STEINS; GATE ~抗い続けた者たちの執念のエピグラフ~ 作:明治アル蜜柑
中に入ると、俺は目隠しを外された。
薄暗い光に包まれた部屋。無骨な部屋。その部屋の中には、ガラクタのような機械が所狭しと置かれている。
壁際に並んだ計器。その前に座ったひとりの男が、真っすぐにこちらを見ていた。
「よかった。やっと目を覚ましたんだな、オカリン………」
誰だこれは?どうして俺の名を知っている?
年の頃は40代半ばくらいだろうか。恰幅の良い体格に、薄らと無精ひげを生やしている。眼鏡の奥には鋭いながらも柔和な瞳が輝いていた。どこかで見たことがあるような気がする。
「あの……貴方は……?」
部屋の中にいるのは、ダルだと思っていた。だが、そうではないようだ。ここにダルはいないのだろうか?
「やだなぁ。ボクのこと忘れたん?そりゃいくらなんでも冷たいぜ、オカリン」
「っ……!」
この口調。それにこの声。思い当たる人物はひとりしかいない。
「まさか………ダル、か?」
恐る恐る口にすると、男は破顔してみせた。
「よかった。覚えててくれて。てっきり忘れられたのかと思ったのだぜ」
「ダル……本当にダルなのか…?」
「こんなナイスガイ、ボク以外にいるわけないじゃん。なぁ、鈴羽?」
「せめてもうちょっと痩せてくれれば認めなくもないけど」
「そう言うなって。これでも若い頃に比べれば、随分と痩せたんだぜ」
確かに、目の前のダルは俺が知っているダルよりも幾分かスマートにはなっていた。
「というか父さん……少し言葉遣い、おかしくない?」
「ボクも久々にこういう話し方したよ。でも、オカリンにはこの方が話しやすいだろうと思ってさ」
だが、そんな事よりも問題なのは年齢だ。どう見ても中年化している。若く見積もってもせいぜいが40代前半だ。
「………?」
そのとき、部屋の隅にある棚が目に入った。そのガラスに映る見知らぬ男。ダルと同じく40代と思しき男だ。そいつは痩せこけた陰気な顔で俺をじっと見ていた。ゆっくりと右手を挙げると、真似をするようにその男も左手を挙げる。
「ダル……今、何年だ?」
そんなはずはない。そんなバカな話があるわけない。
だが、ダルは微笑みから一転、真剣な表情になり、そして答えた。
「2036年.世界は戦乱の真っ只中だ」
ダルは詳しい状況について説明してくれた。
嘘でもなんでもなく、今は2036年らしい。ダルの、そして俺自身の姿が全てを物語っていた。
第三次世界大戦。これから10年もしないうちに開戦すると鈴羽が言っていた。57億人が命を落とし、東京の人口も10分の1にまで減少する。第三次世界大戦自体は終結するものの混乱は続き、世界各地で2036年になっても戦火は続いているのだと。
それが、俺がさっき目にした光景だったのだ。
「だが、俺はどうしてその事を何も覚えていないんだ?」
俺の頭にある記憶は2011年のものだ。
リーディングシュタイナーは世界線を移動する——変動前の記憶を保持し続けられる——能力であって、時間移動ができるようなものではない。25年という歳月を飛び越えることはできない。かがりの中から紅莉栖の記憶を消した日を最後に、俺は何も覚えていない。
「それに、俺は2025年に死ぬと、鈴羽から聞かされていた。それなのに、どうして生きているんだ?」
「それはあたしも聞きたい。父さん」
俺の疑問に鈴羽が追随した。
「あたしたちは皆、オカリンおじさんは10年前に死んだって聞かされてきたんだ」
鈴羽は身を乗り出してダルに詰め寄った。
「父さん、これはどういう事?もしかして、あたしたちを騙してたのか?」
「落ち着け、鈴羽。ちゃんと説明するから」
鈴羽がダルを離すと、ダルは懐かしそうな目で俺を見て、説明を再開した。
「オカリンは2011年の1月半ばまでの記憶しかないって事でおk?」
「ああ。1月15日に世界線が変動したんだ。それ以降のことは覚えていない……」
自分が気づかないうちに、25歳も年老いていた。
「やっぱ、身体の方に少し問題があるのか、それとも混乱してるのか……。今のオカリンの頭の中には、2011年1月末までの記憶がなきゃいけないんだけど……」
「末?どうして1月末なんだ…?」
「真帆たんが、オカリンの記憶をデータとして保存したのが2011年1月末のことだからさ」
比屋定さんが……。
「オカリンから頼んだんだ。『Amadeus』の研究の役に立ちたいからって」
「俺が、『Amadeus』の……」
そこである事に気付いた。記憶をデータ化したということは——。
「俺の、頭の中にあるのは……」
「そう、お察しの通り、その時にデータ化された記憶なんだ」
データ化された、記憶……。