タクティカル祓魔師二次創作 森塚梢の事件簿2   作:泉 とも

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今回長めです。


・LIVE A LIVE

 時刻は深夜を回り、合宿は二日目から三日目に突入しようとしていた。

 

 電柱一本も無い暗黒の山奥。森塚家別邸は、山との境である鉄条網の一部を撤去し、結界に綻びを生じさせた。

 

 邸の入り口を開け、微かな明りの灯る室内には、無数の息吹が渦巻いている。

 

「……来たわね。監督、後よろしく」

「本当にやるんで」

 

「もしも失敗したら、この撮影を境界対策課に提出して相談して頂戴。行って」

 

 バスローブから正式な祓魔師の装備『狩衣』へと着替えていた。

 

 手にしているのは黒不浄と呼ばれる、穢れを武器として鍛えた装備である。

 

 本来は免許を取得した後、本人の適正等を鑑みて至急される物だが、これは別邸に眠っていた所謂『相当品』だった。

 

「本職での実戦がこんな形になるとはね」

 

 使用者によって武器の種類は様々だが、梢の獲物は大ぶりの鮪包丁だった。

 

 刀と見紛うほどの刃渡りで、梢の180を超える身長と長い腕の前では、長ドスのようにも見える。

 

「八千矛の神の命(みこと)は八(や)島国(しまくに)。妻枕(ま)きかねて遠々し、高志(こし)の国に賢し女を、在りと聞かして、麗し女を、在りと聞こして、さ夜這いに在り立たし。夜這いに在り通わせ、太刀が緒も未だ解かずて、襲いをも未だ解かずね。乙女の寝(な)すや板戸を押そぶらい、我が立たせれば引こづらい、我が立たせれば青山に鵺は鳴きぬ。さ野つ鳥、雉(きぎし)は響(とよ)む。庭つ鳥、鶏(かけ)は鳴く。うれたくも鳴くぬる鳥か。この鳥も打ちやめこせね。いしとうや。天馳使(あまはせつかい)、事の語りごともこをば」

 

 梢は包丁を鞘から抜き放ち、見通せぬ暗夜に向けて、古事記にある八千矛神の詩を諳んじた。

 

 妻を求める男神が遠方の姫の噂を聞いて、訪ねたときの歌である。

 

「畏み畏み日す」

 

 言い終わるや否や、日付が変わり、開け放たれた扉から何者かが近付いて来る。

 

 じっとりとした冷気と、腐臭と間違えるような嫌悪感が、梢に迫った。

 

 ――ひもじや……ひもじや……。

 

 梢は周りを見た。自らを取り囲む壁に阻まれて、一歩の逃げ場も無い。

 

 その戸板の向こうには、息を殺して男女が潜んでいる。

 

「こちらに」

 

 声を掛けると『ソレ』は彼女を見た。

 

 毛むくじゃらの体に、無数の角が生えたヤギの頭。中央に赤く血走った大きな目が一つ。

 

 かつて山の主と恐れられた界異と、贄を示す呪符の貼られた女と、目が合った。

 

「にえ、にえじゃあ!」

 

 たどたどしい二足歩行を捨てて、山の主は四つん這いから、猛然と駆け出して、目の前の女へと飛び掛かる。

 

 その時である。

 

「今よっ!」

「!?」

 

 鮪包丁を構え、既(すんで)の所で牙と爪を凌ぐと梢が叫ぶ。

 

「ええ、ほ、ほんとうにやるの、うん!」

「すげえ、本当に化物だ」

 

「あの怪物を倒せないと、俺たち死ぬのか」

「ちょっと、そこで大きくするの違くない?」

 

 別邸の一階に一斉に光が満ちる。

 

 梢と山の主を取り囲むようにして、無数のマジックミラーの衝立が立っている。

 

 衝立の向こうではAV撮影用の男女が、彼女たちを見ながら交合を始めていた。

 

「それ、結界を張るんだ!」

 

 そして偽NPO職員たちが、意図的に崩しておいた結界を修繕し、新たな結界を加える。

 

 梢から受け取った祓串と注連鋼縄を用いて、彼らは祓魔師が設置する結界術を構築した。

 

(やはり素人じゃないわね。今だけは有り難いわ)

 

 咄嗟に離れようとする、山の主の片腕を押さえ、噛み付かれた包丁を押し込みながら、梢は眼前の敵を逃がすまいとする。

 

 周囲の衝立には『山神隷従助乞願』の七文字と、朱色の逆七芒星の中心に目が書かれた図形が、記されていた。

 

「なにを……なにをしている……!」

 

「神様、どうか私たちの貢ぎ物を、お受け取りください」

 

 二人の足元は円状に白く塗られており、周囲は赤く染まっていた。

 

 日本国旗の紅白を逆にしたかのように。

 

 古来から赤は生命の根源であり、それに反する黒や白は呪性の象徴である。

 

 生を拒む邪神を中心にし、その周囲を赤で囲い生の営みを捧げる。

 

「おおぉぉぉ! おのれ、おのれぇえぇえ!!」

 

 呪詛の唸りと共に藻掻き苦しむが、梢は万力の如き力で決して譲らなかった。

 

「さぞや苦しいでしょう。お辛いでしょう。その供物、私に押し付けても構いませんよ」

 

 捧げ物として不浄の気が、強い生命の力が、山の主にとっての毒が、注ぎ込まれて行く。

 

 そして同じ場所にいる、供物として役目を負い、勧請の呪いを受けた梢にも、同じモノが流れ込む。

 

 ただし、梢にとって、生物にとって、この力は有益だった。

 

(行ける。通常の結界に加えて相反する力が充満した空間、ここでは二重の結界が敷かれているも同じ。向こうは弱り、こちらは強まる。私でも勝負になる)

 

「境の向こうより吹く風よ、罪無き者は故無き者、故無き者は名も無き者、名も無き風に四方さんざら。境の向こうに吹き戻せ。塚を眠らす者、森の終わりの風よ」

 

 更に梢は自分のいる場所を起点に、三つ目の結界を張り巡らせた。

 

「オオオォォォォ! 森塚、森塚よ、またも我を阻むか!」

 

 山羊の臓腑から怒りに満ちた声がする。血走った目が梢を捉え、包丁を噛む牙に一層力が入る。

 

「餌に毒を盛り! 呪いを掛け! 神を欺き! 今もまた我を阻む! 隷と偽り謀る、不浄そのもの!」

 

 ――あっあっあっあ! すごい、激しい♡

 ――出して、いっぱい出してぇ、んぅ、あ♡

 

 邪神が憎悪を吐く間にも、周囲からは嬌声が聞こえて来る。偽NPO職員たちは夜の営みのために、催淫の術まで心得ていた。

 

 というよりもむしろこれが本分であり、この術のおかげで周りの男女は恐怖に飲まれず、行為に及ぶことが出来たのだ。

 

「呪わしや、呪わしや。汚らわしい命共! 死を振り撒き、死を生み続けるだけの、なんと悍ましい死の化身よ!」

 

「そうかもね……!」

 

 山の主が爪を伸ばし梢の咽喉を狙う。

 

 梢は山の主の腕を掴んだまま、体を入れ替えるようにして躱すと、そのまま包丁を握る手を、レバーを押し込むようぐるりと半回転させた。

 

「おごっ……!」

 

 刃が下顎に食い込み邪神の口を大きく裂く。あるはずの無い鮮血が噴き出し、彼女の装備を汚す。

 

 二重三重の強化と弱体により、梢はどうにか山の主を押さえ込みつつあった。

 

「ヴォオオオオオオオオ!!」

 

 赤い目が梢を見つめる。常人でなくとも発狂する眼光が、獲物に向けて放たれる。

 

 しかし梢には効果が無い。

 

「ナゼだ! ナゼ気をやらん!」

「私はあなたの眷属ですので」

 

 生贄が逆らってはいけないという法は無い。

 

 格上の界異と組み合う際に大事なことは、懐に飛び込むことである。

 

 大抵は支配下に置かれる危険を有するが。

 

「何一つ従わぬ分際で、どの口をが言う! その体細切れにして食らうだけでは済まさぬ!」

 

 しかし今回のように、元より捕食のみで勢力を持たない、個としての界異が相手の場合は別だった。

 

 本来意味を持たないはずの隷属は、主人の庇護を掠め取る、存在の死角を突いた攻め手となる。

 

「森塚さん、準備できました!」

「いいわ、早く呼んで頂戴!」

 

「貴様ァッ! ぎぃっ!?」

「あうっ!」

 

 憎悪に激昂する山の主が、渾身の力で梢の体を狩衣ごと切り裂く。しかし飛び散る鮮血は、それを浴びた邪神の顔を焼いた。

 

 最早彼女の体は、山の主に対する猛毒となりつつある。

 

「梢ちゃん!」

「千春、あんたは下がってて。まだやれる!」

 

 物陰から駆け寄ろうとする千春を制止した直後、彼女の足元に魔法陣が浮かぶ。

 

 それは結界では無く、悪魔を召喚する儀式の形。

 

「森塚、貴様何を」

 

「山の主、あなたは今や生贄の神。数多の人柱を食らい続けることで、異教の神に捧げられる供物と成り果てた。今からお前を、他の化物に、捧げる!」

 

 内側から血が狩衣に染み込み、猛毒の防護服となって梢を守る。彼女がにじり寄ると、山の主は露骨に距離を取った。

 

「神だと。いったい、何の」

「豊穣の神は供物を受け取り、繁栄を齎す」

 

 邪神は相手がどういう手合いを呼び寄せようとしているのか、察しが付いた。

 

 同時に結界の外から偽NPO職員たちが、呪文の詠唱を開始する。

 

「エロイムエッサイム! エロイムエッサイム! 我は求め訴えたり!」

 

「ザーザース・ザーザース! ナースタナーザー・ザーザース! いざ開け地獄の門!」

 

 それは魔女術と呼ばれる、古の秘術。

 およそ人間には扱えない悪魔の業。

 

(古代魔術による二重召喚。ただの詐欺師に使えるものじゃない!)

 

 傷の痛みと熱に歯を食いしばりながら、梢は天を仰ぎ見た。

 

 空間が歪み、異界の風と匂いが流れ込んで来る。

 

「出せ! ここから出せ! 嫌だ、嫌だ、嫌だ!」

 

 山の主は気が狂ったように、結界から逃れようとした。しかし三重に貼られた結界を、直ぐに破ることは出来なかった。

 

「神奈川にはね、この場にぴったりの神様がいらっしゃるのよ」

 

『出でよ性の魔王、豊穣の神、カンナ・マーラよ!』

 

 空間が裂け異界の景色が見える。邸内の天井は白く光り、恐ろしくも神々しい界異が姿を現す。

 

 雄々しくも勇ましい、一柱の男根。

 

 祖神『かなまら様』が。

 

「うぅわあああああああ!! 出せ!出せ!出せ!出せ!」

 

 馬車か神輿と間違えそうなサイズの物体が、この場に遂に降臨した。

 

『我を呼び出すのは何者ぞ』

 

「カンナ・マーラ様。この度は私共の声にお応え頂き恐悦にございます。用件は一つ。あの神を供物に捧げとうございます。受け取って頂けますか?」

 

 目も口も無い黒い逸物が、怯え竦む拒生の邪神を見つめた。

 

『ほほう、何とも不敬な供物よ。差し詰め汝らの願いは、この供物を受け取ることそのものであろう』

 

「ご明察、痛み入ります」

 

 梢は痛む傷を押さえながら、この場を代表してかなまら様と話した。他の者たちは皆見入り、意識が飛んでいた。

 

『良かろう。我もこのような歓待は久しく受けておらぬ故、ありがたく頂戴しよう。汝にも我が権能を授ける故、受け取るが良い。よもや断るまいな』

 

「はい……」

 

 彼女は言葉も少なく了承した。

 

「ではそろそろ、馳走になろう」

「あ、あっああ、嫌だ! やめろおおおおおお!」

 

 山の主が絶叫すると、その体が浮いた。

 

 かなまら様の鈴口が、拡張された菊座の如く広がると、音も無く獲物を吸い込む。

 

「おのれ森塚! この恨み忘れぬぞぉ! 次に生を受けしとき、必ずや貴様を、う、うわああっ!!」

 

 憎悪と悔しみの嘆きと共に、山の主は生の魔王の中に飲まれた。

 

『どれ、求めには応えた。我も帰るとしよう。まさかこのような存在と習合されて、招かれるとは思わなんだ。宴を続けるが良い、さらばだ』

 

 かなまら様もまた、願いを叶えて去って行った。

 

 裂けた空間が閉じ、後には何事も無かったかのように、元通りになっていた。

 

「これにて、一件落着ね。とはいえ誰か、手当してくれないかしら」

 

 周囲が無音になったので、梢は皆の安否を確認して回った。彼女以外は無事だったが、全員が失神していた。

 

「結構、出血、酷いんだけど」

 

 そう呟いて祓魔師は一人、部屋に戻ると救急キットを開けるのだった。

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