STEINS; GATE ~抗い続けた者たちの執念のエピグラフ~   作:明治アル蜜柑

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「…こっちよ」

 

部屋の奥へと足を向けた。

 

その先に分厚いパーテーションで仕切られたブースがあり、その中に入るためには先ほどの鍵とは別のカードキーと暗証番号が必要だった。

 

「…ずいぶん厳重なんだな」

 

「今の時代、産業スパイが一番恐ろしいの」

 

暗証番号を入力すると、ドアのロックが解除された。

 

「どうぞ」

 

ブースの中は四畳半ほどの広さになっていた。真っ白なデスク。その上にはモニター一体型のPCが鎮座しているだけ。

 

「少しだけ後ろに座っていて」

 

PCでの作業を後ろから見学できるよう、やや小さめのソファが置いてあった。俺はそこに腰掛ける。

 

彼女はPCの電源を入れ、キーボードを叩き始めた。しばらくして画面に“Amadeus system”という文字が浮かび上がる。IDを打ち込むのが見えた。

 

 

“Salieri”

 

 

サリエリ?アマデウスに対してサリエリか…。

何か意味があるんだろうか。

 

そういえば、『アマデウス』という有名な映画には、モーツァルトの天賦の才を妬み、憎み、恨み、しかし心の奥底では彼に心酔しきっている人物が登場する。

その人物こそが、サリエリだ。

 

「パスワードは見ないで」

 

彼女は自分の身体で手元を隠すようする。俺も視線を逸らした。

 

 

システムへのログインが完了し、モニターはコマンドプロンプトが表示されているだけの何の飾り気もない真っ暗な画面になった。

 

「……準備はいい?」

 

「ああ。頼む」

 

プロンプトのあとにコマンドをいくつか打ち込んだ。

 

「ごめんなさい。ここはちょっと見せられないの」

 

「まぁ、俺が見たところでさっぱりだけどな…」

 

「でも、一応ね」

 

モニターがいったんオフにされる。彼女は椅子を回して俺へと向いた。

 

「………」

 

ふと、自分が拳を固く握りしめていることに気づいた。いつからそうしていた?手のひらはジワリと汗ばんでいて、親指の根元のふくらみにツメの食い込んだ跡ができていた。もしかして、思いのほか緊張しているのか、俺は。

 

「………」

 

「どうしたの?」

 

「あ、いや…今になってちょっと怖気づいてきた」

 

「まだ間に合うわよ。今すぐここから出ていけばいいわ」

 

「…意地が悪いな」

 

「そう?あなたのこと、心配してあげてるのに」

 

「だったら、もう少しそれらしい言い方をした方がいい。紅莉栖といい君といい、実験大好きっ子は——」

 

一瞬、以前のようなふざけた軽口が言葉として出てしまいそうになった。慌てて言い換える。

 

「実験ばかりに明け暮れているヤツは、可愛げがない」

 

「今の発言は明らかに誹謗中傷ね。侮辱罪で訴えてあげてもいいわ」

 

「やめてくれ、恐ろしい」

 

「いい弁護士を知っているから、紹介してあげましょうか?」

 

「その前に告訴を取り下げてくれ」

 

「示談に持ち込もうというのなら、それ相応の金額は覚悟することね」

 

「あとでドクペをおごるから」

 

「ふふ。安い」

 

彼女は喉の奥でくっく……と小さな音を立てた。どうやら笑っているらしい。普通なら癪に障る仕草なのだろうが、不思議と目の前の少女——いや、もう立派な成人女性なのだが——のそれは、不快に感じなかった。

 

彼女は科学者特有の気難しさが目立っていて、いつもどこか不機嫌そうで、気ばかりやたら強いという印象が強かったのだが、案外憎めない一面もあるみたいだ。

 

……ああ、そうか。

 

彼女は…真帆は。

 

紅莉栖に似ているんだ……。

 

「…………」

 

はじめて会った頃の紅莉栖が、やはりそうだった。高慢でいけ好かないヤツ。決して自説を曲げようとせず、頑固で、意固地で、何かひとつ言うと、眉を吊り上げながら詰め寄ってきてはいちいち反論をしてきた。なんて可愛くない女だろうと、心の底から思っていたものだ。

 

ところが第一印象とは裏腹に、紅莉栖の内面はとてももろく、傷つきやすく、そして、どこまでも優しく、愛おしく——。

 

 

「何がおかしいんです、先輩?」

 

 

唐突に、女性の声がスピーカーから響いた。

 

「あ……!」

 

たまらずソファから腰を浮かしていた。

 

その声を……俺は知っている。

 

忘れるはずがない。

忘れるはずが——。

 

真帆の手が、モニターをオンにする。

 

画面に俺が片時も忘れたことのない彼女の姿がフワリと浮かび上がってきた。脳科学研究所で働いていた時の姿を模しているのだろうか。彼女はその身に白衣をまとっている。

 

PCのカメラが自律的に俺へと向いたように見えた。

 

「えっと、先輩、そちらの方は?」

 

真帆が俺のことを紹介している。

 

その声はもう、俺の耳には入っていなかった。ただ見入ってしまう。今にも指を伸ばしたくなる。触れてしまいたくなる。

 

そこに——彼女がいる。

 

「岡部倫太郎さん。はじめまして、牧瀬紅莉栖です。どうぞよろしく」

 

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