今日も朝が始まる。
俺は眠気眼を擦りながら起き上った。
リビングから漂ういい匂いに導かれるようにして俺はそこに足を進めた。
「あ、おはようお兄ちゃん!」
そこには焼きたてのパンをお皿に持っていた妹の姿があった。
黒髪のポニーテールが朝の陽ざしに煌めいてとてもきれいだ。
「おぉ、おはよう奏(かなで)。今日もうまそうだな」
「えへへ~…今日はおいしそうに焼けたんだぁ」
妹のカナデはふにゃりとした笑みを俺に向けた。
「それじゃ俺も何か手伝おうかな…カナデは何飲む?牛乳?ジュース?」
冷蔵庫の前に立ち俺はカナデにそう聞く。
「う~ん…お兄ちゃんと一緒のやつ!」
「じゃあ…コーヒーにしようかな?」
「むぅ…お兄ちゃんの意地悪…私コーヒー苦手なのしってるでしょ…?」
頬をぷくぅと膨らませているカナデ、正直可愛い。
幼い顔立ちのカナデにはこういう表情がとても可愛らしく見えてしまうのだ。
「じゃあ牛乳な」
「うん!」
「…これ飲んでおっぱい大きくしろよ~」
「もぅ!お兄ちゃんのバカ!」
これ以上すれば焼きたて熱々のパンが飛んできそうなのでやめておくことに。
俺はコップに牛乳を注いだのちカナデの座る椅子を引いた。
「はい、どうぞ」
「ありがと、お兄ちゃん」
「座れるか?」
「お兄ちゃんは心配性だなぁ…ちゃんと座れるって…」
妹はゆっくりといすの場所を確認してそこに座った。
しかしそのあとに少し困った表情になってしまう。
「私、パンどこら辺に置いたっけ…たぶんこの辺だと思うんだけど…」
カナデは机の上に手を這わせてパンの乗ったお皿を探す。
が、その手は全くお皿を探せずに…
「あ、危ない!そこコップ!」
牛乳の入ったコップを倒してしまいそうだったので慌ててその手を握った。
ほんのり温かくて細身の腕、しっとりすべすべで健康的な肌…
それに手を握っただけなのにとても落ち着く…
やっぱり兄妹だからなのかな…
…ってそんなことしてる場合じゃないか…
「はい、パンはここ」
俺はカナデの前にお皿を持って行ってやる。
さらにはその上にさっきとった手を添えてやった。
「ごめんねお兄ちゃん…」
「いいって言ってるだろ?妹に尽くすのが兄ちゃんの務めだからなぁ」
「うん…」
「ほら、さっさと食べないと覚めちゃうぞ?それに遅刻ルートだぜ?」
「え!?い、今何時!?」
「え~と…7時40分」
「う~ん…ギリギリ…」
「じゃあ早く食べないとな」
「うん…いただきます!」
やっとのことで朝食が始まった。
俺はパンをもそもそと食べていく。
カナデも同じようにパンを食べている。
「そういやお兄ちゃん、今日は朝からいいことあった?なんだか足音がいつもより嬉しそうだったから」
「う~ん…たぶん明日から3連休だから自然と浮ついてるからかな?」
「それに…明後日は遊園地、だもんね!あぁ…楽しみだなぁ…私遊園地初めて!」
「そうだな、ちゃんと用意しておけよ?」
「大丈夫だよ!ちゃんと杖も用意したし!」
「それならいいな、安心安心…」
さて…ここで俺の妹、カナデについて少し言っておかないといけないことがある。
このカナデ、実は目が見えていないのだ。
生まれつき見えていないのだ。
カナデの大きくて吸い込まれてしまいそうな綺麗な瞳、そこに光が全く映らないという事実に俺は胸を痛めるしかなかった。
なので俺はカナデの目になりたいと思ったのだ。
両親は俺たちが小さい時に死んだ、そのことがなおさら俺のその思いを膨らませることになったのだ。
カナデが生まれてから14年間の蓄積があるのかこの家の事はだいたいわかるらしい。
でもさっきみたいに椅子を引いてやったりしないといけないのは確かだった。
「ん?お兄ちゃんどうしたの?全く食べてる音が聞こえないけど…」
「あ、あぁ…考え事してた…」
カナデのもう一つの特徴、それは目が見えない代わりに他の感覚が異常に研ぎ澄まされていることだ。
それは一般に目が見えない人と同じ特徴なのだが、カナデのモノは皆とは少し違った。
カナデは音やにおいからその感情を読み取ることができるらしいのだ。
昔から他人の気持ちに敏感だったからこそ習得したのかもしれないな…
「お兄ちゃん?ほら、早く食べないと…」
「あ、そうだな…」
カナデの事はそこまでにして俺は急いでパンを貪った。
「それじゃ学校行くか」
「うん!」
ちょこんと玄関の所に座るカナデ。
彼女はその綺麗な足を俺の方に向けてきた。
これもいつもと同じこと。
盲目の彼女は自分で靴を履くのも難しいのだ、なので俺がはかせてやる。
いつものように手早く靴を履かせて学校へ向かう。
左手には妹の右手、しっかりと繋いで学校へ向かう。
いつも通りおしゃべりをしているうちに学校がみえてきた。
家から15分ぐらいの距離が今日はとても短く感じた。
「ほら、もう学校だぞ」
「なんだか今日はすぐに着いちゃった気がする…もうちょっとお兄ちゃんとおしゃべりしたかったなぁ…」
どうやらカナデも同じことを考えていたらしい。
そのことがうれしくて胸がぽわわとなった。
「あ!カナデちゃ~ん!お兄さ~ん!」
「咲(さき)ちゃん!」
とてててとこちらにかけてくる女の子、カナデの友達のサキちゃんだ。
活発でしっかり者でいかにもな元気娘だ。
「おはようございますカナデちゃん、お兄さん!」
「おはよう!」
「おっす、それじゃ今日もカナデをよろしくな」
「もちろんです!私がちゃ~んとカナデちゃんをお守りしますよ!」
「はは、頼もしいな」
「あれ?ねぇサキちゃん、今日は鈴(りん)ちゃんはいないの?」
「私ならここに…」
『うわっ!?』
突然背後に現れた少女に俺もカナデも驚いてしまった。
「もう!リンちゃん!」
もう一人のカナデの友達、リンちゃんはしてやったりと顔で笑っていた。
この子は口数は少ないけどちゃんと気配りができるいい子だ。
「リンちゃんも、カナデのことお願いな?」
「うん…まかせて…!」
この二人は俺が高校に行っている間カナデの目となってくれているのだ。
誰が頼んだわけでもないのに二人は積極的にカナデの世話をしてくれている。
そんな優しい二人にはいくら感謝してもしきれないほどだ。
「じゃ、俺は学校行くからな。また放課後迎えに行くからな、カナデ」
「うん、お兄ちゃんもお勉強頑張ってね!」
「それじゃカナデちゃん!私達も教室いこっか!」
そうして俺達はそれぞれの学園生活を送っていった…