STEINS; GATE ~抗い続けた者たちの執念のエピグラフ~ 作:明治アル蜜柑
2011年1月11日(火)
かがりに紅莉栖の記憶を植え付けたのは何者なのか、何の手掛かりも得られないまま数日が過ぎた。
かがりを保護してくれた住職さんのところを訪ねたり、付近で聞き込みをしてみたりしたものの、めぼしい情報は得られなかった。鈴羽も自分なりに調べているらしく、あれからラボに戻ってきていない。
ダルには定期的に連絡が入っているようだから、危険な目にあっているわけではないと思うが。
天王寺や萌郁に改めて依頼してみたものの、そちらも一切尻尾を掴めていないようだ。SERNがバックにいることを考えると、あまり頼るのも憚られる。かがりの情報を連中が手に入れれば、またα世界線に飛ばされてしまうかもしれないわけだし。
何も打つ手の無い状況に、焦りだけが募っていく。
「すみません。真帆先輩。私のために」
「ううん……あと少しで出来そうだから。それに、これは私の為でもあるんだし」
開発室からふらふらとした足取りで出てきた真帆は、どっさりとソファに身を沈めて、眠そうに笑った。
眼の下には隈が出来ていた。真帆はここ数日、寝る間も惜しんで装置の開発に勤しんでくれている。一刻も早く、その苦労に報いなければならないのだが。
「それにしても、携帯電話を使うだなんて、普通考えないわ。たとえ考え付いたとしても、実行に移そうなんて思わない」
「ケータイは話す時にどうしても受話器をこめかみ付近に近づける必要があるからな」
「こめかみ周辺には大脳前頭葉と大脳側頭葉がありますからね。側頭葉の海馬傍回が記憶を貯蓄する場所だと考えると、妥当な判断かと」
「記憶データの圧縮も、あんな方法で解決できるとはね…」
「むふふ。連日徹夜でハッキングしてるボクに惚れてもいいのだぜ。それにオカリンが絶対に足がつかないようにしろ、なんて言うから無茶苦茶タイヘンなのだぜ」
「すまないな。いつも無茶ぶりばかりで」
SERNをハッキングするためには、IBN5100がどうしても必要だ。どうしたものかと考えていたが、鈴羽がIBN5100を持っていたのだ。思っている以上に条件は揃いつつある。
「にしてもさ、オカリン。彼女……ほんと、別人みたいなんですけど」
「ああ……」
ダルのみ身内に小さく頷く。
ここ数日で、かがりの頭の中は紅莉栖の記憶による浸食をかなり受けていた。最近では、ここに入り浸っている真帆と、よく専門的な会話を交わしている。真帆への呼び方も、すっかり先輩になってしまった。
真帆も最初こそ違和感を覚えていたようだが、そのうち慣れてしまったようだ。真帆としては、紅莉栖から装置の概要を聞きたいところだろうから、助かってはいるみたいだが。
「それにしても、こんなラボで本当にタイムリープマシンを作ってたなんて、実際にタイムマシンを目にした今でも信じられないわ」
「でも、人間の記憶をまるごとデータ化して過去に跳ばすなんて発想はすごいですよね。さすがは真帆先輩」
「その言葉、そっくりそのままあなたに返してあげるわ」
「はい?」
「あなたは天才で、所詮私はサリエリだった、ということよ」
「………?」
こうやってふたりの会話を聞いていると、まるで真帆と紅莉栖が喋っているような錯覚にさえ陥る。
「なぁ、かがり…」
「そうだ。アマデウスで思い出しましたけど、プロジェクトはどうなっているんですか?」
「残念ながら、凍結されたわ」
「かがり……」
「凍結?どうして?もしかしてレスキネン教授が決めたんですか?」
「私にも分からないわ。教授はもっと上からの指示だって言ってたけど」
「そんな、せっかく順調にいってたのに…」
「なぁ、紅莉栖」
「はい?」
「っ……!」
「あ、あれ……?私、今…」
ハッとかがりが我に返る。
「君はかがり。椎名……かがりだ」
俺は言い聞かせるようにそう言った。
「椎名…かがり。そう……私は、椎名かがり……私は…」
かがりは急に不安になったように、両手で自らの身体を抱きしめた。
「でも、それじゃあ……これは……この頭の中にある記憶は何?」
「それは牧瀬紅莉栖の記憶だ。君の記憶じゃない」
「そんなこと言われても分かんないよ!」
先程、真帆と話していた時とは打って変わって、かがりは駄々っ子のように声を荒げた。
「だって、私にとっては私の記憶でしかないんだもん!まゆりママたちとの記憶も、子供の頃のパパとの記憶も、アメリカの大学で真帆先輩と出会った事も、全部私の中にあるんだもん!どれが本当でどれが嘘かなんて、私……わかんない、よ……」
言葉はやがて嗚咽になった。
無理もない。かがりにしてみれば、全部が本当のこと。嘘なんて何一つない。
自分をしっかり持て——と言うのは簡単だ。けれど、それでどうにか出来る類のものではない。かつてタイムリープマシンを完成させた時、紅莉栖が言っていた。別の人の頭の中に記憶を送り込むことは絶対にやってはならないと。
人格の崩壊を起こす、と。
でも、もしも。もしも、だ。
かがりをこのままにしておけば、どうなる?
かがりの記憶はなくなり、紅莉栖の記憶だけが残る。その可能性もゼロではない。その時、俺の目の前にいるのは誰だ?
かがりか?それとも、紅莉栖か?
もしも紅莉栖であるのなら——。
「かがり……」
悪魔じみた考えが頭に浮かびそうになり、必死で否定する。
俺はそんなことを望んでいるんじゃない。俺が会いたいのは、牧瀬紅莉栖本人なんだ。
かがりを殺してまで望むことではない。
「ねぇ……私、どうしたらいいの?助けて……ママ……パパ……」
こんな時にまゆりが傍にいてくれたらどんなにいいだろう。だが、あいにくまゆりもルカ子も学校に行ってしまっていた。
「かがりたん。ちょっと気分転換に散歩でもしてきたらどう?」
「そうね。人間、じっとしてると、余計なことを考えちゃうものよ。少しくらい身体を動かした方がいいかもしれないわね」
「……うん。ありがとう。ダルおじさん。真帆さん」
「うは。おじさんにいくらでも頼ってくれていいのだぜ!なんてったってかがりたんは鈴羽の妹みたいなもんなんだしさ」
こういうときに、ダルのふざけたノリはありがたい。未来では、ダルがかがりの父親代わりのような立場だったのだろうか。
「鈴羽にも帰って来るよう言っておくお。つーわけでオカリン。かがりたんを頼んだ」
「ああ。任せておけ」