STEINS; GATE ~抗い続けた者たちの執念のエピグラフ~ 作:明治アル蜜柑
2036/03/07 17:13 → 2011/01/31 18:27
「…………っ」
手の中に握りしめたスマホを見る。2011年1月31日(月)、18時27分。間違いない。俺は戻って来た。ようやく、この時間に。
死にそうな目に遭ったこともあった。途中で何度か諦めようとしたこともあった。それでも、その都度俺はあの光景を思い出した。
死んだ街。積み上げられた死体。そして、ルカ子の最期を。
「オカリン?なにか良くない報せでもあったの?」
「え?」
「電話に出てから、なんだかボーッとしてるから」
「い、いや……そうじゃない。そういうわけじゃないんだ」
まゆりがいる。
「もしかして、まだお正月の気分が抜けないのかニャ?」
フェイリスもいる。
「しっかりしてくれよな」
ダルも。ルカ子も、鈴羽も。そして——。
「……どうしたの?」
かがりもいる。
「もしかして、この前の疲れが出ちゃったかしら?」
真帆もいる。
「この前…?」
「ほら、この前『Amadeus』のサンプル用に記憶データを取ったでしょう?」
ああそうか。ダルが言ってたな。
「いや、そうじゃないんだ。ちょっと、な」
真帆は俺を怪訝そうな目で見たが、俺はかがりへと視線を移した。
「かがり……」
「ん?なあに、オカリンさん?」
「少し、こっちに来てくれないか?」
俺はかがりを開発室の方へと呼んだ。真帆にはまだ聞かせられないからだ。
「どうしてこっちに……?」
「いや、その……な」
うまく取り繕えない自分が腹立たしい。だから直球で聞くことにした。
「この時代に来てからの記憶は、まだ思い出せないのか」
このタイミングでは、まだ真帆には秘密を打ち明けていないはず。だからかがりにこれを聞くのは憚られたが、確かめずにはいられなかった。
「え…う、うん」
「そうか」
「どうしたの?いきなり」
「なんでもない。ただ少し、確かめただけだ」
「なにそれー。変なオカリンさん」
未来から戻って来た俺は知っている。この世界線のかがりの中には、もう紅莉栖の記憶は存在しないと。
「でも私ね。別にこのままでもいいかなって思ってるんだ。だってここにはママもいるし、るかくんやルミおねーちゃんもいるし。食べ物だっていっぱいあるし、無理に思い出す必要もないんじゃないかって」
「そうか……」
今はこれでいいかもしれない。けれど、このままでは世界は確実に、数多の悲しみに満ちた未来へと向かっていく。
紅莉栖の死を選んだ末にあるのがあんな未来であっていいはずがない。
まゆりたちを見送ってひとりになった途端、疲労が一斉に押し寄せてきた。3000回にも及ぶタイムリープ。その間に頭の中を整理出来るかとも思ったが、実際は過去に戻ることに必死で、それどころじゃなかった。
繰り返される時間跳躍の中で、精神は疲労していった。
何も考えられない。だが、頭はなぜか冴えていて、眠ることもできない。
誰もいなくなったラボは、底冷えするように寒く感じた。
だが、それでも、あの時感じた寒さに比べれば平気だった。
あれはデータの中の世界。紅莉栖も、まゆりも……皆がいた。でも、それなのに、寒くてたまらなかった。生きているのに死んでいるような。死んでいるのに生かされているような。“紅莉栖”は、ずっとそんな世界に閉じ込められている。
手のひらを蛍光灯にかざす。浮いた血管。そこに流れる赤い血。
俺は生きている。温もりがある。
一度データ化されたことで、俺は果たして人間と言えるのか、とそう悩んでいた。
だが、未来のダルが言ったように、タイムリープも全く同じ原理だ。記憶をデータ化して過去に送る。それをダウンロードして再起動する。それがタイムリープ。
3000回も繰り返す中で、考える事さえ馬鹿らしくなった。
迷いはない。俺は未来を変える。もう挫折もしない。諦めない。その覚悟はとっくに。未来でしてきた。
考えたかったのは、真帆にどう説明するか。皆にどう説明するか、だ。
それにルカ子の顔を直視できなかったのだ。俺は相変わらず情けないな。
だが、もう悩むのも終わりだ。覚悟しろ。俺はお前たちを容赦なく巻き込んでやるぞ!
そう思ってソファから立ち上がった瞬間、ドアが開いた。