STEINS; GATE ~抗い続けた者たちの執念のエピグラフ~ 作:明治アル蜜柑
俺たちは呆然としていたが、しばらくして遠くからパトカーのサイレンの音が近づいてきて、それでようやく我に返った。腰が抜けてしまっている真帆を背負って、俺たちはラボへと急いだ。
ラボには鈴羽の姿はなかった。もしかするとこの騒然とした空気に胸騒ぎを覚えて、タイムマシンを見に行ったのかもしれない。
「橋田さん。ここ、タオルって置いてある?」
「ああ、洗面所にあるお」
真帆は洗面所に行くと、新しいタオルを持ってきた。
「岡部さん、首、血が出てる。これで押さえて」
そう言ってタオルを渡された。
「え?あ、あぁ……ありがとう」
首筋は血でべっとり濡れていた。幸い、そこまで深い傷じゃなかったが、血が止まるまでしばらくかかった。銃撃で吹き飛ばされたときに切ったのだろう。
真帆は床にペタンと座り込んで、放心していた。無理もない。襲われるのは二度目。そして今日は人が目の前で殺された。
「大丈夫か、比屋定さん」
「え、ええ…」
真帆は曖昧にうなずいたが、さっきから顔色はずっと真っ青だった。
それに、よく見ると左手をずっときつく握りしめていて、そこから少し血が流れている。
「怪我したのか?見せてくれ」
「え、あ……」
自分でもそれに気づいていなかったらしい。自分の左手を見て、困惑している。
「あ、ら…?」
「どうした?」
「指、開かない……変ね」
真帆の左手は、なにか小さい破片のようなものをギュッと握りしめていた。そのまま硬直してしまって、自力では指を開けなくなってしまっている。そのうちに、ブルブルと震え出した。
俺は真帆の左手を取ると、少し強引に指を1本ずつ開いていった。
なんとかその手を開いてやると、握りしめていたものが床に落ちた。いったい、何を握ってたんだ?
拾い上げてみる。
それは赤い色をした、マグネシウム合金の破片だった。銃で粉々にされた、紅莉栖のノートPC。路上に転がっていたその破片の一つを、逃げる時にとっさに拾って持ってきたのだろう。
こんなにも先端が尖っているものを強く握りしめていたのなら、血が出るのも当然だった。
「………」
無言で真帆に渡す。
彼女はすでに壊れてしまったその残骸を、大切そうに両手で受け取り、呆然とした顔で見つめた。ふと、その目から涙が一筋こぼれ落ちる。
「う……うっ……ううっ……」
後はもう、止まらなかった。真帆は表情をくしゃくしゃにして、泣き崩れた。
「く、紅莉栖……ごめん。ごめんね……。守って、あげられなくて……」
まるで破片そのものが、紅莉栖であるかのように。それを胸に抱きしめて、嗚咽し続けた。
「比屋定さん。きっと、紅莉栖は安心したと思う。」
「え?」
「君が無事でよかったって…。だから、君が謝ることなんてない。謝らなくて、いいんだ」
真帆の返答はなく、その代わりに、スマホのバイブ音が響いた。
「レスキネン教授からだわ…」
教授から届いたメールに目を通す。真帆の顔がさらに蒼白になった。
「…荒らされた、って。オフィスと、あとホテルの部屋。教授と私の。ひどいことになってるって」
「そうか…」
ラウンダーにしろ、ロシアの兵士たちにしろ、最初にコスプレショップを包囲した連中にしろ、狙いは紅莉栖のノートPCとハードディスクだったんだ。
「あのPC、バックアップは存在しないんだよな?」
「ええ…」
「それなら、これでよかったんだ。紅莉栖の残したものが、何十億人もの人を殺す道具として使われることは、なくなったんだから」
結果的に、俺が望んでいた形になった。データは誰の手に渡ることもなく、破壊された。あれだけ粉々になったら、復元するのも不可能だろう。
「つーかさ、ロシアはなんであのPCを壊しちゃったんだろ。手に入れようとしてたんじゃなかったん?」
「今のところ、タイムマシン開発競争じゃロシアがリードしてるんだ。ロシアからすれば、ノートPCを手に入れられれば良し。他の連中に奪われるくらいなら、破壊してしまった方がマシって考えてたんじゃないか?」
「で、これからどうするん?」
「…できればここにはいたくない」
ロシアはともかく、萌郁が動いたとなれば、ここが筒抜けになっている可能性も低くない。階下の天王寺が、なんらかの形で関わっている可能性はゼロではない。
「日が暮れたら移動しよう」
移動先はそうだな。やはり——。