STEINS; GATE ~抗い続けた者たちの執念のエピグラフ~ 作:明治アル蜜柑
「…なぁ、聞いていいか?紅莉栖の……母親のこと」
「……?」
「前にパーティのとき、君とレスキネン教授が話しているのが偶然聞こえたんだ。紅莉栖の家に、その、なにかあったって」
「あ、あのこと…」
真帆はすぐ思い当たったらしく、うなずいた。
「紅莉栖のお母さんから電話があったの。家に放火されたんですって」
「ええ?大丈夫なのか?」
「ちょうどその日は留守にしていたから、大丈夫だったそうよ」
ホッとした。紅莉栖の母親の立場を考えると、これ以上の不幸には見舞われてほしくないと、心の底から願わずにはいられない。
「私、紅莉栖のお母さんには結構可愛がってもらっていたの。休日に、家にもよく招待してもらってね。だから心配だわ。変なことに巻き込まれていなければいいのだけれど」
「…変なこと?」
その言い方に引っかかった。背中にぞくりと悪寒が走る。
「ただの放火じゃないのか?」
「それが……」
真帆は俺に話すか逡巡しているようだった。
「比屋定さん」
少し促すような形で声をかける。それで彼女は軽くうなずいてくれた。
「それが、最初は地元の警察が捜査してたらしいのだけれど、そのあと、FBIを名乗る人たちが来たらしくて」
「FBI?」
「ええ。FBIが出てくるような事件ではないのに、よ。それと、放火した犯人を隣の住人が目撃していたそうなんだけど、、その証言によると、犯人はただの放火犯には見えなかたって」
「……というと?」
「複数犯でね……なんだか特殊部隊みたいだったって。ほとんど何もしゃべらず、火を着けたらすぐ、近くに泊まっていた車に乗り込んで去って行ったそうよ。こんな言い方が正しいのかどうか分からないけど、手際がすごくよかったみたい。火の回りも、異常なほど早かったらしいわ」
ただの放火犯ではなく、プロの犯行、とでも言いたいのか?
…そんなバカな、と笑い飛ばすことはできない。この世の中にはそういう人間たちが存在することを、俺は実際に知っているから。
「それと——」
「それと?」
「その犯人たちが、ロシア語を話していたって…」
「ロシア語っ?」
ロシア——。
イヤでも連想してしまうのは中鉢のことだ。半年前、ヤツは紅莉栖から——自分の娘からタイムマシンに関する論文を盗み、それを手土産にロシアに亡命した。まさかそれと関係している……?
「それともうひとう。紅莉栖が亡くなったばかりの頃、私たちの研究室でもおかしなことがあったの。地元の警察と一緒に、日本の刑事という人が来たのよ。日米合同捜査で、紅莉栖の事件を調べているって。もちろん私たちはできる限りで協力したんだけれど、何日か経って大学が警察に問い合わせをしたら——そんな刑事が日本から来た事実はない、って言われたわ」
「じゃあその日本の刑事は偽物だった……?」
「それだけじゃないの。地元警察も私たちの研究室を捜査した事実はないって。つまりね、日本の刑事どころか、警察と称してやって来た人たち全員が……」
偽物……。
「そのことがあってから私……」
真帆はそこで、かすかに身を震わせ、自身の腕を抱きしめるようにした。
「私、紅莉栖の死には、なにか裏があると疑っているわ。別に、陰謀論者ではないけれど」
「………」
「何かもっと別の理由で紅莉栖は殺されて、それが闇に葬られてしまったんじゃないかと、そう考えているのよ」
「………」
紅莉栖を殺したのは、俺だ。その事実は表沙汰にはなっていない。今後もなることはないだろう。タイムトラベラーによる殺人なんて、誰にも証明できないのだから。
表向きには外国人窃盗団が侵入し、目撃者である紅莉栖を殺害した、とされている。現在、海外逃亡中の為、国際手配中ということになっている。
それはそうとして、ドクター中鉢の名前が一切上がってこないのも不気味だ。ロシア、SERN、タイムマシン。
鈴羽——いや、ジョン・タイターが語った未来。あと10年もしないうちに第3次世界大戦が起こる。
そのきっかけがタイムマシンであること。EUとロシアの開発競争が火種となり、アメリカが横やりを入れたことで収拾がつかなくなる。
もしかしたら俺は、今まさに50億人以上が死ぬ戦争の、その最初の発火点の渦中にいるんじゃないのか?
そんな気がしてならない。
「このままじゃ紅莉栖は浮かばれないわ。真実を知りたい……」
「真実?」
思わずギクリとして、真帆の顔を見てしまった。
「真実を……知りたいって?」
危険だ。そんなことをしたら、彼女は間違いなく危険にさらされる。
———夜のとばりを引き裂いて襲撃してきたラウンダーたち。
———凶弾に頭を撃ち抜かれ、腕の中で息絶えた大切な幼馴染。
———その後に、無限と錯覚するほどに繰り返した、悪夢のような時間のループ。
α世界線で理不尽に襲い掛かってきた事実の数々が脳裏によみがえってきて、俺はうめき声を上げそうになった。
「でも、それは……警察に、警察に任せておいた方がいい……」
「…そうかしら?」
「……少なくとも、自分でどうにかできるなんて、思わないことだ。人間ひとりの力なんて、あまりにもちっぽけなものだから」
そこまで言ってしまってから、余計なことを口走ってしまったと後悔したが、後の祭りだった。
「………」
鋭く、射貫くような真帆の視線。
「あなた、もしかして……なにか知っているの?」
「………っ」
核心を突かれ、動揺が表に出そうになる。とっさに両手で自分の顔を覆った。
「そんなはず、ないだろ……」
これで納得してくれるとは思えない。
顔を覆う手が震えだすほどに力がこもる。
「……そう。変なことを言って、悪かったわ」
だが、真帆は引いてくれた。