STEINS; GATE ~抗い続けた者たちの執念のエピグラフ~ 作:明治アル蜜柑
俺は紅莉栖が死んだときの状況以外はすべてを説明した。
説明途中、真帆は終始困惑した表情を浮かべていた。
信じられるはずがない。だが、そんな嘘をつくために、ここまでの茶番を用意するはずもない。そんな顔だった。
「それ、本当の話なの?作り話ではなく?」
真帆は俺ではなくダルを見た。
「まぁね」
こんな話を、はいそうですか、と信じられる方がどうかしている。
だが——。
「やっぱり、信じられないか?」
「べ、別にそういうわけじゃないわ。ただ、私の予想とあまりにもかけ離れていたものだから、思考が追い付かないの」
「予想?」
真帆の予想は、『Amadeus』の軍事転用だった。記憶を人間に書き戻すことができる以上、別の人間の記憶を入れることだって理論上可能だ。例えばそこで、百戦錬磨の兵士の記憶を別の人間の脳にぶち込めば?
一瞬で最強の兵士の完成だ。
また、レスキネン教授の『脳科学研究所』の隣、『精神生理学研究所』には、国防総省の人間ではないかと疑うような連中が出入りしていたらしい。そして紅莉栖は精神生理学研究所によく出入りしていたようだ。
そこでその実証実験の証拠を偶然知ってしまったのではないか、ということだった。
「でも、まさかタイムマシンとはね…」
真帆は紅莉栖のノートPCを手に取った。
「いずれにしても、それはすぐに破壊した方がいい」
「中身を確認もせず?あなたが言う論文が入っているとは限らないわよ?」
「中身はもう関係ない。紅莉栖が残した遺産がこの世に存在している。それだけで、戦争の火種になり得るんだ」
真帆はまだ、納得できていないようだった。
「でも、これは紅莉栖が生きていたという証、紅莉栖が残した意志なのよ。それをあっさり葬り去るなんて…」
PCを破棄するということに納得はしていないまでも、タイムマシンの話を荒唐無稽だとも言わなかった。やはり紅莉栖という存在が大きいのだろう。あいつは天才だ。傍でずっと見てきた真帆には分かるのだ。紅莉栖なら、タイムマシンを作ることも不可能ではない、と。
「その中身を見ることで、今度は君が狙われるかもしれない」
「…そうかもしれないけど」
これでも引き下がらないのなら、アプローチを変える。
「そのPCのパスワード、“紅莉栖”には当然訊いてみたんだろう?」
「ええ。最初に試したわ。でも…」
「結果はダメだった。“紅莉栖”さえも知らなかった。それはつまり、紅莉栖が『Amadeus』にも知られないようにしたってことだ。紅莉栖はその中身を——それがタイムマシンの論文かどうかは関係なく——誰にも知られたくなかったってことじゃないのか?」
「それは…」
「死者の墓を暴くべきじゃない。紅莉栖の意志を尊重すると言うのならなおさらだ」
「そんな言い方っ……!」
「君が紅莉栖をどれだけ大切に思っていたのかは、見ていれば分かる。でも、箱を開けたとしても、その中にあるのが幸せだとは限らない。パンドラの箱どころか、地獄の窯の蓋にだってなりかねないんだ。そんなことを、紅莉栖が望むと思うか?」
卑怯な言い方だと、自分でも思う。死人に口なし。勝手に紅莉栖の想いを代弁して、倫理観や正義感に訴えかけている。
「…………」
真帆はPCを優しく抱きかかえた。
「了解したわ、岡部さん。今、起こっている事態そのものは理解した。まだ頭の整理はついていないけれど。…このノートPCは破棄しましょう」
「…ありがとう」
分かってもらえて、助かった。
「タイムマシン…ね。紅莉栖が関わっていることですもの。頭ごなしに否定はできないわ…」
真帆は自虐気味に笑った。俺の予想通り、紅莉栖という存在はあまりに大き過ぎたのだ。
真帆の『Amadeus』のIDはSalieri。
天才たる、ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトへの嫉妬に狂った人生を送った人物。
Amadeusである紅莉栖とSalieriである真帆。
彼女の心の内を思うと、俺は何も言えなかった。
「で、依頼料はどうするん?」
話がまとまったところでダルがそうつぶやいた。
「…?まだ解析できていなかったんだ。返せばいいだろう?」
「いやぁ、実は真帆たんにもらった分さ、今月末発売のエロゲ予約で使っちゃったんだよね……」
「お前、最低だな…」
逆にブレていないとも言えるわけだが。
「いいわ。お金を返してだなんて言わないわ」
「い、言っとくけど、あと3日あったらパスワード解析してたから!これはガチ」
「そういうことにしておくわ」
真帆はクスリと笑うと俺の方に向き直った。