STEINS; GATE ~抗い続けた者たちの執念のエピグラフ~ 作:明治アル蜜柑
(1)
2010年12月15日(水)
『…どうしたの?ねぇ、顔が真っ青——』
スマホをタップして、一方的に通話を打ち切った。
それと同時に、眩暈に襲われてその場にひざまずいた。
「うう……おえっ」
空嘔吐を繰り返す。手が震える。
そう、事実は、覆せない。
なのに俺は“紅莉栖”と何事もなかったように仲良く話している。
紅莉栖と同一視して、自分がかつてしでかしてしまったことから、目を逸らそうとしている。俺は“紅莉栖”に甘えて依存していただけだ。こんなの、歪んでいる。
もう、“紅莉栖”とは話すべきじゃない。
電話が鳴る。
“紅莉栖”からの呼び出しだ。途中で強引に会話を打ち切ったから、きっと怒っているんだろう。
………怒っている?
たかがAIだろう。“紅莉栖”のその怒りだって、ただのプログラムだ。紅莉栖と“紅莉栖”は違う。同一視して目を背けるな。もう“紅莉栖”とは話すべきじゃない。この着信だけでフラッシュバックが起こりそうになる。脳裏に、血に濡れた紅莉栖の顔が浮かび上がってくる。
「…………」
スマホを見つめる。
「………なんだ?」
『なんだ?じゃない。急に切るなんて失礼————どうかしたの?』
怒りながらも俺を心配してくれている。
「なんでもない」
『でも、ひどい顔色してるじゃない』
……紅莉栖そっくりだ。
「本当に、なんでもない。放っておいてくれ。しばらく連絡してこないでくれると、助かる……」
『あまり無理せずに、誰か知り合いに連絡しなさいよ?それじゃ』
案外あっさりと“紅莉栖”は引き下がってくれた。人工知能である自分にはなにもできることはないと、察してくれたんだろう……。
……察した?
まるで本物の人間みたいだ。そう考えたら、また頭の中から、紅く血に染まった手の幻影が浮かび上がってきそうになったので、奥歯を噛みしめてぐっとこらえた。
やっぱりしばらく落ち着くまでは、スマホの電源を切っておいた方がいい。
ついさっきはまではなんでもなかったのにな…。
今は“紅莉栖”の声を聞いただけでも、パニックになりそうだ。半年前の状態に戻ってしまった。
あのときも、紅莉栖の名前を聞くだけでフラフラになっていたものだ。
「手を出すべきじゃ、なかった……」
紅莉栖の幻影を、追うべきじゃなかったんだ。とにかくスマホの電源を切っておこう。
でも、結局俺は————。
ミネラルウォーターを一気に飲み干してから、俺は一息ついた。レスキネン教授たちとの約束の時間までは、まだ少しある。ここで風に当たってなんとか回復しておきたかった。
陸橋から、下の景色をぼんやり眺める。クリスマスムード一色。浮かれた雰囲気。まるで今の俺とは対照的だ。
深呼吸を繰り返した。まだ吐き気は消えない。頭痛も少ししてきたような気がする。
この調子でレスキネン教授に会いに行ったら、絶対に心配されてしまいそうだ。
「……?」
そのとき、階段を上って来た女性2人組がこっちを見ていることに気づいた。薄暗くなりつつある中で目を凝らし、相手の顔を確かめてみる。と、2人組のうちのひとり、ショートカットの少女が軽く手を振ってきた。
「やっぱりオカリンさんだ」
「こんにちは」
「あ、あぁ。まゆりの友達の……」
まゆりの友達であり、コスプレ仲間。コスプレネームは確か……カエデとフブキ、だったはず。本名は知らなかった。どっちがカエデで、どっちがフブキだっただろう?
「大丈夫ですか?具合悪そうですけど…」
とロングヘアの少女が訪ねてきた。…たぶんカエデ、だったはず。
「……大丈夫」
ここで心配されて、まゆりに連絡でもされたらそれはそれで後のフォローが大変だ。まゆりには無駄な気遣いをさせたくない。そもそも秋葉原にもどってくるんじゃなかった。街を歩くだけで知り合いに会ってしまう。
さっきだって神社から神田の方へ行くべきだった。
「オカリンさんって、いつも、なんだか辛そうに見えます」
おそらくフブキの方だ。
「……そう、か?」
「そうだよっ!」
「フブキちゃん……」
「そんなオカリンさんを見てるマユシィも辛そうで……。私も、オカリンさんとマユシィのこと見てると泣きそうになって……って、私なに言ってんだろ…」
このフブキっていう子は、まゆりのことをとても大切に思ってくれているんだな。
それが分かって優しい気持ちになれた。
「あのっ…」
これまた聞きづらそうにフブキが口を開く。
「オカリンさんの好きな人って、誰ですか?」
「……!?」
好きな、人?
一瞬だけ、あいつが脳裏をかすめる。
追いかけるべきではないと思ったばかりの幻影。
そしてそれと同時に、あいつの命を奪ったあの瞬間の感触が、この手に蘇ってくる。
「……っ」
まずい。落ち着け——。
「オカリンさん?……ご、ごめんなさい!失礼なこと聞いちゃって!」
「い、いや…大丈夫、だ」
せっかく心を落ち着かせるためにここに来たんだ。あいつのことを忘れるためにここに来たんだ。これでは——。
「でも、やっぱり、マユシ——」
「なっ!!」
その瞬間、白衣を着て、あの頃のように高笑いをする俺の姿が頭に浮かんだ。
ラボに皆もいる。まゆりも、ダルも、ルカ子も、フェイリスも、そして比屋定さんも。あともう一人は…誰だ?
紅莉栖?
いや、違う気がする。
分からないが、全員の顔が希望に満ち満ちている。
そんな気がした。
フブキが何かを言いかけていたが、頭に浮かんだビジョンに気を取られ、聞いていなかった。
何かを言おうとしたところで、手に持っていたスマホが震えた。
「すまない……ライン、か」
2人に軽く頭を下げると、俺はラインを立ち上げた。
「これ、は…っ!!」
マッドサイエンティスト
『世界は欺ける』
『可能性を繋げ』
『世界を騙せ』
「オカリンさん?」
「本当に、大丈夫ですか?」
これは……なんだ?
「え、あ、ああ……大丈夫…」
カエデとフブキはなおも俺のことを心配そうに見つめていた。
だから俺は半ば逃げるようにして2人と別れた。