「ついにこの日が来たんだな。」
ここまで本当に長かった。ヒーローになることを誓ってからじいちゃんと二人三脚で歩んできた地獄の日々を乗り越えてようやくスタートラインにたどり着いた。
『雄英高校』
NO.1ヒーローであるオールマイトをはじめとして歴史に名を残すトップヒーローを数多く排出するヒーロー科高校の最高峰。偏差値は79、合格倍率は300倍を超えるトンデモ高校である。
(どこを見ても人だらけ。受かる気のあまりない記念受験のやつも多いって話だけど、さすがにただ者じゃなさそうなのがちらほらいるな。)
顔つきを見ても色々だ。自信に満ち溢れた者、お気楽な表情の者、緊張丸出しで一歩踏み出した瞬間足をもつれさせて転ぶ者──
「おっと危ない。」
「うわっ!?」
「気ぃつけろ。受験前に転ぶなんて縁起悪いぞ。」
「すっ、スミマセン!」
転びかけていたのはいかにも緊張でガチガチになったモサモサ頭の男子だった。…というか片手で持ち上げてるけどありえんぐらい軽いなこいつ、ちゃんと飯食ってるのか?
「あれ、よく見たらなんか浮かんでる?」
「えっ…うわっなにこれ!?」
「ありゃりゃ、余計なお世話だったかな?」
モサモサ頭くんが驚いて空中で足をばたつかせていると声をかけられた。そこに居たのは茶色のショートボブの髪型で柔らかな雰囲気を持つ女の子だった。
「同じこと言ってたけど転んじゃったら縁起悪いからね。思わず助けちゃった。」
「いっ、イエッ!ドウモアリガトウゴザイマス!」
「いいじゃん余計なお世話でも。それがヒーローの本質だってオールマイトも言ってたぞ。」
「えっ…」
「ふふっなら良かった!お互い頑張ろ!」
サムズアップを残して女の子は受験会場へと向かっていった。いやーいい子だったな、やっぱりああいう子こそヒーローになるべきだよ。
「さてと、そんじゃ俺も会場に…」
「あっ、あの!」
「邪魔だどけデク!」
向かおうとしたらモサモサ頭くんに呼び止められたと思ったらとんでもない罵声が聞こえてきた。うわ、いかにも性格キツそうな目つきの悪い金髪がこっちに歩いてくる。
「俺の前に立つな殺すぞ。」
こいつ本当にヒーロー志望か???
よく見たら制服同じっぽいし同中か?随分と見下してるみてぇだな。
「なんだありゃ、ヘドロみたいな性格してんな。」
「昔からああなんだ。でも性格はあれだけど本当にすごいやつなんだよ。僕なんかと違って…でも。」
「ん?」
「憧れの人が言ってくれたんだ。『君はヒーローになれる』って。だから僕は最高のヒーローになってその人に応えたいんだ。」
「……へぇ。」
握った拳を見つめて、それでも体は少し震えている。
けど、うん。良い、良いなこいつ。
そう思った時には右手を自然に差し出していた。
「ここで知り合ったのもなんかの縁だ。俺は猿渡拳一、お前の名前は?」
「みっ、緑谷出久。よろしく猿渡くん。」
「拳一でいいよ。次は雄英の教室で会おうぜ。」
固い握手を交わしてその場を後にする。
なんとなくの予感が確信に変わった。出久は絶対に合格する。
鍛え抜かれてマメで固くなった手はこれまでの努力を物語っていたし、何よりそれまで人が多すぎて分からなかったけど、手を握った時になにかとてつもない気配を感じた。
あいつは合格する、絶対する、2ポンドかけてもいいよ。
全く次に教室で再会するのが待ち遠しいぜ。
*
めちゃくちゃカッコつけて別れたのに会場で隣の席だった件について。
えぇ…確かに待ち遠しいとか思ってたけどだからってこんな早く再会させることないじゃん。会場に入ったら席ほとんど埋まってて適当な場所に座ってたら出久が来るんだもの、しかもさっきのヘドロ金髪も一緒だし。
出久は顔みた瞬間気まずそうにしてるしヘド金はガンつけてきて怖いし帰りたくなってきた…。
そうこうしてるうちに中央の舞台が照らされ一人の男が姿を現した。
「受験生のリスナー、今日は俺のライブにようこそ!エビバディセイヘイ!」
返事ゼロの中めちゃくちゃハイテンションで始まったがそれもそのはず。舞台にたっているのはボイスヒーローの「プレゼント・マイク」、ヒーロー活動だけでなく毎週のラジオ放送などで人気を博するプロヒーローだ。あなたのラジオに受験勉強の時はお世話になりました。
雄英に所属するヒーロー科の教師は全員現役のプロヒーローってのは知ってたけど、改めて見るとテンション上がるな、
「ボイスヒーローのプレゼント・マイクだすごいラジオ毎週聞いてるよ感激だな雄英の教師は全員プロヒーローなんだ!ブツブツブツ」
なんか横に怖いやつ増えた!?!?
え、出久お前それいつ息吸ってんの?明らかに人間がワンブレスで話しちゃいけない文字数だって。こいつ実はとんでもないヒーローオタクだったのか。
「こいつはシヴィー!そんじゃ受験生リスナーにサクッと実技試験の内容をプレゼンしていくぜ!」
おっと、説明始まるからちゃんと聞こう。あ、出久のブツブツも止まった。
「試験内容は入試要項通り、リスナーにはこの後10分間の模擬市街地演習を行ってもらう。プレゼン後は各自指定の演習会場に向かってくれよな。」
ここまでは事前情報の通りだな問題は演習の目的だけど。
「演習会場には仮想敵を3種多数配置しており、攻略難易度に応じて1〜3のポイントを設けてある。各々の個性でコイツらを行動不能にし、ポイントを稼ぐのがリスナーの目的だ。もちろん他人への攻撃や妨害などアンチヒーロな行為はご法度だぜ!」
うんうん妨害行為を容認したら試験がめちゃくちゃになるもんな。こういう当たり前のことを周知するのは大事な事だ。なので2つ隣のヘド金が出久に「てめぇを潰せねぇじゃねぇか」って言ったのは聞かなかったことにする。そもそも同じ学校の生徒で手を組ませないために会場別っぽいしね、仮に同じでも絶対ダメだが。
「質問よろしいでしょうか。」
会場全体によく通る声で1人の少年が手を挙げる。きっちり着こなした制服とメガネから「The真面目エリート」って感じがする好青年が周囲にも分かりやすくライトで照らされた。
「プリントには
見た目通りの超真面目くんだった。でもこういう大勢の場で疑問に思ったことを堂々と質問できるのもすごいことだよな。合格したら彼は良き委員長になりそうだ。
「ついでにそこの縮れ毛の君!」
「えっ、僕?」
「さっきからボソボソと気が散る。物見遊山のつもりなら即刻ここから去りたまえ。」
なんか急に飛び火したな。この場合出久にも落ち度はあるだろうが何も大勢の場で指摘してやることもないだろうに。真面目故に良くも悪くも一直線なやつなのかもな。
「オーケーオーケー、受験番号7111君ナイスなお便りサンキューな。4種目の敵は0ポイント、いわゆるおじゃま虫ってやつだ。各会場に1体所狭しと暴れ回るギミックよ。倒せないことは無いが倒しても意味は無い。リスナーには上手く避けることをオススメするぜ。」
なるほど、ただ敵を倒すだけじゃなくそういう妨害に会った時の判断力も見るためってことかな?真っ向から立ち向かうことだけがヒーローの戦い方って訳でもないだろうし。
うーん…でもなんかモヤモヤするな。
いつの間にかメガネ君も着席してプレゼント・マイクが進行を続ける。
「俺からは以上だ。最後にリスナーに我が校の校訓をプレゼントしよう。」
お、激励的なやつかな。いやーこういうのがあると気合いも入る──
かの英雄、ナポレオン・ボナパルトは言った!
なんて軽く考えていた俺に叩きつけられたのはとてつもない熱量を持った言葉だった。
『真の英雄とは人生の不幸を乗り越えていく者』と!
それはかつてこの学び舎で教えを受けたヒーローたちが今も尚胸に宿す不屈の精神。
さらに向こうへ──
それが今ここで最初の苦難を乗り越えようとする者たちに受け継がれた。
それではみんな─良い受難を
*
雄英高校某所モニタールーム
「説明会は滞りなく終了、まもなく全受験生が各試験会場に移動を完了します。」
「うん、ありがとうミッドナイト君。さぁ今年も見極めようじゃないか、未来のヒーローの卵たちを。」
(…緑谷少年)
とうとうこの日が来た。10ヶ月前に緑谷少年に出会ってから厳しい訓練を積み重ね、彼は私の想定以上に肉体を鍛え上げ
オールマイト
だが本番はここからだ。ギリギリの継承になったおかげで個性の試運転もできなかった中で全国から集まった優秀なヒーローの卵たちと競い合わねばならない。…正直言って厳しいと言わざるを得ないだろう。
オールマイト
だがそれでも、彼ならばきっと──
「オールマイト!」
「ハッ!あっ、ええなんでしょうか根津校長!?」
「おいおいしっかりしてくれよ。例の子のことが気になるのは分かるけど、この場では君も教師の一員なんだ。他の子の採点も疎かにしてはいけないよ。」
「はい、申し訳ありません…」
しまった、私としたことが彼のことに気を取られすぎていた。校長の言う通り、新米とはいえ私も教師になったのだ。その役割はしっかりと果たさねば。
「今年も有望な受験生がたくさんいますね先輩。」
「そうだな。推薦枠はもちろん、中には生粋のヒーロー家系で訓練を受けて育ってきたやつもいる。経歴だけで判断するのは非合理的だが、ある程度の期待値は持てる。」
うーん相澤くんの言う通りなんだよな。代々続くヒーロー家系に生きてきたものは大抵の場合家庭内で適切な訓練を受けている場合が多い。雄英の受験にはそういったいわゆるエリートの子供が受験する事は珍しくない。
手元の受験生の資料を見てもそれは明らかだ。例えばこの子は…ん?
『猿渡拳一』
猿渡…どこかで聞いたことがあるような……もしや!
資料を読み進める。予感が当たっていればこの子の親族には……
保護者 『
……なんという巡り合わせだろうか。まさかあの方のお孫さんが緑谷少年と同じくして雄英を受けるとは。
仮にあの方の修行を乗り越えてここに来たのだとしたら…この子の合格は間違いないと見ていいだろう。それぐらいあの方の修行は厳しく、そして恐ろしいんだ……いかん、思い出したら少し震えが…
「まもなく実技試験開始です、皆さんご準備を。」
なんてことを考えているうちにもう開始時間か。とにかく、ここまで来てはあともう祈るしかない。
頑張れ、緑谷少年。
*
さて、説明会が終わって受験会場に来たわけなんだが…いやこれもう街じゃん。学校の中に街レベルの広さの会場がいくつもあるとか雄英の敷地どうなってんだ?
「おい、あいつ見ろよ。すっげぇボロボロのジャージ着てやんの。」ヒソヒソ
「うへー相当貧乏なのか?見た感じ大したこと無さそうだし、こりゃライバル1人減ったかな。」ヒソヒソ
おいそこ、聞こえてんぞ。これまでの全部をぶつけるって思いも込めてみすぼらしいのは承知で3年間着古したジャージを着てきたんだけど…どうやら舐められる原因になってしまったらしい。
まぁ気にせず準備体操でもしておこう。そのうち開始の合図が…
『はいそんじゃスタート』
「……へ?」
「いま、スタートって?」
『どうした!実戦にスタートの合図なんざねぇんだよ!走れ走れ、賽は投げられてんぞ!』
「うわっやっべ!」
「急げ急げ!…ってあれ?」
あのボロジャージもういなくなってる?
*
さすが雄英、あんな突然開始の合図を送るとは思わなかった。
『戦場においてはいつなんどきでも警戒を解くべからず』
じいちゃんの教えが早速生きたな。
「見聞色」
走りながら個性を発動。気配察知の能力を強化し、半径20m内の気配を拾う。
「周辺に3体、接敵まで3、2、1…」
曲がり角から2体の仮想敵ロボットが飛び出す。
「武装硬化」
気配察知は維持しつつ全身…とりわけ四肢を集中強化、向上した身体能力をもって一気に踏み込む。
「ひとつ!」
真ん中の1体に飛び蹴りを放つ。強化された蹴りはロボットの頭部を簡単に砕いた。
「ふたつ!」
飛び蹴りの反動を活かして左のロボットに飛び込み右ストレートを放つ。ロボットも同じく拳を繰り出してきたがその拳を破壊しながら胴体に打ち込み仕留める。
「みっつ!」
振り返ることなく右足を軸に反転、背後の建物を突き破ってきたロボットが振り抜いた右腕を紙一重でかわし、回転の勢いを乗せた左フックで頭部を捉える。
仮想敵3体が沈黙──時間にして会敵からわずか10秒の戦闘が終了した。
「これで3点、どんどん行こう。」
*
(予想はしてたが、やはり凄まじいな。)
たった10秒で3体のロボットを撃破。戦闘スタイルも若かりし頃のあの人にそっくりだ。
「すげぇなあの受験リスナー!1ポイントとはいえロボット3体瞬殺かよ!これは期待できるんじゃないか、なぁイレイザー!」
「うるさいぞ山田…まぁこいつに関しては資料見りゃこのぐらいできて当然だろ。」
「おいおい、経歴で判断するのは非合理的とか言ってたろお前。」
「普通はそうだが、今回は話が別だ。資料の保護者の欄見てみろ。」
「なんだ、どっかの有名なプロが………あ?」
保護者 『
「…おいおいマジか、猿渡拳正ってあのリスナー『ガープ』の孫だったのかよ!?」
猿渡拳正──ヒーロー名『拳骨ヒーロー ガープ』
彼はオールマイトが台頭する以前に活躍したヒーローであり、全盛期には同期のヒーロー2名と共にチーム『三大将』を結成しヒーロービルボードチャートJPの1〜3位を独占するほどの実力を誇っていた。
現在は公に引退宣言こそしていないが半隠居の状態であるため彼らの存在を知る者は少なくなってきている。しかし、現在前線で活躍するプロヒーロー…とりわけ雄英卒業生の中で彼の存在はある種の伝説であり、トラウマとして語り継がれていた。
「特別講師として何年かに1回雄英で戦闘訓練やってたが…控えめに言って思い出したくもない。」
「いやー凄かったよな。パンチ1発で2,3人まとめてぶっ飛ばされるわ、頑丈すぎて半端な遠距離攻撃は効かねぇわ…終いには
当時のことをイレイザーとマイクは青ざめた顔で思い出していた。
イレイザーヘッドの個性は『抹消』
凝視した者の個性の発動を停止させる個性だ。ガープの個性がイレイザーと同じく個性を無効化するもでないのなら等しく個性の発動が出来なくなるはずなのだが…2人の会話をそばで聞いていたオールマイトは改めて拳一の資料を確認した。
猿渡拳一 個性 覇気
体内に流れる覇気と呼ばれるエネルギーを自在に操る。
主な用途は3種類
・武装色
覇気を纏うことにより身体能力を大幅に向上させる。腕や脚に集中させることで肉体の硬化も可能であり、硬化させた部位は黒く変色する。
・見聞色
知覚機能を覇気により強化する。現在最大半径100m内の生物、無機物の気配を知覚することができ、範囲を狭めるほど位置や行動などを高精度に感じ取る。
・第3の覇気
詳細不明、過去に巻き込まれた事件にて存在が確認。発動時周囲のプロヒーローと敵合わせて50名以上が気絶に陥る。前述の2種類の覇気とは特徴があまりに異なるため暫定的に第3の覇気と定義する。
備考
祖父である猿渡拳正氏の個性は前述の武装色と同じ特徴を有しており、故人である彼の父の個性は見聞色と同じ特徴を有しているため、彼の個性は父と祖父の個性が遺伝により混ざり合い進化したものと推察される。
また、拳正氏は個性の強化により獲得した過剰なほどの覇気を纏うことで彼に向けられた発動系の個性を無効化することができる。
例
現雄英教職員である相澤消太の個性『抹消』の効果を無効化する等
このため彼も今後個性強化を行うことで同様のことができるようになる可能性あり。
(改めて見てもすごい個性だな。武装色により強化された身体とガープ先生直伝の格闘術、そこに見聞色による広範囲に渡る索敵からの行動予測が合わさることで戦闘に隙がない。)
正直今すぐプロになったとしても通用するとさえ思えるほどに学生としては完成度が高すぎる、とNO.1ヒーローである自分が思わされたのだ。将来は多くの事務所から引く手数多になるだろうとこの場の多くの者が考えたに違いない。
「うん、今年も素晴らしいヒーローの卵が沢山いるね。……しかし、真価が問われるのはここからなのさ。」
根津校長がモニタールームに設置されたボタンを押す。
受験生たちに0ポイントギミックが襲いかかろうとしていた。