STEINS; GATE ~抗い続けた者たちの執念のエピグラフ~ 作:明治アル蜜柑
部屋に戻ると、かすかにまゆりの声が聞こえてきた。
「さ~が~し~もの ひとつ~」
「ほ~し~の~わらうこえ~」
「か~ぜ~に~またたいて~」
「てをのば~せ~ば つかめるよ~」
まゆりは戻って来た俺たちに気付かず、テーブルに広げていた教科書などをバッグにしまいこんでいた。それをしながら、歌らしきものを口ずさんでいる。
というか、まゆり、歌がうまくなっていないか?
昔からこいつはめちゃくちゃ歌が下手だった。おばさんも矯正しようと歌の練習をさせていたが、すぐに無理だと分かって断念したはずだ。
「お前、歌うまくなったな」
「え?」
声をかけると、まゆりがようやく俺たちに気付いた。
「あ、おかえり~」
「まゆ氏の美声には癒されますなぁ」
ダルが調子よくそんなことを言う。
「えへへ~。昔、お母さんとオカリンに特訓してもらったんだ~。まゆしぃ、お歌へただったから」
やはり練習したのか。世界線が変わったことで、歌がうまくなった?去年の夏にβ世界線に戻ってきてからも、なんどかこいつの歌は聞いたが、下手だった記憶がある。
「ところで、それ、なんの歌だ?」
「えっと…」
考え込むと、まゆりは再び歌い出した。
聴いたことのある歌、のような気がする。どこで聴いたか、いつ聴いたかは覚えていないが。すると、玄関の方で何かが落ちる音がした。
「……⁉」
いつの間にか、かがりが玄関に立っていた。驚いた表情で、口をパクパクさせている。足元には彼女のバッグが転がっている。部屋に入るなり、何かに驚いて落としたようだ。
「あ、かがりさん。トゥットゥルー♪」
「そ、そ……!」
「そ?」
「その歌……私、知ってる!」
「ええっ⁉」
「そうなのか⁉」
「そ、その歌は……?」
かがりは震えながらまゆりを指さそうとして——。
「その……歌…」
糸の切れた操り人形のように、床に倒れた。
「かがりさん!」
「かがり!」
俺は台所でタオルを濡らしてくると、ソファに横たわっているかがりの額に乗せた。少しだけ表情が安らかになった気がする。ただ、まだ意識は戻って来ない。
「大丈夫かな…?」
「どう、だろうな」
ここにやって来るなり、いきなり倒れたのが5分ほど前
「つーかさ、濡れたタオルを額に置くのって、高熱で倒れた人の場合の処置じゃね?かがりたん、熱はないっぽいじゃん。これって気絶した人にも効果あるんかな?」
「し、仕方ないだろう。他に何をしていいのか分からないんだから」
俺もダルも、何をしていいのか分からずあたふたとしてしまっていた。とはいえ、かがりを病院に連れて行くのはまずい。身分証明が何もできないのだ。
「……ママ」
ぽつりと、かがりが呟いた。
「今、ママって聞こえたお!」
かがりの口元に耳を近づける。
「イヤ……ママ……行かないでっ!」
突然、かがりがガバッと跳ね起きた。
ものすごい勢いでかがりの頭が俺に迫る。
ゴツッ、と鈍い音が響いた。
「うぉっ!」
「痛っっ!」
ダルは躱したが、俺はかがりに盛大な頭突きを喰らってしまった。
「か、かがりたん!大丈夫?」
頭突きの勢いそのままに、後ろに倒れこんだ俺には目もくれず、ダルはかがりの方を心配する。
「……あれ?岡部さん?」
かがりが頭を押さえながら、倒れている俺を見る。
「岡部さん、どうして倒れているんですか?ってあれ?私、どうしてソファで……」
「っ………」
あまりの痛みに俺は立ち上がれないでいる。たんこぶになってしまうかもしれない。だが、かがりは痛がる様子もない。
「かがりたん、頭は大丈夫なん?オカリンに超ヘッドバットかましてたけど…」
「へ、へっどばっと?」
何を言われているのか理解できていない様子だったが、かがりはなんとなく自分の頭を押さえた。
「も、もしかして、頭突き…しちゃいました?私、石頭だから……」
「ってボクのバカ!これはかがりたんとのラッキースケベのチャンスを逃したんだお!」
ひとりでテンションを上げるダルに、若干引き気味のかがり。
「…かがり。大丈夫か?」
ようやく痛みが引いてきた俺は、かがりの前にしゃがみ込む。
「えっと、私……寝てたんですか?」
「覚えてないのか?」
「ラボに来て、まゆ氏を見た途端、気を失ったんだお」
「まゆりさんを…?」
ここで俺はかがりの口調の変化に気付いた。変化、というよりも以前の口調に戻った、というべきか。未来の記憶がないから、こうよそよそしくなってしまうのだろう。
「君は、まゆりが口ずさんでいた歌を知っているようだった」
「歌……」
まゆりが歌っていた歌。俺もあの歌を知っている気がする。
「あっ!そうです。あの歌!私あの歌知ってるんです!どこかで聞いたことあって……ずっとずっと昔、子供の頃に!」
「おお、ktkr!これ、マジで記憶回復フラグなんじゃね⁉」
「まゆりさんは?まゆりさんはどこに⁉あの歌のこと、教えてもらわなきゃ!」
かがりは焦ったようにラボの中を見渡した。
「まゆりはメイクイーンのバイトがあて、君と入れ違いに出て行ったよ」
「かがりたんのこと、すごく心配してた」
「そう、ですか……」
目に見えてしょんぼりしている。歌の事もそうだが、まゆりがいない、ということに落ち込んでいるようにも見えた。