STEINS; GATE ~抗い続けた者たちの執念のエピグラフ~ 作:明治アル蜜柑
「ここだ…」
8階。イベントホールの奥。
照明が点いていないせいか、薄暗く、ジメジメとしている。当時と違い、今はさすがに倉庫には施錠されていた。
「そう……こんな場所で」
変な感じだった。血染めの紅莉栖が倒れていた運命の場所なのに、そんなことなど何もなかったように、素知らぬ顔をして日常が営まれている。
そして、俺もまた、大切な人が死んだのに、その場所をこうしてまた訪れている。
——死んだ?殺したの間違いだろう。
「もどかしいわ」
自責の念に飲み込まれそうになった俺を、真帆の声が引き戻した。
「私は物理学者ではないから、相対性理論のことを詳細に理解しているわけではないけれど……。時間と空間が同列だと言うのなら、なぜ空間と同じように、時間も容易に移動できないのかしらね」
「………」
「今、私たちは、空間的には“紅莉栖の死”と同じ軸上にいるのよ。なのに、時間軸がほんの少しずれているというだけで、手出しすることすら叶わない」
「………」
「あなた、この前“紅莉栖”に——ああ、『Amadeus』の方だけど——面白い質問をしたわよね。タイムマシンは作れるかどうかって」
「……ああ」
「ぜひ、研究してみてほしいわ。真っ先に私が有人テストに名乗り出るから」
冗談とも本気ともつかぬ口調で真帆はそう言い、寂しそうに笑った。
———タイムマシンなら存在しているよ。しかも、俺たちのすぐ真上にね。
そう言ったら、真帆はどうするだろう。俺が紅莉栖救出を放棄したことをなじり、代わりに自分が過去へ跳ぶと言い出すだろうか?
「岡部さん。紅莉栖が亡くなったときの状況について、教えてくれない?」
「俺だってろくに知らないよ。前に、そう話さなかったか?」
「でも、アメリカにいた私よりは詳しいはずでしょう?」
「………」
「紅莉栖が亡くなった日、今日みたいにそこのホールではイベントが行われていたそうね。ニュースで見たわ。中鉢博士。去年の夏、ロシアに亡命して、タイムマシンに関する論文を書いた、って」
「………」
「その論文の内容は、それはひどいものだったらしいけど。ただ、それでピンと来たのよ。アメリカの紅莉栖の家に放火した連中も、ロシア語を話していた。これ、偶然かしら?」
頭の中に警鐘が鳴り響く。
「私は、なんらかの関連性があると思う。だから、中鉢博士について調べようと思ったんだけど、不思議なことに、驚くほど情報がないのよ。ネットで検索しても、本名すら出てこない。ねぇ、いったい紅莉栖の回りで、なにが起きていたの?もしかして、今もまだ、それは続いているの?」
危険だ。これ以上は危険だ。
「あなたは……何を隠しているの?」
真実を追い求める、純粋な目。紅莉栖もよく、そんな目をしていた。
だが——。
「好奇心で、足を突っ込まない方がいい……。俺はもうたくさんだ」
「今更だわ。私は、片足を突っ込んでしまっているのよ。それに考えてしまうのよ。この前襲われたのも、もしかすると私のせいじゃないかって」
「君のせい…?狙われる理由があるのか?」
「私は…私は、紅莉栖の遺産を持っている」
遺産?紅莉栖の遺産だって?
紅莉栖の母親から、形見をいくつか分けてもらったと言っていた。そこに何か、そう言わせるだけの何かがあるのか?
急速に、俺の頭の中で脳細胞がフル回転を始めた。
ロシア。中鉢博士の亡命。紅莉栖の家を襲った連中は、ロシア語を話した。
つい先日のロシアによる過去改変実験。
第三次世界大戦は、鈴羽の話によればタイムマシンが引き金となったという。
タイムマシン……。
中鉢論文?
中鉢が記者会見で見せたのは、ジョン・タイターのパクリだったが、ロシアへと渡った中鉢論文の中身は違う。
その内容を俺は確かめることができていないが、あれは紅莉栖が書いたものだ。世間に公表されているのは、その劣化コピーでしかないはず。
紅莉栖の書いた、タイムマシンの作り方——。
そこでハッとした。
スマホを取り出し、ラインの会話のログをたどる。
ダルとの会話。ダルのバイト先に、ノートPCとハードディスクが持ち込まれた。
そしてその所有者が——。
牧瀬紅莉栖。
ならば、そのノートPCとハードディスクには、中鉢論文のオリジナルとでも言うべきデータが入っているかもしれない。
「ダルのところに持ち込まれた紅莉栖のノートPCとハードディスク。それを依頼したのは……」
真帆を見た。真帆も、ニコリともせずに俺を見つめていて。
「ええ。私よ」
きっぱりとうなずいた。
真帆から見れば、紅莉栖の死にはあまりにも不可解な点が多いわけで、だからこそ、その理由を追い求めているのかもしれない。そのヒントが、ノートPCとハードディスクの中に残っているかもしれないと考えるのは当然のことだ。
だが、もしも俺の推測が当たっているとすれば、それらの存在はあまりにも危険すぎる…!
それこそ、第三次世界大戦を勃発させてしまうほどの力をもつ、パンドラの箱だ。
「どうして隠していた?」
「最初は、あなたと橋田さんの関係を知らなかった。橋田さんに頼んだのは本当に偶然よ。そしてあなたは、紅莉栖のことについて、何か隠しているように思えた。そんなあなたに、正直にすべて話せるわけないでしょう?信用していない、というわけではないのだけど…。紅莉栖のことについては、慎重になった方がいいと思って」
「ああ。それについては正解だよ。…『Amadeus』のテスターになることを反対しなかったのも、そういう打算があってのことか?」
「……打算なんて、言わないでっ……。私はただ、紅莉栖の友達であるあなたのことを、もっと知りたかった」
「紅莉栖の秘密を手に入れるために?」
「あの子のことを、もっと知りたかったのよ……!」
真帆が挑むように、俺を睨み返してくる。
「……ダルはもう解析したのか?」
「まだよ。だから、アメリカに帰る前に、最後にもう一度、あなたと話をしようと思ったの」
ここまで俺を案内させたのは、そういうことか。
…ダルに今すぐ連絡しよう。
『はい、もしもーし』
ダルはすぐに電話に出た。
「今、ラボにいるか?」
『ん?いやぁ…』
「じゃあどこにいる?」
『家で絶賛エロゲ中。どうかしたん?』
「お前の裏のバイトの件で話がしたい」
『あぁ。あれか。…なんか牧瀬氏の情報、思い出した?』
「ああ」
もちろん嘘だ。だが、今すぐにでもダルからそのノートPCを回収しないと、あいつの身に危険が及ぶかもしれないんだ。
ちらりと真帆を見る。
『じゃあさ、ラインで送ってもらえるかな?』
「直接会って話をしよう。ラボで合流できないか?」
『ええと、今手が離せないから、夕方でもいい?』
「エロゲなんて後でいくらでもできるだろう」
『サーセン、家でエロゲ中ってのは嘘。実は今、バイト中で手が離せないんだよね』
「バイト?」
まぁこちらも嘘をついているんだし、お互い様としよう。
「じゃあ、本当はどこにいる?手が離せないならこっちから行く。とにかく今すぐに話したい」
『うーん。あんま、オカリンには教えたくなかったんだけどな。ヤバげな仕事も多いから。……まあいいや、分かった。これから言うところに来てよ』