STEINS; GATE ~抗い続けた者たちの執念のエピグラフ~ 作:明治アル蜜柑
2011年7月7日(木)
「ママ……」
「あ、かがりちゃん!トゥットゥルー♪」
ラジ館の屋上。夕暮れの空を背にして佇むまゆりに、かがりは駆け寄っていく。まゆりは少し照れたように微笑むと、後ろを向いた。
その視線の先にあるのは———タイムマシン、だ。
嫌な予感。タイムマシンが、また自分とまゆりを引き離してしまうのではないかという予感。
「かがりちゃんは、これに乗って来たんだよねぇ」
「急に何?そんなしみじみ言う事じゃ——」
言葉が喉の途中で詰まる。
タイムマシンのハッチが開いているのだ。
「どうして……どうしてタイムマシンのハッチが開いているの?」
まゆりは答えない。その代わりに、マシンの中から人影が現れた。
「かがり……お前、どうして⁉」
鈴羽だった。かがりがいることに驚いている。
「それはこっちの台詞だよ!2人で何してるの⁉」
「………まゆねえさん」
「うん。ごめんねスズさん。秘密にしておくって言ってたけど、かがりちゃんにはちゃんとお別れを言っておきたかったんだぁ」
すぐに終わるから、と言って鈴羽にはマシンの方に戻らせた。
「秘密?お別れ?ママと鈴羽おねーちゃんは何の話をしてるの?」
本当は、分かっていた。
ただ、認めたくなかっただけだ。
「あのね、かがりちゃん。まゆしぃはこれから、スズさんと一緒にタイムマシンに乗るの。大事な人に、目を覚ましてもらうために」
「っ……無理、だよ」
これも分かっていた。
まゆりがタイムマシンに乗って、行ってしまうことも。
「世界線は収束しちゃうの。ママや鈴羽おねーちゃんがどんなにがんばったって、変えられない。誰にも変えられないの!」
強く否定する。これで、諦めてくれ、という思いを込めて。
「そう、だね。きっと、まゆしぃじゃ変えられない」
「だったら……っ!」
まゆりは、しっかりとかがりの目を見つめる。
「でもね、オカリンは別なの。オカリンには、未来を変える力がある。そのオカリンを——あの日のオカリンの背中を、ちょっとだけ押すぐらいなら、まゆしぃにも、出来るはずだから」
まゆりの目には、強い意志が宿っている。
「チャンスはあの日だけだから」
「うまくいくわけない!」
それでも、かがりは否定する。
まゆりを行かせないように、両腕にしがみつく。
「それでも—」
それでも、まゆりの瞳は揺るがない。
「まゆしぃはもう一度会いたいんだ」
かがりではない、誰かを映して。
「鳳凰院凶真に。私の彦星さまに、もう一度会いたいの」
「そん、な………」
本当は、分かっていた。
記憶を取り戻してからの半年間。かがりは心の底から幸せな生活を送っていた。
そして、そんな生活がいつまでも続くはずがないことを。
あの日の、まゆりの眼差しの意味を、本当はわかっていたのだ。
優しく微笑む裏で、すっと物思いに耽るように遠い目をする理由を。
記憶を取り戻したあの日。
まゆりは何度もかがりに謝った。かがりはそれを、未来のまゆりに代わって謝っているのだと思っていた。かがりを一人ぼっちにさせてしまったことを、謝っているのだと思っていた。
でも、違った。そうではなかったのだ。
あの時、かがりに謝っていたのは、今、目の前にいるまゆりだった。
これまで一人ぼっちにさせたことではなく、これから、かがりの元を離れることへの謝罪。
もう、半年も前からずっと、心に決めていたのだ。
「…私は?」
それでも、まゆりを行かせるわけにはいかない。
「私はどうなるの?もし、オカリンおじさんがシュタインズゲートに辿り着いたとして……そこでは戦争が起きないかもしれない。そうすれば、たくさんの人は救われるのかもしれない。だけど、そしたら私は、ママと会えなくなっちゃう……」
戦災孤児であるが故に、まゆりと出会うことが出来たのだ。その未来が変えられてしまったら……。
「そんなことないよ。どの未来でだって、まゆしぃとかがりちゃんは、会えるよ」
まゆりは自分の腕を掴むかがりの手をそっとほどく。
「その世界では、かがりちゃんはひとりじゃないかもしれない。本当のお父さんとお母さんがいて、幸せに暮らしているかもしれない」
そして、その手を優しく握りしめる。
「でも、まゆしぃは、それでも、かがりちゃんに会いに行くから。それでね、かがりちゃんと、とってもとっても仲良しになるから。だから、かがりちゃんは、なんにも心配しなくていいんだよ?」
「私もママも、お互いの事、忘れちゃうかもしれないんだよ!私の事を覚えていないのに、どうやって会いに来てくれるの⁉絶対無理だよ!」
「ううん。まゆしぃには、きっとかがりちゃんが分かるよ」
「なんで……なんでそんな事、言い切れるの⁉」
まゆりに忘れられてしまうなら、まゆりのことを忘れてしまうなら、生きている意味なんてない。どれだけ大勢の人が死のうとも、まゆりに会えるのならそれでいい。それだけが、かがりの生きる意味なのだ。
「だってね。それが、運命だもん」
「………っ」
「まゆしぃとかがりちゃんの絆は、どんな事にも負けたりしない。だから、今の記憶がなくなっても、絶対に、まゆしぃは、あなたを見つけ出すから」
「ママ……」
まゆりは、両目から真珠のような涙をこぼし続けながら、それでも、かがりに向かって笑いかけてくれた。