STEINS; GATE ~抗い続けた者たちの執念のエピグラフ~ 作:明治アル蜜柑
あれから5時間ほどが経過していた。室内にはダルの叩くキーボードの音だけが響いている。
「どうだ、ダル?」
「今のところ、気づかれてはないと思われ」
「まだかかりそうか?」
「うーん。早くても3時間くらいは」
やはりそう簡単にはいかないようだ。ダルもかなり疲労が溜まっているだろうに、ずっと頑張ってくれている。まゆりたちからは適宜、連絡が届いていた。まゆりとルカ子、フェイリスと鈴羽という組み合わせで動いてもらっているが、さすがはそれなりの付き合いだけあって、それぞれがうまく連携をとり、東京中を動き回ってくれている。
鈴羽によると、何度か怪しげな連中を見たそうだし、萌郁からも連中は餌に食いついているとの連絡があった。今のところは誰ひとり危険な目に遭う事もなく、オペレーションはつつがなく進んでいる。
ただし、この誤魔化しがいつまでももつとは思っていない。だが、結局のところ、ダルに頼るしかないため、俺たちはじっと待つ他ない。
「すまないな。ダル」
「それは言わない約束だろ?」
25年後のダルの姿を思い出す。こいつはあれほど遠い未来の世界でも、ずっと俺に付き合ってくれていたんだ。
と、そこで、ダルのスマホに着信が入った。
「ん……誰だよ、この忙しい時に…」
ダルが分かりやすくイライラした反応を見せる。だが、画面を見て顔が変わった。
「阿万音氏だ……どうしたんだろ」
嫌な予感がした。
「はい、もしもし。阿万音氏、どうしたん?何かあったん?………え、かがりたんが?」
「かがりに何かあったのか⁉」
「……いなく、なったって……」
「何⁉」
差し出されたスマホを奪い取るようにして耳に押し当てた。
「俺だ、岡部だ!かがりがいなくなったって、本当か⁉」
『岡部さん!ごめんなさい!私がついていながら!』
「いったいどうして⁉誰かにさらわれたのか⁉」
『いえ、それが……かがりさんが自分で……私、必死で止めたんですけど、すごい力で……』
「自分で…?」
どういうことだ。やはり由季さんが……?
いや、それなら俺に報告してくる必要がない。だが、それならばかがりはどうして自ら飛び出したんだ?
「スピーカーモードにしてもらえる?私も話を聞きたいわ」
言われた通りにスピーカーモードにして、テーブルにスマホを置く。
「由季さん。かがりさんが飛び出していく前の状況を詳しく教えて。何か変わったことはなかった?」
『特には……それまでいろいろとおしゃべりしていて』
「何か、変な映像を見たりは?もしくは、音とか……」
真帆には何かしらの心当たりがあるようだ。
『いえ……あ、待って下さい!そういえば、外から変な音楽が聞こえてました。何かの街宣車みたいでしたけど……やけに大きい音だなと思ったら……』
街宣車?まさか昼間に走っていたあれか?
「それね……。さっきのファイルに書いてあったわ。ストラトフォーが過去に行って来た数々の実験。その実験の中にブレイン・ウォッシングが含まれていた」
ブレイン・ウォッシング……。
「洗脳、か!」
「特定の音楽を耳にすれば、自発的に行動するよう洗脳されていたんじゃないかしら。そうとでも考えなければ、この状況で自分から進んで飛び出すとは思えない」
街宣車が流していたあの曲——。
そう、それだ。K620番5曲目、『魔笛』。かつての世界線で、カエデが話していた、モーツァルトが作曲した曲。あの番号はケッヘル番号だった。かがりを魔へと導く笛の音——魔笛だったんだ。
「クソっ!」
おそらく秋葉原だけではなく、あらゆる場所を走らせていたのだろう。その罠にまんまと嵌ってしまったわけだ。
「どうする、オカリン……」
かがりを呼び出したのがストラトフォーであることは間違いない。となると俺たちに出来る事は——。
再びスマホの着信音が鳴った。俺のスマホだ。今回の作戦のために、フェイリスにいくつかのスマホを用意してもらっていた。
発信源はかがりに持たせたスマホからだった。間違いなく、かがり本人からではないだろう。
『オカベリンタロウだな?』
加工された声の無機質さが不気味さを助長していた。
「ああ。そうだ。お前は?」
『椎名かがりは我々の手中にある。交換条件は言わなくても分かるな?』
紅莉栖のノートPCとハードディスクだ。
「考える時間をくれ…」
『考える?何を考える必要がある?』
「っ……」
『交換は明日だ。場所と方法は追って連絡する』
一方的に告げると、電話は切られてしまった。
「紅莉栖のPCとハードディスクと、交換だそうだ……」
「で、どうするん……?」
「かがりが洗脳にあっていたなんて……」
鈴羽は俺たちの話を聞くと、歯噛みをして悔しがった。俺はあの電話の後、すぐに鈴羽を呼び戻した。萌郁にも声をかけたが、さすがにこれ以上は付き合えない、と言われてしまった。まぁ無理もない。
「鈴羽。率直に教えてくれ。仮に相手の要求に従ったとして、かがりを返してもらえると思うか?」
「……思わない。相手は洗脳なんて汚い手を使う人間だ。必要なくなれば、容赦なく消すはずだ。最悪、おじさんもやられる」
わざわざ俺を指名してきたという事は、俺がある程度の事情を知っていることを掴んでいる証だ。
これ以上、紅莉栖の遺産が争いの種になることに、俺は耐えられない。となると、俺がやるべき事はひとつ。
「こっちから乗り込んで、かがりを取り戻すしかないな」
危険ではあるが、それしかない。まゆり達はこの時間になった今も奮闘してくれている。おかげで連中は俺たちが都内を転々と逃げ回っていると思っているはずだ。
「乗り込むって、そんな……相手がどこにいるのかも分からないのに……?」
「どこにいるかなら知っているさ」
その言葉に鈴羽が驚く。
「本当か⁉おじさん、いつの間に……」
「ば、場所はどこなん?」
「俺たちの大学。東京電機大学の地下だ!そこにストラトフォーの支部があるんだ」
「そんなところに……」
「鈴羽、手伝ってくれるか?」
「オーキードーキー!」
言うが早いか、鈴羽はラボの中を物色し始めた。隠してある武器を取り出しているのだろう。ソファの裏から拳銃が出てきた。開発室の奥からも。……ずいぶんと物騒なラボになったものだ。
「駄目よ。ふたりでだなんて、危険すぎる」
「いや、大勢で動くよりも危険は少ないかも知れない」
それに俺は、まだしばらくは死ぬことはないと、運命に定められている。
「まゆりさんたちには言わないの?」
「言えば心配かけるだろうからな」
「それはそう…だけど……」
「ダル、引き続きロックの解除を頼む。かがりを捕らえた以上、やつらはかがりの中に紅莉栖の記憶を入れるかもしれん。それと、スマホは常に通話状態にしておいてくれ」
「オーキードーキー!」
準備を終えたらしい鈴羽が戻って来る。
「おじさん、これを」
鈴羽が差し出してきたのは自動拳銃だ。グロック17。
「もしものときは、自分の身は自分で守るんだ」
「っ……」
散々迷った挙句、俺はその銃を受け取った。初めて手にした銃……ではないな。α世界線で一度、萌郁から銃を奪って持ったことがある。あの時、緊張で手が震えていた。どれだけ憎い相手だろうと、その命を手で握っている感覚。それには言い尽くせない忌避感があった。それと同じ感覚が蘇る。
「大丈夫。おじさんもかがりも、あたしが護る」
鈴羽は、この重圧を乗り越えて、今ここにいるんだ。争いごとなんて大嫌いなあのダルの娘が。
「いや、心配は無用だ」
こんな世界は間違っている。鈴羽がこんなものを持たなくてもいい世界にしなければならない。
「よし、行くぞ鈴羽!」