STEINS; GATE ~抗い続けた者たちの執念のエピグラフ~ 作:明治アル蜜柑
(1)
α世界線、世界線変動率0.571046
8月17日、12:37
「……それではこれより、『現在を司る女神』作戦(オペレーション・ベルダンディ)最終フェイズを開始する」
今日はコミマ最終日で、ダルもまゆりも以前から行く気満々だったが、俺が急遽、SERNへのクラッキングを頼むと、快く集まってくれた。
「勝利の時は来た!」
「この俺はあらゆる陰謀に屈せず、己の信念を貫き、ついに最終戦争(ラグナロック)を戦い抜いたのだ!」
「この勝利のため、我が手足となって戦ってくれた仲間たちに感謝を!」
このキーを押せば。紅莉栖は死ぬ。俺は上着の肩口をぐっと握りしめた。ピンクの糸で縫った、デコボコの縫い跡。
「訪れるのは、俺が望んだ世界なり!」
俺はまゆりが生きることを。そして紅莉栖が死ぬことを。望んだ。
その事実を、絶対に忘れない。忘れてはならない。
これが———
「すべては運命石の扉(シュタインズゲート)の選択である!」
これが俺の望んだ選択だ。
「世界は、再構成される——!」
エンターキーを押した。
直後、ラボのドアが開く音がして。紅莉栖が、そこにいた。
「——っ!」
「さよなら」
「私も、岡部のことが——」
なぜ……なぜ戻ってきた?その問いを口にする間もなく——。
世界が歪み。世界は再構成される。
β世界線、世界線変動率1.129848
“リーディングシュタイナー”は発動した。世界に、色彩が戻ってくる。
そこに、確かに立っていたはずなんだ。
俺の助手……クリスティーナこと、牧瀬紅莉栖が。
その姿は、幻のようにかき消えて。
今はもう、誰もいない。
部屋の中は、特になにかが変わったようには見えない。むしろなにも変わっていないように見える。
肩口には、紅莉栖がが縫って直してくれた綻びがあるはずだった。けれど——。
ない。
暗闇で縫ったせいでデコボコだった縫い跡は消え去り。ピンク色で明らかにアンバランスだった糸も、痕跡すらない。
開発室にあるのは、タイムリープマシンではなく。電話レンジ(仮)だ。紅莉栖が残した改良部分のみが消えた。地球上から——。
この20日ほどの間をラボで過ごした、牧瀬紅莉栖の痕跡のみが。
彼女の残した、あらゆる痕跡が。
消えてしまった。
俺の記憶、想い出以外には、どこにも。
「……なぁ、ラボメンナンバー004は、誰だっけ?」
聞かずにはいられない。無駄だと分かっていても。
「オカリン、ラボメンには004の人はいないよー?」
「それとも名前すら明かされていない、隠れメンバーが?ようじょなら許す」
「……いや」
この世界で、“ラボメンナンバー004の牧瀬紅莉栖”を知っている人間は、俺1人だけ。
だから、忘れない。
俺だけは、紅莉栖のことを永遠にこの記憶に刻んだまま、生きていく。
……さぁ、勝利宣言をしよう。
まだ最終確認はできていないけれど。
多くの犠牲の上に達成したことだけれど。
それでも、俺は戦いに勝ったから。
まゆりを、救うことができたから。
「フ、フフ。フゥーハハハ!今ここに、最終聖戦の勝敗は決した!この俺、狂気のマッドサイエンティストである鳳凰院凶真は、そのアインシュタインにも匹敵するIQ170の怜悧なる頭脳により“機関”及びSERNのあらゆる攻撃に対し時空を操ることで、完全に勝利したのだ!」
「まさに俺は神に等しき存在となった!そして、たどり着いたこの大いなる地平、我が野望が叶う世界!世界の支配構造はリセットされ、混沌の未来が待つであろう!」
「これこそがシュタインズ——」
「オカリン」
「もう、いいんだよ」
わけが分からず、俺は凍り付く。
「な、なにを言ってるんだ?俺は今、華麗なる勝利宣言を——」
「だって…今のオカリン、泣き出しそうな顔してるんだもん」
「……!」
「ねぇ、無理しないで?前にも言ったよね?まゆしぃはオカリンの重荷にはなりたくないって。もう、その口調……続けなくてもいいんだよ?辛いなら、普通に戻って、オカリンの心をね、さらけ出してもいいんだよ?」
「お……れ、は…」
「もう、まゆしぃのことは、気にしなくていいから。まゆしぃは大丈夫だから。オカリンはね、オカリンのために、泣いてもいいんだからね?なにがあったのかは、分からないけど…泣いても、いいんだよ?」
「…………っ」
それまで必死で被っていた仮面が、ひび割れ、崩れていく。
ただひたすら、突き進んできた。好きな女すら、犠牲にした。
けれど今。もう、まゆりは死ぬことはないんだって思ったら。
脳裏にまた、紅莉栖の顔が浮かぶ。
紅莉栖の体の温もりが。紅莉栖の唇の柔らかさが。紅莉栖の最後の言葉が。
次々と、思い出されてきて。もう、我慢できなかった。
「俺は…っ。俺は…っ!」
紅莉栖にもう会えないという悲しさで、胸が苦しくなる。
まゆりが死なない世界。俺が、ずっと求め続けたこの世界には——。
かけがえのない仲間であり、俺にとって誰よりも大切な人は、いないということ。
こんなの、あんまりだ…。
なんで、よりによって紅莉栖なんだよ…。
どうして、どちらかしか選べなかったんだよ…。
どうしてそれを、俺に選ばせたんだよ…。
どうして紅莉栖は、笑顔で俺を送り出せるんだよ…。
俺はまゆりにしがみついて。
優しく髪を撫でられながら。
声を出して、泣いた。