現場に、知って乗り込んで来た。

 

 梢はどう反応して良いか分からなかったが、とにかく抱き締めた。

 

「あ、ご、ごめんね。私、どうしても」

「いいから、いいから聞いて千春」

 

 抱き締めた後に一旦体を離すと、梢は千春の肩を掴んで言った。

 

「悪いけど、あんたの力が必要なの。私を助けてくれる?」

 

 千春もまた話が見えなかったが、事態が逼迫しているのを察し、表情を引き締める。

 

「うん、梢ちゃんのためなら何だってするよ!」

 

 本来ならば迷惑なはずの友人の来訪によって、梢たちの前途に一筋の光明が差した。

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