STEINS; GATE ~抗い続けた者たちの執念のエピグラフ~ 作:明治アル蜜柑
『岡部倫太郎さん。はじめまして、牧瀬紅莉栖です。どうぞよろしく』
「…………」
俺は何も反応できなかった。モニター内の紅莉栖の動きには、確かに少し違和感がある。だが、そのうちに慣れてしまうだろうという程度のものだ。それよりも、声と話し方があまりにも本人そのままなのだ。
涙があふれそうになって、それを堪えるのに必死だった。
『あの、先輩。そちらは深夜、というわけではないですよね?』
PCに備え付けられているカメラが、俺から真帆の方へと向き直った。
「ええ、違うけれど、なぜ?」
『お二人とも、少し眠そうな様子でしたので』
俺が挨拶に対して無言だったことを言っているのだろう。
「私はさっきまで寝ていたけれど、もうシャッキリとしているわよ」
『…だらしないのは相変わらずですね』
「失礼なことを言わないで」
『では先輩。もう一つ質問しても?』
「ええ、何?」
『岡部倫太郎さんとはどういう関係ですか?』
「この前のATFセミナーに参加してくれた学生よ。なかなか研究熱心だと思ったから連れてきたの」
真帆は俺が生前の紅莉栖と知り合いだった、ということをこのタイミングで“紅莉栖”に伝えなかった。なぜだろう?それを伝えると都合が悪い?それとも自分で伝えろ、ということだろうか。
『へえ、先輩にそう言われるなんて、大したものですね』
画面の中の“紅莉栖”が俺に向けて微笑んだ。
「あ、その……」
落ち着け。俺。
『岡部さん、専攻は?やはり脳科学ですか?』
「そ、それは——」
言葉が喉の奥にからんで、詰まり続けた。
——分かっているんだ。これはただのプログラムだと。声も姿も、交わしている会話さえ、作り物に過ぎないのだと。
だが、そう理解しているのに、言葉が出ない。何をどう話していいのか、全く思いつかない。
そして、それ以上に、はじめまして、という挨拶が、思っていた以上にショックだった。……ここにいるのは、俺とあの3週間を過ごした紅莉栖じゃない。事前に真帆からも注意され、理解したつもりになっていたとはいえ、やはり本人からそれを告げられるのは、想像以上の痛みを伴った。
『どうかしましたか、岡部さん?』
“紅莉栖”の声が心配そうな響きを帯た。こんな微妙なニュアンスまで再現できるとは、たいした音声ソフトだな。
「彼の専攻は脳科学ではないわ。だけど、私たちの研究にとても興味があるんですって」
『そうなんですか』
「レスキネン教授も気に入ってるみたいだし、いずれは私の助手にでもしてやろうかと思っているところよ」
「…え?」
真帆がいきなり妙なことを言い出したので、驚いて声を上げた。
「あら、お気に召さない?」
「お気に召すとか召さないとか、そういう問題じゃなくて……」
「ま、冗談だけどね。もしかして、本気にした?」
「…信じちゃいない」
「そう。でも、もっともっと勉強してくれれば、あながち冗談じゃなくなるかもしれないわよ?」
「仮にそうだとしても、レスキネン教授の助手がいい」
からかわれたことへの強がり。
「教授の助手って思ってる以上に大変よ。あの人、本当に子供だから」
そう言いながら、真帆はさりげなく俺の横まで来て、トントンと数回、腕を叩いた。
それが俺を落ち着かせるためだと分かった。
情けない。“紅莉栖”を前に、緊張している自分が。
「……すまない。ありがとう」
「なんのことかしら?」
真帆は白々しく笑った。こんな気遣いをしてくれる人だとは思っていなかった。