STEINS; GATE ~抗い続けた者たちの執念のエピグラフ~   作:明治アル蜜柑

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2010年12月21日(火)

 

 

三日が経った。鈴羽はまだ看病を受ける立場にいた。まゆりと由季が毎日のように世話を焼いてくれているのだ。まどろみの中、シャワー室からひどく音痴な歌が聞こえて来た。

 

どこかで聞いたことのある歌。ひどく懐かしい歌。

 

(母さん…か。これ、何の歌だっけ?)

 

間違いなく母の歌声だった。シャワーの水音もしている。

 

だが、母は——由季はこんなにも歌が下手だっただろうか?

 

 

そんなことを考えていると毛布を落としてしまった。

 

身体はずいぶん回復したが、ずっと寝てばかりいたからか、手を伸ばすのも億劫だった。それに気づいたまゆりが毛布を拾い、そっとかけ直してくれた。

 

(まゆねえさんの匂い…)

 

特に香水などつけていなくても、まゆりからは不思議といい香りがする。ほのかに甘くて、優しい色をした花のような芳香。

 

それははるか未来の世界で、愛する母を失った夜に、一晩中、鈴羽を抱きしめていてくれた香りでもあった。

 

そんなまゆりの匂いを感じたからだろうか。鈴羽はかがりのことを思い出していた。

 

2036年.鈴羽とかがりが過去へと跳んだ日。辿りついた過去の世界で、かがりはまゆりの身を案じていた。

 

 

(かがり……)

 

 

 

 

目を覚ました鈴羽のために、まゆりが由季監修のもとに自作したシチューを温めてくれた。至はメイクイーンに行ったそうだ。そのままバイトにも行くらしい。…危ないことをしていなければいいが。

 

シチューを用意すると、まゆりもバイトに行ってしまった。

 

由季と二人きりになってしまった。

 

この数日間、由季は何度も鈴羽に着替えやタオルで汗を拭くように言ってきた。そのたびに拒否し続けていたのだが、やはり最後には押し切られてしまう。

 

そして今日もまた——。

 

 

体を触られるのが嫌なわけではない。汗もまぁ、拭ける状況なのだから拭いておくにこしたことはない。そう思うようにはなった。ただ、由季には体を見られたくないのだ。

 

(母さんにはこの傷…見せたくないな)

 

体中にある古傷や生傷、火傷の跡など。それらは別に誰に見られても構わなかった。戦士としての勲章だとも言える。

 

だが、母である由季には見せたくない。きれいな身体に産んでくれたのだ。こんな汚れた体を見せて、母を悲しませたくはない。それに、胸のあたりで複数の引き攣れとなっている無残な傷跡は特に嫌だった。

 

これは母の墓標だ。

 

驕っていた自分を庇い、母は死んだ。

 

由季は鈴羽を抱いたまま、無数の銃弾を浴びた。銃弾は由季の内臓を貫通し、勢いを失いつつも、鈴羽の皮膚にまでめりこんだ。母の血と肉片をたっぷりと滴らせたまま。

 

だから墓標。

 

(母さん……)

 

こうして一緒にいられる時間は大切にするべきだ。素直になろう。

 

由季が食事の用意をしてくれている間に、着替えを済ませた。開発室から出ると、テーブルの上には料理が並んでいた。

 

「…食べましょうか」

 

何度も拒否された手前、由季は少し気まずそうだった。

 

 

 

 

まゆりのシチューはおいしかった。ずいぶんと腕を上げたようだ。

 

食べ進めるうちに、気まずさは少しずつなくなっていた。そこで鈴羽は歌のことを聞くことにした。

 

「あの歌って…何の歌だっけ?」

 

「歌?」

 

「ほら、シャワー中に歌ってたじゃん。あれ。昔聞いたことがある気がするんだよね」

 

「ええ?わ、私歌ってましたか?恥ずかしい!私、歌下手だから…」

 

「…別にうまい下手は関係ないと思うけど」

 

「そ、そうですかね…アハハ。って、それより歌のことでしたよね」

 

「うん。由季さんはあれ、どこで知ったの?」

 

鈴羽の記憶は未来でのものだ。もっと後の時代のもとかと思っていたが、この時代からあるものなのだろうか。

 

「えっと…すいません。私も知らないんです。印象的なところだけ覚えてるというか……」

 

「そっか…」

 

「鈴羽さんもあの歌を?」

 

「うん。…子供の頃に母さんがよく歌ってくれてたんだ」

 

「へぇ。優しそうな人ですもんね。鈴羽さんのお母さん」

 

「うん」

 

言われたまま自然にそう答えたが、その違和感に気づき由季の顔をまじまじと見てしまった。

 

「あ、あたしの…母さん?」

 

どうして由季が鈴羽の母を知っているのか。というよりも、鈴羽の目の前にいる由季こそが自分の母なのだ。それ以外に母などいない。

 

「…?どうしました?」

 

由季は由季でポカンとしている。

 

「ど、どうしてあたしの母さんを知ってるのさ?」

 

何がどうなっているのか分からない。鈴羽は由季の言葉をじっと待つ。

 

「どうしてって…おととい、お見かけしまして…」

 

「はっ!?」

 

「ですから、おととい、ここを訪ねていらしたんです」

 

「こ、ここに?」

 

いやいや。おとといもなにも、今目の前にいるじゃないか。

 

「…おかしいですか?」

 

じゃあ目の前にいるのは誰なんだ、といいたくなるのを必死にこらえる。

 

「ご、ごめんなさい!私何も知らなくて……」

 

「…へ?」

 

「もしかして、お母さんとの間に何か……」

 

何を言っているのだ。

 

「喧嘩をして家出をしているとか?」

 

「いや、そういうわけじゃ……」

 

「で、でも。今にして思えばなんか変ですよね。お母さんったら橋田さんには着替えや差し入れを持ってきていたのに、鈴羽さんには何も…」

 

「父……兄さんに着替え?差し入れ?」

 

「はい」

 

鈴羽は頭をフル回転させた。

 

「あっ!」

 

そしてひとつの答えに行きついた。

 

由季が言っているのは、至の母親のことだ。つまり、鈴羽からすればおばあちゃんにあたる。

 

写真でしか見たことがないが。だが由季が鈴羽の母親だと思うのも当然。鈴羽は至の妹ということになっている。思い違いをするのも当然だった。

 

「一言いっておいてくれれば……っ!」

 

祖母が来たことを言っておいてくれればこんな行き違いは起こらなかったのだ。それに、名乗り出ることはできずとも、祖母に一目会いたかった。友達とでも言って紹介してくれればよかったのだ。

 

鈴羽は至への怒りをふつふつと滾らせる。

 

そんなことを考えていると、由季は鈴羽を心配そうに見つめてくる。

 

(これ、絶対に勘違いしているな…)

 

家庭内の不和とでも思われているのだろう。娘にだけ冷たく当たる母親。複雑な家庭環境。

 

「鈴羽さん!」

 

「は、はい?」

 

「私、いつでも相談に乗りますからね!何でも話してくださいね!」

 

呆れつつも、鈴羽は少しだけ涙が溢れそうになった。

 

 

(優しいんだな。母さんは…)

 

 

この温かな空間。未来では想像もできなかった平和で優しさに満ちた時間。

 

この幸せな時間を、世界線の彼方に葬ってしまうことこそが、鈴羽の大切な任務だ。

 

ここで絆されてしまっては、世界は破滅へと向かってしまうのに。

 

失いたくない、と思ってしまった。

 

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