「資料の検索と纏めはこの子に引き継ぐわ。私より頭良いから。協力をお願い。私は休むわ」
千春という万軍に勝る加勢を得て、梢は寝ることにした。
この場で戦うならば己以外に無く、なればこそそれは夜討ち朝駆けの時間である。
徹夜の疲労を濯ぐべく、これまでの状況と資料を伝えると、彼女はそのまま横になる。
「部屋に戻ってちゃんと寝なよ、梢ちゃん」
「周りの男がやる気でもね、あんたがいるなら私は気にせず寝付けるわよ」
そう言って部屋から枕とブランケットを持って来ると、有言実行とばかりに梢は熟睡した。
「あの、私たちはどうしましょう」
事態に流されて自己紹介の機を逃し、また予定と全く異なる展開に飲まれた、偽NPOの男女が千春に訪ねる。
「この際です。私たちより本職に近い皆さんの力と知識をお借りしたいのですが、如何でしょうか。そのほうが全員の安全性は高まりますし」
言われて偽NPOたちは顔を見合わせる。
この場で踵を返して無関係を装いたかったが、どんな理由で界異に目を付けられるか分からない。
我先にと逃げ出すことは、目立つことと同義であった。
「分かりました。微力ではありますが」
「ありがとうございます」
「専門家の方がいらして、ちょっと希望が見えて来ましたな」
鬼だるま監督は素人集団の場に、知識人が増員されたことを強調した。他のスタッフたちの士気も微かに回復する。
「とりあえず、徹夜をした皆さんは資料を私に引き継いで、休憩に入ってください。全員が動けない状況は避けないといけません」
「よろしいんですか?」
「はい。最後にモノを言うのは体力です。私たちが来たから交代制に入れると思います。体力に関しては完全に皆さんを頼るので、なるべく体を休めてください」
周囲を見ず知らずの男たちに囲まれ、千春の足は震えていた。
だが梢に後を任されたことで、どうにか指揮官として振る舞うだけの根性を、奮い立たせていた。
「ではお言葉に甘えて。お前ら、お嬢さんに引き継ぎしたら、順番で仮眠に入れ」
『うっす!』
そして夕方。
「うん、ふぅー、よく寝たわ」
「お早う梢ちゃん、もうすぐ夜だけど」
本当に休んでいた梢が目を覚ますと、千春は変わらずそこにいた。
時間にして半日近い時間が過ぎていた。
「昨夜の段階で化粧落としといて良かったわ」
「そうだね。あ、トースト作っといたよ」
「ありがと」
そして寝起きの洗顔を済ませると、用意されていた食事にありつく。
夏場でありこの場の面子が面子のため、食品衛生を考慮しておにぎりは避けられていた。
「それで、進展はあったかしら」
「うん。取り敢えず山の主についての変化と、対策についてだね。後は結界っていうの?のやり方。上手くできるかまでは分からないけど」
事も無げに言う相方に、梢は内心で舌を巻いた。
人海戦術で抽出した情報は、遥かに上等な一つの人物へと集積され、精査が成された。
「流石、あんたに頼んで良かったわ」
「ここは梢ちゃんの家の一つだったんだね」
「何処かで縁が切れたのに、もう一度うちのになるんだから、業って離れ難い物だわ」
笑みを浮かべながら、憎々し気に笑う。
ともすればこんな土地が他にもあるのではと、梢は何だか嫌な予感がした。
「山の主は人里に下りて来ないよう、ヤギと言われる生贄の人たちを、定期的に捧げていたみたい」
「ああ、そこまでは知ってる。それで」
「この生贄の人たちは、途中から山の主の御供物ではなく、生贄にするために、日本中から集められて来たみたい」
千春は偽NPO職員のノートPCを借りて、資料を順序立てて編纂していた。
それを見て梢は授業を受けているような気分になる。
「座敷牢にぶち込まれるようなのを、あちこちから引き取って食わせてたのね」
「それで余ったら、同じような事情の所に売り捌いていたみたい」
有り体に言えば棄民を元手にした人身売買であり、人身御供による界異への抑制であった。
後ろ暗くはあったが、必要悪とも言えた。
「ご先祖の功罪ってあんまり知りたくないわね」
「でもその甲斐あって、山の主は変わった」
「頭の形状とか?」
「それもだけど、内容がかな」
千春は一冊の古びた和綴じの本を差し出した。それはこの地の森塚家が遺した記録の一つだった。
「生贄に呪いを掛けて、それを食べた界異は徐々にだけど、自分も生贄になれるようになるんだって。その効果の表れが」
「頭の変質、スケープゴートの見立てに引き摺られたって所かしら」
千春が頷く。狂人や出来損ないの贄を、罠とも知らずに喰らい続けた山の主は、自らもまた贄という存在へ歪められている。
「そう。だから山の主を何かの供物に捧げれば、この山の問題は解決するはず」
「神を生贄にするのね。随分と大掛かりな話になって来たわ」
梢は肩を竦めた。元々鎮めるために押し退け、尊崇の念は一欠片も無いとは言え、これ以上の無礼は無い。
「ただね、やるなら急いだほうが良いの。記録によると前はもっと山羊に近い外見だったらしいけど、話によると今は頭だけだから」
「生贄を切らして戻りつつあると。要は消費期限が切れる前に使えってことよね」
千春が再度頷く。このまま時が過ぎれば、山の主は猿へと戻り、退治の機会を失うだろう。
「誘い込むこと自体は出来るけど、肝心なのは捧げ先よね。元は大地から生まれた生命への拒否反応みたいな奴だし、豊穣系は見込みが薄いわ」
「それなんですが」
悩む梢に偽NPOの職員が声を掛けた。
「あっ自己紹介が遅れてすいません、我々こういう者です」
そして偽りの名刺を差し出して、虚偽の身分を伝える。
(界異を使って生やす同性愛系の人権団体、最近多いけど、嘘でも本当でもロクな連中じゃないわね)
梢は千春がアテした、非常に危うい存在を警戒するが、少なくとも界異に対する知識や祓魔師に類する術のノウハウから、素人でないと判断した。
そしてこの場においては重要な戦力でもあると。
「森塚です。それで?」
「今でこそ界異と呼ばれていますが、古来より人々は様々な呼び名でそれらの存在を認知し、接触をして来ました。洋の東西や宗教観で、善悪は違えながら」
一神教を奉ずる人々からすれば、多神教を奉ずる人間は、自らの神の根底を覆す邪教に他ならない。
一神教を崇める者が多様性を説き、多神教を奉ずる者が絶対を求めるなど、この世はパラドクスに満ちている。
「豊穣系はNGと言われましたが、山の主が嫌うので、儀式の際に取り入れれば、弱らせることは出来るでしょう。それから豊穣と言えば子宝です。また子孫繫栄を司る神や悪魔は世界中にいます。ここまで言えばお分かりですね」
「あー、あーはいはいはいはい」
梢は周りを見た。偽NPOの女性職員たちは顔を赤らめ、顔を背けている。
千春も頬を染めていたが、少し息が荒くなり、濁った視線を自分へと向けている。
そしてお誂え向きに、この場には儀式に向いている人員や設備が揃っている。
「とち狂ってる。と言いたいけど、どうやらこれが最善っぽいのが嫌になるわね」
これから自分たちが何をすべきなのか。
それを知り彼女は溜息を吐いた。
「サバトを開くのね」
「その通りです」
夜宴(サバト)。
古来人々の間に存在した乱交文化であり、読んで字の如く夜に神仏に祈り、或いはそのような建前を掲げつつ、ガス抜きと人口の確保のために催された祭儀である。
現代では概ね淫祀邪教の行いとされるが、乱交自体は日本ではかつて特定与党における『集団お見合い』の他に、『多摩の子どもは父親知らず』という侮蔑の言葉などが、20世紀まで残っていた。
また海外でも多様性を標榜する人権団体が、主流となった地域ではスラム化とカルト化が混合し、頽廃の一つとして昼間から発生する場合も有る。
「場所は一階のホールだとして、呼び出す相手と儀式のやり方は決まってるの?」
「そちらも、森塚様がお休みの間に、段取りを考えさせて頂きました。こちらです」
偽NPO職員はそう言って、式次第を梢に見せた。
「梢ちゃん、その、嫌なら」
「千春、あんたって本当に上げマンよね。今回だけはちょっと嬉しくないけど」
「えっ」
「コスプレ用にと祓魔師の装備を持ち込んでおいて良かったわ」
梢は渋々ながら納得し、式次第を受け取ると、千春を見て言った。
「やりましょう。グズグズしてる意味が無いし。誰か監督たちを呼んできて。私から説明をするわ」
時は永慈X年。
過去を清算すべく、新たなに時代に夜宴の幕が上がる。