STEINS; GATE ~抗い続けた者たちの執念のエピグラフ~ 作:明治アル蜜柑
帰る前に、教授に話があると言われた。
「テスターをやる気はあるかな?」
翻訳機を通した教授の言葉に、俺は首を傾げた。
「『Amadeus』には対話サンプルが少なくてね。うちの研究室の子たちを総動員してはいるのだけれどね」
「とはいえ、『Amadeus』はまだ研究段階だし、誰かれ構わず接触させるわけにはいかないわ」
「そこで、クリスの友人だったリンターロに、ぜひとも協力してほしいんだ」
確かに、この前のパーティの時点で、テスター云々という話もされたような気がするが、そういうことだったのか。
「私と教授はしばらく日本に滞在する予定なの。だからテスターをお願いするのは、その間、ということになるわね。あなたにしてもらいたいのは、とにかく“紅莉栖”と対話を重ねてもらう事。具体的なノルマのようなものはないわ。気が向いたら話をするぐらいでいい。ただ、月に2回程度は私と教授にテスト経過の報告をしてほしいの」
「それと、申し訳ないんだが、報酬は出せないんだ。そこも含めて、考えてみてほしい」
「俺は……」
「亡くした友人をそっくりそのまま再現したAIと話をさせる……。それは君にとって、とても残酷なことだとは、理解しているつもりだよ。乗り気でないのなら、断ってくれていいからね」
ついさっき、“紅莉栖”と話したときのことを思い出す。別れ際、モニターをシャットダウンする時に、あいつはこう言った。
『またお会いしましょう。岡部倫太郎さん』と。
結局、俺はそうなることを期待してここに足を運んだんだろう?
「やります。やらせてください」
*****
それなりに、覚悟を決めて引き受けたつもりだった。でも、まさかこんなことになるなんていうのは、全く予想していなかった。
ポケットに入れていたスマートフォンが鳴る。
今日だけで、もう何度もこうして着信が来ている。そして、それを全てスルーし続けている。でも、さすがにこれ以上虫するのはよくない気がした。
前を歩くまゆりたちに気付かれないよう、できるだけさりげなさを装って。俺は画面の着信ボタンをタップした。
「……はい」
『牧瀬ですけど』
画面に“紅莉栖”が表示された。そう、『Amadeus』だ。教授に入れてもらったアプリにより、24時間いつでもどこでも、このスマホからヴィクトルコンドリア大学にあるサーバーにアクセスできるようになったのだ。
俺から通話を繋ぐだけでなく、“紅莉栖”の方からも掛けてくることが出来る。まさか、こんな事態になるとはな。画面にまで表示されるとは…。
『それとも、クリスティーナですけどって自己紹介した方がよかったですか?』
なんだか、すごく怒っている気がする。それもそうか。最初の着信を含め、8買い物連絡に一度も出なかったんだから。
『事情はレスキネン教授や真帆先輩から聞いています。だから最初に一言、こちらから挨拶しようと思っていたんですが。まさか8回も居留守を使われるとは思いませんでした』
「…………」
『なんで黙ってるんですか?』
こんな人の多い場所で、スマホに表示されているリアルな女の子を相手に喋るのは、さすがに気恥ずかしいだろうが。
『ま、話す気がないなら、それはそれでいいんですが…。なんなのよ、せっかくいつも以上に人と話せるチャンスだと思ってたのに、バカみたいじゃない。ったく』
ああ、なんだろう…。
『ゴホン。いずれにせよテスト中は、私はあなたといつでも繋がっていますから。気が向いたらどうぞ、連絡してきてください。あなたの連絡にいつも出られるかどうか分かりませんけど』
昨日喋ったときの、妙にお行儀がよくて、気さくな“紅莉栖”よりも。不機嫌で、強がりで、人一倍好奇心が強くて、挑みかかって来るかのようなこの態度。
『それでは、お邪魔しました』
通話が切れた。
「…………」
紛れもなく、牧瀬紅莉栖だと痛感した。俺が知る、ともに3週間を過ごした、ラボメンナンバー004.クリスティーナこと、俺の助手である、牧瀬紅莉栖だった。
俺は、たったこれだけで、胸の奥が苦しいほどに締め付けられて、たまらずスマホを握りしめ、その場に立ち尽くしてしまった。
「凶真……じゃなかった、オカリーン!どうしたニャ?」
「あ、ああ。今行く!」
記憶と人格は別物。かつて紅莉栖はそう言った。
タイムリープマシンを作った時に、過去に送れるのは記憶だけで、人格はそれに含まない、と。
今の俺を、過去に送る事ができるのか、それが問題となった。タイムリーパーにとっての現在を規定するのが、人格だからだ。だが、結果として、俺の人格も過去へと遡った。俺にとっての現在が、過去の時点へと移動したのだ。
タイムリープマシンは正常に機能し、俺は何度も何度も時間をやり直した。
では、この『Amadeus』はどうだ?
人間の記憶データをベースに動作するAI。おそらく、タイムリープマシンに使ったのと同じ技術が使われているのだろう。紅莉栖の記憶を読み取り、データ化した。
だが、このまるで人間を相手にしているかのような感覚は何だ?
“紅莉栖”の中にあるのは、紅莉栖の記憶だけのはず。そこに人格は含まれていない。それなのに——。
(俺がタイムリープしたときと同じ…)
間違いなく、人格がそこにある。だからこそ、俺の胸がこんなにも締め付けられているんだ。
“紅莉栖”と再び会えたこと。それを後悔したくはない。喜びは確かにある。AIになっても、俺の知る紅莉栖のままだった。だが、俺のことを覚えていないという事実が突き刺さる。寂しさ。
(そんなの、何度も経験して、慣れたはずだったのにな)
リーディングシュタイナー。俺だけが、世界線が変動しても、変動前の記憶を保持できる。俺以外の人は、全て忘れてしまうのだ。
(秘密の日記……か)
誰にもアクセスできない、秘密の領域。普通人間は、脳内を誰かに見られるということはない。だが、プログラムである『Amadeus』は別だ。真帆や教授に全てを見られてしまう。だからこそ、用意された秘密の日記なのだろうか。
秘密があり、他者に見せない部分がある。それこそが、人間を人間たらしめている要素なのかもしれない。
紅莉栖の記憶があり、その人格らしきものまである。ATFのセミナーの時にも思った事だ。『Amadeus』にもリーディングシュタイナーが発現するかもしれない。
タイムリープマシンは、SF映画のように、時間を巻き戻すのではない。データ化した記憶を過去に送り、思い出させることのできる装置だ。つまり、俺の頭の中にある記憶は、一度データになったもの。
その俺が、人格を持ち続け、リーディングシュタイナーを発動させ、変動前の世界線の記憶を保持する事が出来ている。それがそもそも、機械仕掛けの『Amadeus』なら…?
この“紅莉栖”に、α世界線の紅莉栖の記憶を、思い出させることだって出来るかもしれない。
(そうしたら俺は……)