STEINS; GATE ~抗い続けた者たちの執念のエピグラフ~ 作:明治アル蜜柑
(1)
2010年11月29日(月)
「どうだった、オカリン?」
優しい声で俺にそう聞いてきたのは、椎名まゆり。俺の幼馴染の女子高生だ。
俺は今日、メンタルクリニックで催眠療法を受けていた。その際、俺は紅莉栖を刺し殺してしまった記憶がフラッシュバックして、パニックになった。そこで一旦催眠療法は中止となった。投薬治療と経過観察を続ける他ない、と診断された。医師にタイムマシンのことなどを話すわけにもいかないため、俺の精神がこんなにもボロボロになっている理由を測りかねているのだろう。
まゆりは、学校を早退してまで、俺に付き添ってくれたのだ。
池袋の街にはすっかり夜が訪れている。まゆりにはずいぶん待ってもらったな。こいつには心配をかけたくないというのに。
およそ3か月前、俺はこの幼馴染を救う事だけに己の運命を費やしていた。まゆりは俺にとって、ずっと守ってやるべき存在だった。それが今は、そのまゆりに心配されてしまっている。
「まあ、たいしたことないってさ」
本当の事は言えない。
それに、パニックになったのには、少しだけ心当たりがある。それは昨日、真帆に見せてもらった“彼女”のことが影響しているんじゃないだろうか。
「なあ、まゆり、夕飯これからだろ?何か食べにいくか?奢るぞ」
「あ、それなら秋葉原に行ってもいいかなぁ?るかくんとフェリスちゃんがね、久々にオカリンに会いたいって」
秋葉原、か。ここから自宅までは歩いて帰れる距離だ。秋葉原に行くのは遠回りどころの話じゃない。
俺はあの夏から、ラボをずっと避けてきた。足を運ぶのはもちろん、ルカ子やフェイリスたちに会うのもだ。まゆりも俺をラボに連れて行こうとはしなかったし、会わせようともしなかった。
ここでそれを言い出したということは、俺がもう皆に会っても大丈夫だと思っているということだろう。
ずっと心配をかけているんだ。少しくらいは立ち直ったというところを見せておきたい。
「了解だ」
秋葉原には大学の帰りに立ち寄ることはある。
駅前に降り立つ。まゆりが突然手をあげた。
「あ、るかくんとフェリスちゃんだ~。トゥットゥルー♪」
「マーユシィ!ふニャ~、凶真~!」
「岡部さ~ん!まゆりちゃーん!」
待ち合わせていたフェイリスとルカ子が俺たちを見つけて駆け寄って来た。
「会いたかったニャ~!」
躊躇なく俺に抱き着いてきたのはフェイリス・ニャンニャンだ。本名は秋葉留未穂。秋葉原の大地主にして最強のメイド。本名で呼ばれるのを嫌っている。街中だというのに、メイド服に猫の手のついた被り物、そしてネコミミを装着している。これは彼女が経営するメイド喫茶、『メイクイーン+ニャン2』の制服だ。さすがに秋葉原とはいえ、この格好が標準装備である者はほとんどいない。人目など気にしないフェイリスの豪胆さには驚かされる。
「や、やめろよ。みんな見てるだろ」
フェイリスを引きはがそうとするが、なかなか離れてくれない。
「いいじゃないかニャン。凶真とフェイリスの仲だニャン。それにメイクイーンニャと、フェイリスに抱き着かれるなんて、皆が涙を流して喜ぶのニャン♪」
自分の可愛さを理解していて、それを躊躇なく使いこなす。こいつは魔性の女だ。
「よくない。あと、凶真っていうのもやめてくれって」
「ニャンで?」
「あの名前は、黒歴史だからだ」
「うニュ~」
フェイリスは不満そうだが取り合わないことにする。
俺にとって鳳凰院凶真は封じてしまった存在。なかったことにしてしまった存在。彼はタイムマシンという禁断の発明に手を出し、そのせいでこの世界を司るシステムからの報復を受けた。幾人もの想いを踏みにじり、大切な命を失い、彼自身も心に大きな傷を負ったのだ。二度と目覚めさせてはいけない。
「じゃあ、なんて呼べばいいのかニャ?」
「そりゃあ岡部とか…」
「やっぱり、オカリンって呼ぶのが可愛くていいんじゃないかなぁ。ねえ、フェリスちゃん?」
「ん~、マユシィが言うならこれからそう呼ぶニャ。なんだか違和感あるけど……」
しぶしぶ、といった様子でフェイリスは離れてくれた。フェイリスに抱き着かれるのは、本人の言うとおり、この界隈ではものすごいご褒美なのだろう。ダルなんかは泣いて喜んで、飛び上がって死んでしまいそうだ。