STEINS; GATE ~抗い続けた者たちの執念のエピグラフ~ 作:明治アル蜜柑
「………テスターを、やめたいです」
そう切り出すと、レスキネン教授も真帆も唖然とした顔で俺を見た。
都内の高級ホテル。その一室が会合の場所だった。なんだか秘密の会合みたいで、スパイ映画にありそうなシチュエーションだ…なんて思ってしまったのは、まだ厨二病の残滓みたいなものが俺の中に残っているせいだろうか。
「いきなりそんなこと……無責任だわ!」
ようやく俺の言葉の意味を理解したらしい真帆が、憤りを露わにした。
「マホ、落ち着きなさい。このテストはむしろ、リンターロの善意で成り立っているんだよ。引き受けてもらえただけでも、こちらとしてはありがたかった。ここで辞退しても、無責任ということは決してないから、大丈夫」
教授はそう言うと、俺に握手を求めてきた。大きな手を握り返しつつも、俺はまともにその目を見ることができず、頭を下げた。
「………すみません」
「ただ、私としてもできれば続けてもらいたいんだよ。ざっとログを見たが、かなり頻繁に話してくれているじゃないか。それに、研究室で我々が相手をしていた頃とは“クリス”の話し方がだいぶ違う。人は社会的な生き物だ。相手と状況によって言動を変える。それを『Amadeus』でも再現できていると見ていいだろう。だからこそ、もうしばらくテストを続けたいんだ」
「………」
「ちなみに、やめようと思った理由は何かな?『Amadeus』と話すのが、辛くなったかい?」
「いえ…逆です」
「…逆?」
「はい。『Amadeus』と…“紅莉栖”と話すのは、とても楽しいんです。でもそれが…怖くて」
「怖い…とは?」
「紅莉栖と“紅莉栖”を同一視している自分が恐ろしいんです。紅莉栖が…あいつが、生きているような気がしてしまって…」
「やはり、君に負担をかけてしまったね。本当に済まない。ただ、君のその反応は本当に興味深い。研究者ではない目線で『Amadeus』をとらえているという意味で、私も勉強になるよ。こんな言い方、感じ方になってしまうことを許してほしいなにしろ根っからの研究者なものでね」
「いえ…こっちもワガママ言っているのは分かっているんです…」
さっきから真帆は一言も喋ろうとしない。ムスッとした顔で、ひたすら『Amadeus』のログをチェックしているようだ。いたたまれなくなってくるから、あんまり俺がいるところで見てほしくないんだが…。
「分かった。テスターの辞退については、君の望むとおりにしよう。ただ、アクセス権は君のスマートフォンにそのまま残しておいても構わないかな?」
「え?」
「今後、『Amadeus』と話すのも話さないのも、君の自由だ。“クリス”の方からは、君に連絡しないように言っておくから」
「………」
「私たちと君との関係を、今日これで終わりにしたくはないんだ。せっかくできた日本の友人だし、それに——」
教授はチラリと真帆の方を見た。
「マホも、寂しがるしね」
「教授!」
「ハハハハハハハ!」
「分かり…ました」
押し切られた感は否めないが、俺としてもレスキネン教授との繋がりは断ちたくなかった。ヴィクトルコンドリア大学を目指すという目標はなにも変わっていないわけだから。
そのとき、レスキネン教授のスマホに電話がかかってきた。
「おっと失礼。ちょっと電話してくるよ。マホ。その間にリンターロと仲直りしておくようにね?」
いたずらげにウインクして、教授は部屋を出ていった。
俺と真帆の二人きりになる。
「はぁ……」
これみよがしな……いや、自己嫌悪のため息か?
「ごめんなさい。さっきは怒鳴ったりして」
「いや…」
「教授の言う通り、こちらがお願いしている立場なのに。『Amadeus』は今の私にとっては姉妹……ううん、子供みたいなものだから。それを投げ出されたように思えて、つい………」
「力になれなくて、済まない……」
「あなたの気持ちも分かっているつもりよ。あるいは、つもりだった、かしら」
真帆はもう一度ため息をついた。
「自己嫌悪だわ。駄目ね、私。たぶん、前頭前皮質がひねくれて出来てるのよ。そうに違いないわ」
「……は?」
「前頭前皮質は人格を形成する部位の一つね。情報のフィルタリングを行うこともあるわ。己の中の認めがたい情報を遮断したり、自己欺瞞を行ったり」
「よく、分からない」
「要するに、むき出しの情動を隠そうとして、とっさに嘘をついたりするのよ。他人だけじゃなく、自分自身にもね。今の私みたいに、難しい言葉を並べて自分を取るつくろってやろうとか。こういうことも、前頭前皮質がやってるんだと思うわ」
それって、そっくりそのまま以前の俺——鳳凰院凶真にも当てはまりそうだな。それに気づいてなんとも言えない気分になった。
「…誰でも、そういうことってあると思う」
「私は特別ひどいのよ。たぶん」
「ふ………」
「今後も、気が向いたらでいいから、『Amadeus』をかまってあげて。ほんの短い時間でもいいの」
「……考えておくよ」
「ありがとう」
真帆は気が抜けたように、ソファの背もたれにその身を預けた。