STEINS; GATE ~抗い続けた者たちの執念のエピグラフ~ 作:明治アル蜜柑
「復号化するパスワードを知りたければ、俺たちを出し抜こうとするな」
俺はPCとハードディスクをリュックに戻すと、リュックごと萌郁の方に向かって突き出した。声が震えないように、必死で気力を奮い立たせる。
「こいつは、パスワードがなければ絶対に起動することが出来ない。世界中のハッカーがさじを投げたシロモノだ。俺たちの安全が保障されたら教える。こいつを渡した途端に殺されたんじゃ、たまらないからな」
当然、パスワードなんて知らない。それがバレれば全てが終わりだ。
「…確かに、そうね」
よし。乗ってきた。これなら——。
「それじゃあ……誰か一人、私たちと来てもらう」
「二人は今すぐに解放する。その後、パスワードが正しければ、残り一人も解放する」
クソっ!それじゃあ逃げきれない。
「それは駄目だ。残る一人の命の保証がない」
「なら、三人とも来てもらうだけ」
「…くっ」
俺とダルはおそらく死なない。俺は2025年まで、ダルは2036年までは確実に生きている。収束がある。だが、真帆はどうだ?このままだと殺されてしまう。それだけは避けなければ…。
打開策が見つからないまま睨み合いが続く。
その時、萌郁の仲間の一人が、腕時計を気にした。
萌郁もそれに気づいたらしい。
こんな白昼堂々の拉致劇なんだ。時間をかけすぎていることに焦ってきているのかもしれない。
「……誰か、殺してみせれば、いい?」
萌郁の仲間は真帆の首筋に再びナイフをあてがう。
「きゃっ…」
「やめろっ!」
萌郁を睨みつけると、今度は俺の首にナイフが当てられた。
「……っ!」
「オカリン!」
ナイフの冷たい感触が伝わってくる。だが、急激にリアリティが失われていく。唐突すぎる死の予感に、感覚が麻痺してしまっているのだ。
それに——。
どうせ俺は死なないんだろ?
そんな言葉が脳裏をよぎった。
意志とは裏腹に頭が急速で回転する。
本来、俺たちを狙っていたのSERNのラウンダーではなかった。あれはおそらく米軍関係者のはず。ビルに突入したのに、俺たちを見つけられていない。
…これは時間を稼ぐべきだ!
「パスワードを知っているのは俺だけだ!俺を殺せば絶対に手に入らないぞ!」
「っ……!」
萌郁が歯噛みする。
「誰かを殺しても同じだ。俺は絶対にパスワードを吐かない。俺たちを三人とも解放するのなら、PCはお前たちにくれてやる!」
祈るようにまくしたてる。
その時——。
狭い路地の先、別の道と交差するT字路をふさぐような形で、黒塗りのバンが急停車した。スライドドアが開き、中から自動小銃を携えた数人の男たちがバラバラと飛び出してくる。
「……⁉」
全員、グレーのミリタリースーツに目出し帽を着用している。見た目は完全に軍隊の兵士だ。明らかに日本人ではない体格。
即座にこれは現実だと察した。
あの銃は本物で、今この瞬間にこの場で戦闘が始まるのだと理解した。
「全員隠れろ!」
俺は叫んだ。敵も味方も関係なかった。萌郁は俺が声を発すると同時に反応していた。
闖入者たちの姿を確認し、躊躇することなくかたわらの建物の陰に飛び込む。他のラウンダーたちも一斉に周囲に散った。解放された真帆が道の真ん中でキョロキョロしていた。
「馬鹿!真帆、伏せろ!」
俺を押さえつけていた男だけ、反応が遅れた。
ダダダダダダダダダダダダダッ!
鋭い音とともに、その男の頭がヘルメットごと撃ち抜かれた。地面に転がるその男に巻き込まれ、俺の身体も足元に叩きつけられる。
その衝撃で、ダルのリュックを手放してしまった。
路上に投げ出されたそれを、別のラウンダーが掴み上げ、バンとは逆方向に走り出す。
バンから降りてきた指揮官と思われる男が、ロシア語らしき言葉で鋭く叫んだ。
逃げたラウンダーの背中に向けて、兵士たちが銃を構える。
再びの銃撃音。ラウンダーの身体が跳ね上がり、手にしていたリュックごと、破裂するように裂けた。
リュックの中の物がばらばらと砕けて、アスファルトに散らばった。
それらひとつひとつに、執拗なほどに銃撃が浴びせられる。紅莉栖のノートPCとハードディスクは、ほんの数秒で原型を失い、残骸と化した。
兵士たちは周囲を警戒しつつ、無言のままノートPCとハードディスクの残骸を回収し、ラウンダー2人の死体を抱え上げ、すぐさまバンに戻っていく。俺たちは一瞥しただけで見逃された。
バンが現れてからわずか数分の出来事だった。